新種の魔物と地下空間6
翌日、俺はアイリス支部長に事の顛末を報告した。
「……魔物使い御用達の研究者がいるようでして。彼の魔物が散歩をしていたのをたまたま近隣住民が目撃してしまったようです」
一連の流れを報告書にもまとめておいた。
それに目を通しながら、ふむふむ、とアイリス支部長はうなずく。
「危険性は、ないのね?」
「はい。確認しました。普段は自作の特殊な首輪で、力を制御しているようです」
「そして、戦闘などになればその進化の術式で強くなる――と」
はい、と相槌を打つ。
「これって……かなりすごい技術なんじゃないの?」
「本人は、それを使って何かを成そうとするつもりはないようでした。悪用防止にも努めているそうなので、気が変わらなければ、術式を軍事転用することもないでしょう」
「そうなのね」
とんとん、と机の上で報告書を揃えて、引き出しへとしまった。
もし、戦争中にあの技術が確立されていたら、彼は喜んで技術提供をしたかもしれない。
「依頼人たちへのフォローもお願いね」
「承知しました。すでに、済ませてあります」
「あら、そう。相変わらず優秀で何より」
にこりとアイリス支部長は笑う。
「ところで……あなた、今日はお休みなのだけれど?」
「そうでしたか」
確認せずにいつもの癖で報告にやってきてしまった。
「でも……ようやくいつもの表情に戻ったわ」
「いつもの、表情……ですか?」
ええ、とアイリス支部長。
「バーデンハークでの最後の一か月くらいは、すごく張り詰めたような顔をしていたから」
俺の腕の件は、事故としてロジェが説明しているんだったな。
「教えては……くれないのよね?」
「誰かに教えるほどのことではありませんでしたから。ただの……親子喧嘩です」
親子喧嘩? と首をかしげる支部長に、俺は背をむけた。
「あの――今日!」
呼びかけられて、俺は足を止め首だけで振り返った。
「はい?」
「遅いかもしれないけれど、帰国組で夕食を食べるの。あなたもいらっしゃい」
「はい。是非」
ふふふ、と笑われた。
「変わったわね」
「そういうつもりはないのですが……そうですか?」
ええそうよ、とアイリス支部長は言う。
閉館の時間にはここに戻ってくるようにとも付け加えた。
ギルドをあとにした俺は、リーナの孤児院へとやってきた。
最近顔を出していなかったので、近況を確認しておきたかった。
「ロラーン!」
到着した俺を真っ先に見つけたリーナが走ってやってくる。
「久しぶりだな」
メイリと同い年とは思えないほど、リーナは幼く見える。
魔法の才能にすべて吸収されてしまったかのようだった。
「ロラン、腕どうしたの?」
「なくなった」
「腕って、なくなるの?」
「そういうときもある」
へぇー、という顔で右腕のあった場所を見つめるリーナ。
手を繋いで、リーナが案内をしてくれる。
孤児院で預かる子たちは、以前よりも数が増えていた。
「アルちゃんが、大変って言ってた」
「そうだろうな」
「『母性のやり場を失くして困っている未亡人を雇わなきゃ』って」
かなり限定的な求人になりそうだな。
「こらー!」
噂をすれば、院長様の元気な声が聞こえる。
けたけたと笑いながら、子供たちが庭を駆け回っていた。
「アルメリア。元気そうだな」
「あ。ロラン。く、来るなら、ひと言言いなさいよ……。いつも急なんだから」
目をそらしながら、長い金髪を指で弄ぶ。
「あんたのおかげで……元気よ」
「それなら何よりだ」
一度俺が目を覚ましてから見舞いに来てくれたことがあったが、そこでは主にランドルフ王と話していたので、アルメリアときちんと話さなかった。
「気にするな。腕がなくても、おまえには負けない」
「相変わらず自信満々ね」
「事実だろう」
「うぐ……」
後ろで男の子二人が、アルメリアにそっと忍びより、勢いよくスカートをめくり上げた。
「ふひゃあっ!?」
わぁっと一斉に逃げ出した男の子二人を、アルメリアが「もう、許さない……!」と追いかけはじめた。
楽しそうで何よりだ。
リーナの話では、院長としての実務はほぼ子供たちの世話なのだという。
「数も増えて、いよいよ人手が必要になったか」
以前俺が提案した、孤児に教育を施す件、これを具体的に進めてもよさそうだ。
ランドルフ王からの送金も滞ることなく届き、孤児院の備品も食料にも困ることはないらしい。
「ロラン、リーナね……」
もじもじ、とリーナが膝をすり合わせている。
「どうした。トイレか」
「ち、ちがう! リーナ……魔法を、教えて、みたい……」
意外な提案に、俺は思わず目を丸くした。
「ほう。面白いな」
「みんなに、すこーし教えたけど、上手くいかなくて……でも、使えたら、きっと楽しいから」
「自分の感覚を他人に伝えることは、非常に難しい。だが、自分にとってもいい経験になる」
わしわし、とリーナの頭を撫でた。
「おまえのような、すごい魔法使いが現れるかもな」
「現れても、リーナ、負けない」
「ああ、その意気だ」
エイミーも、そうだっただろうか。
教える立場になって、はじめてわかる気持ちがある。
やはり俺はまだまだアルメリアに負けるとは思わないし、その姿も想像ができない。
アルメリアは、俺の負傷を自分のせいだと、どこかで思っている節がある。
あれは、アルメリアの、というより俺の戦いだった。
個人的な思いでエイミーを止めようとし、なりふり構わない戦い方で右腕を失った。俺はそれを悔いてはいない。
エイミーとの因縁を知っているなら引け目を感じる必要はないのだが、表面上では、アルメリアを守ったが故の負傷となっている。
罪悪感を覚えるのは、無理からぬことかもしれない。
「……右腕、か……」
そういう意味では、あったほうがいいのかもしれない。
うわぁぁぁぁん、と今度は別の子供たちが泣きはじめ、アルメリアが飛んでいった。
様子を見るに、子供同士の喧嘩のようだった。
勇者でも王女でもなく、ここではただのお姉さんになっているアルメリア。
これはこれで、性に合っているのかもしれない。
アルメリアとリーナに別れの挨拶をして、俺は孤児院をあとにした。
「貴様殿――今日は休みらしいな?」
家に帰ると、開口一番ライラが訊いてきた。
ダイニングで口をへの字にしていて、その向かいの席にはミリアがいて、くすくすと笑っている。
「そうらしいな。アイリス支部長に言われて知ったが」
「ダメですよ~、ロランさん。ちゃんと出勤表は確認しなきゃ」
どうやら、ミリアも今日は休みらしくここへ遊びに来ているようだった。
ライラはミリアから聞いたんだな?
「妾はな、次の休みには王都に連れて行ってもらい買い物がしたかったのに……!」
「そんなことよりも、妾さん、ロランさんに言うことがあるでしょう?」
「む。そうだ。忘れておった。……おかえり」
何事かと構えたら損をした。
「ああ、ただいま」
「今日は、帰国組で飲み会ですから、お腹空かせておかなくちゃです。あと少ししたらギルドへ向かいましょう」
「何だそれは? 酒が呑めるのか?」
「はい~。支部長が奢ってくれるんです」
両手で頬杖をつくミリアは、嬉しそうに足をぷらぷらとさせる。
「妾もゆく」
「ダメです。妾さんは関係ないんですから」
「夕飯を、妾一人で寂しく食せと!?」
「はい。妾さん、実はロランさんを束縛しまくりなのでは?」
「そ、そのようなことはない!」
「そんなふうに、あれもダメ、これもダメ、かと思えばここに連れて行け……ロランさんに愛想尽かされても知りませんから」
うぐぐぐぐ、とライラが悔しげに顔をしかめている。
過去最強の魔王相手に、平凡な町娘がかなり優勢だった。
そろそろ行きましょー、とミリアが俺の手を引いて家を出ようとする。
「お疲れ様会なので、ぱぁーっと楽しく呑みましょう!」
「この妾がゆけぬとは……り、理不尽である!」
理不尽そのもののような存在が何を今さら。
「理不尽でも何でもないですから」
「なるべく早く戻る。待ってろ」
「う、うむ……。そうするがよい」
まだ納得のいかなさそうなライラに見送られ、俺たちはギルドへと向かう。
何も食わずに待っていそうだから、何か買って早く帰ろうと思った。




