新種の魔物と地下空間5
こいつがワワーク・セイヴか。
体調の悪そうな顔色だが、吸血鬼独特の品のようなものを纏っている。
「あらあらぁ。いたのならそうだと言ってくれればいいのにぃ」
「野蛮な侵入者が現れたら、身を潜めて一旦様子を見るだろう?」
息絶えている棘トカゲに視線を下ろして、ワワークはため息をついた。
「上手くいってたんだが、可哀想なことをする」
自分に危害を加える気はないと思ったのか、ワワークからはそれほど警戒心を感じない。
ここで何をしているのか、その詳細に興味がないわけではない。
だが、目的はそこじゃない。
「俺はロラン・アルガンという。この首輪を作ったのは、あんたで間違いないか?」
懐からライラの首輪を出してワワークへ見せる。
「……あぁ、ずいぶんと懐かしいものを」
懐かしいおもちゃを見つけたように表情を明るくした。
「先日、壊れてしまったので、可能なら直してほしい」
「昔、魔界を出るときに売り払ったんだ。いい値がついたよ。これは習作でね」
「首輪をはめた相手は、魔力が反比例する?」
「ああ、そうだとも。よく知っているね」
楽しそうに話をするワワークは、一見して悪人ではないようだった。
興味が赴くままに、やりたいことをやる……そういう人物に見える。
首輪を手に取り、説明を続けた。
「主人の魔力を流すと、元に戻ったり猫の姿になったりする――そういう無駄なことをするのが好きな時期だったんだ。別に猫になろうが何だろうがよかったんだけれど。今はそんな無駄は省いて、ただの制御用の首輪だよ。外せない部分はそのまま残して、悪用されないように、対象が死んだ時点で壊れるようにしたんだ」
その完成品が、あの魔物たちにつけたものか。
「直せるか?」
「ちなみにこれは、誰につけてたんだい?」
「魔王だ」
え? と、真偽を確かめるかのように、俺を二度見する。
「魔王、というのは、ライリーラ・ディアキテプ?」
「そうだ」
声を上げたのは、ロジェだった。
首輪の件はまだ不服らしく、口元を歪めている。
「じゃあ、もしかして、君が魔王を倒したのかい?」
「倒したというよりは、この首輪をつけた、といったほうが正確だろう」
おぉぉ……、と感嘆の声を上げて、左手をぎゅっと握った。
「あの魔王を……よくぞ。片腕なのも、そのときに負った傷が原因なんだろう?」
「いや、違う」
「そうか……激戦だったろうに……」
むしろ、魔王戦はさほど苦戦してない。
どうやら、ワワークは思い込みが強く話を聞かないタイプらしい。
切なげな顔をして、右腕のあった場所を見つめている。
魔王を倒した俺を労うこの様子だと、反純血派というのは間違いないようだ。
「魔王は魔界では死んだとされている。一時期蘇ったなんて噂もあったようだけれど。君のおかげだったんだね」
「……この首輪で、その魔王を封じていた。だからこれをもう一度使いたい」
「首輪がここにある、ということは……今、魔王は……?」
「ライリーラ様なら、ここから離れた町外れの家でのんびりしているわよぉ?」
「あの魔王が……?」
ライラが魔界でどんなイメージを持たれていたのか、この反応でなんとなく想像がついた。
「あの子たちにつけていた予備の首輪がある。それなら、死んだときに壊れる仕組みになっている。猫になるなんていう、無駄な効果もなくなる」
どうなんだ、と、俺は聞いていたであろう『シャドウ』に目をやった。
『ううむ……』
「ダメよねぇ、そんなのぉ。だってぇ、ライリーラ様は、ロラン様のおそばにいたいから首輪がほしいんじゃなくて、猫ちゃんになりたいから、あの首輪がいいんですものねぇ?」
『う、う、うむ……であるな!』
上ずったような口調だった。ディーはライラの反応に、口元を緩めている。
こいつ、わかっていてあえて言ったな?
『だ、だが。ど、どうしても、というのであれば、予備の首輪でも構わぬ! 一向に構わぬ!』
力強い主張だった。
「ここからあの魔王の声が……」
不思議そうにするワワークにロジェが答えた。
「これはライリーラ様が使われている『シャドウ』という魔法だ。離れた家から声を送っておられる」
「なるほど。……元の姿のままだと、魔界で生存を嗅ぎつけた輩とひと悶着が起きるかもしれない、ということか」
まあ、すでに起きたがな。
と、俺は内心思いながらロジェを見る。
「軍部はどうかわからないけれど、いまだに市井での人気は高くて、求心力もある」
『そ、そうなのか?』
「ライリーラ様、さすがです」
すかさず主を持ち上げるロジェだった。
「それでぇ、本題よう。直るの? 直らないの?」
ディーが脱線した話を元に戻すと、もう一度ワワークは首輪を確認した。
「直すというより、もう一度同じ物を作ったほうが早いと思う。こちらのほうが、直すよりも時間がかからない。……といっても、猫になる術式を組んでいるせいで、製作期間は元々長いんだけれど」
ほぅ、と『シャドウ』が安心したかのようなため息をついた。
『よい。構わぬ。時間はどれくらいかかるのだ?』
「三か月」
長いな。
「そんなことよりも――」
ワワークは、ぽいと首輪を放って、俺の右肩を触る。筋肉のつき方を確認し、切断された部分を見る。
「もっと強くなれるはずだよ」
「……何をいきなり」
「『右腕』……ほしくないかい?」
即答できなかった。
俺はもう強くなくていい。
そのはずなのに。
「魔王を生かしたまま封じたんだ。右腕がないままなんて、もったいなさすぎる」
俺は不要である理屈を並べた。
「……今の仕事では、片腕あれば十分だ。提案には感謝するが……」
「そうかい?」
「ロラン様はわたくしが永遠にお世話をしていくから、右腕なんてなくてもいいのよぉ。なんなら、左腕がなくなっても……ねえ」
目が笑ってはいるが、それが余計に怖い。
両腕がないとさすがに仕事で支障をきたす。
『こやつの腕は、腐らせぬように保存してある。そなたがそれをくっつけてくれるというのか?』
「ボクはねえ、そんなツマラナイことに興味はないよ」
ライラもできないそれを、ツマラナイ、か。
面白い男であることは確かなようだ。
「ただ、ボクならもっといい『右腕』を用意してあげられるってだけさ」
ワワークは、この地下空間で研究と実験、新技術の開発に没頭していると教えてくれた。
「魔物使いの冒険者たちにはすこぶる好評でね。高値で売れるんだ」
それはそうだろう。
制御ができる上に、有事の際には棘トカゲが棘竜になったように、進化のようなことをさせられる。そうでないときは、棘トカゲのように、小さな状態にしておける。
その収入を元に、この地下空間を拡張し、今に至るようだった。
ワワークは、俺の質問には好意的に答えてくれた。
「トカゲが急にドラゴンになったが、あれは?」
「魔物本来の成長を爆発的に促進し、特徴を残し戦力を大幅に引き上げているんだ。無理やりに聞こえるかもしれないけれど、術式で潜在能力を一瞬で引き出している、と思ってほしい。それに耐えうる体に成長させてるんだ」
「任意で?」
「そう。首輪をつけたら主人の言いなりだけどね」
もっと非人道的な実験なのかと思ったが、そうではないらしい。
外に放っていたのは、そういう訓練らしかった。あの森は、これといった魔物や魔獣もおらず、安全なので訓練場としてちょうどよかったという。
「もう少し人里離れた場所にしてほしい。見かけない魔物が出現したと騒ぎになった。ギルド職員としての頼みだ」
「オーケー、わかった、そうしよう。騒ぎを起こすのは本意じゃないからね。せっかく育てた魔物たちがそのたびに討伐されちゃ、こっちとしてはそのほうが困る」
おどけたように、ワワークは肩をすくめた。
それから俺たちは、三か月後にまた来ることを伝えて、地下施設をあとにした。
教えられた通路を使い、歩き続け、階段を上ると、どこかの家の地下へと出た。
外に出ると、王都の外れにある一軒家だとわかった。
「ライリーラ様、よかったわねぇ」
『うむ。しばしの辛抱である』
辛抱か。抑制されるのだから普通は逆だがな。
『あの吸血鬼が妾たちに手を貸しておれば、また違ったであろうな』
「仰る通りです」
ライラとロジェがそんな会話をしている。
実際目の当たりにした棘トカゲの進化は凄まじかった。それを促す術式を考案し、実用化させている能力も驚嘆に値する。
『「右腕」……ほしくないかい?』
まだ頭の中からそのセリフが離れなかった。




