新種の魔物と地下空間4
巨大な地下空間にいる魔物の数は五体。
いずれも檻の中にいる。
すぐに片づけられるだろう。
「待て、ニンゲン。ワワークに繋がる情報が先だ」
「それなら、おまえが探しておいてくれ」
「むう、偉そうに。キャンディス、探すぞ」
「わたくし、ロラン様のお手伝いをするわぁ。手がかり探しはロジェ隊長お一人でどうぞ」
「こんのッ……! 色ボケ吸血鬼が……!」
『妾がそこにおれば力になってやれるのだが……』
ディーが吸血槍を召喚し、戦闘準備を整える。
「ディー、行くぞ」
「はぁい♡」
手分けして、檻の魔物を倒していく。
具合が悪そうに丸くなっている獅子に似た魔獣や、眠っているカエル型の魔物。いずれも魔鎧を発動させ、一撃で仕留めていく。
「うふふ……なぁんにもできない敵を、一方的に殺す……なんて愉快なのかしらぁ♪」
フォン、と槍を一回転させ、ディーが別の檻へ向かって突きを繰り出す。
断末魔の声を上げた魔物は、すぐに事切れた。
「ロジェ・サンドソング。手がかりは何かあったか?」
「今探しているところだ! 気が散る! ワタシに話かけるな!」
ロジェは、檻がある場所とは別の場所を探っている。机がいくつか並び、容器に入った薬品らしき液体がその上には並んでいる。
『やはり、ここはワワークの研究施設なのかもしれぬ』
「ライリーラ様、なぜわかるのですか?」
『机の上にある資料を見たところ……首輪と同じ術式言語で書かれておる』
「なるほど」
『資料は持ち帰れるか? 直に見てみたい』
「はッ」
檻にいた魔獣や魔物を倒した俺は、死体を調査していた。
いずれも、あの術式言語が体に刻印されており、首輪がしてあった。
森で目撃されたとされる魔物たちと特徴が一致している。
「ロラン様、こっちもよ。首輪と体にあの術式言語が」
俺が檻を破壊し、首輪を確認しようとしたとき、ふと、棘トカゲがいないことを思い出した。
「ギェェェェェッ! ギェェェェェッ!」
警告をするように、魔物の叫ぶ声が聞こえる。
あの棘トカゲか?
『ロジェ! 付近で何者かの魔力が増幅しておる! すぐそこを離れよ!』
「離れ――え?」
ロジェの近辺から、凄まじい勢いで魔力が吹き出した。
魔力の気配からしてあの棘トカゲのもので間違いないが――秘めていた魔力量は想像以上だ。
カッ、とその一帯が発光し、魔力の奔流に吹き飛ばされそうになる。
わぁぁぁぁあ!? と子供みたいな悲鳴をロジェが上げていた。
「ぐえっ」
不意を突かれたらしいロジェが吹き飛ばされ、壁にぶつかった。ずるずると下に落ち、ケツを突き出したような四つん這いの状態で、壁にキスをしている。
『ロジェ――――――――!?』
……まあ、あの程度、大丈夫だろう。
『シャドウ』がぺしぺし、と尻を叩いているが、気絶しているらしく反応はない。
魔力の突風と発光がおさまると、そこには巨大なドラゴンが出現していた。
「ギュォォォォォウウウウウッ!」
野太い咆哮を上げ、人一人はありそうな棘がついた尻尾で地面を叩く。
地震かと思うような揺れが起きた。
外観はそれほど棘トカゲの頃と大差はないが、体がまるで違う。
鎧亀も、元々はあんなサイズではなく、巨大化することができたのなら話は通る。
「ろ、ロラン様……あれって……」
「トカゲがドラゴンに変わったな」
戦闘状態に入ると巨大化する――ということなのだろうか。
自重を支える四本の足は短く巨木のように太い。小さな翼があるが、あれだけで飛行できるとは思えない。魔法を使うか、魔力を使って浮力を得るんだろう。
グォォォォ……! と唸り声を上げ、三白眼をギョロつかせて俺とディーを鋭く睨んだ。
「……来るぞ」
「ついてないわぁ。ドラゴンだなんてぇ」
立ち上がるように両前足を俺たちにむけて下ろしてくる。
俺とディーは別々の方向に回避をした。
直後、ドォォォン、という轟音と激しい揺れで身動きが取れなくなった。
「ギォォォォ!」
尻尾を振り回し、こちらへ叩きつけてくる。
だが、凄まじい破壊力があっても、遅いものは遅い。
「当たらない攻撃に、意味はない」
造作もなくかわすと、ディーが吸血槍を気合いとともに前足へと刺突する。
がッと穂先が止まり、中ほどから吸血槍が折れてしまった。
「やだぁぁ……んもぉ」
ぽい、と捨てて、また新しい吸血槍を召喚する。
穂先が入らないほど、外皮はかなり硬いようだ。
魔鎧で攻撃しても、深く突き刺さらず、大したダメージにはならないようだった。
体格がまるで違う。俺たちの攻撃など羽虫の針に等しいだろう。
ここは地下で空間が限られている。その巨体ゆえに敵も動きづらいだろう。
「ロラン様、わたくしが引きつけるわぁ」
ディーが棘竜の視界の中を目立つように動く。
引きつけられた棘竜は、爪や牙、尻尾で攻撃をはじめた。
様子を観察していると、腹のあたりにあるあの術式がぼんやりと光っていることがわかる。
「……」
囮役を買ってくれたディーの邪魔をしないように、密かに近づいた。
『影が薄い』スキル発動。
さらに接近し、棘竜の腹の真下までやってくる。
背面にある棘は、主に外敵から身を守るためのものであることが多い。
外皮が硬く吸血槍や魔鎧がろくに効かないのもうなずける。
……では棘も何もない腹側はどうだ?
ウロコがびっしり敷き詰められた腹の上に、術式が浮かび上がっていた。
魔鎧を再び発動させる。
「ここならどうだ」
左腕を突き出すと、棘竜のウロコを貫通し刺さった。
「ギュォォォォォォォオオオ!?」
それを何度も繰り返す。すると、術式が光を失っていた。
「キォォォ……」
さっきのように鋭く発光した棘竜は、みるみるうちに小さくなり、元の棘トカゲの姿に戻っていた。
あの術式言語が、巨大化の引き金になっているのは間違いなさそうだ。
『貴様殿よー。檻の魔物たちの首輪が! 妾のそれとほとんど同じである!』
「そうか」
俺は手を上げて、こちらに手を振る『シャドウ』に了解の意を伝えた。
術式が暴走しないように、檻にいる間は、首輪をつけて力を抑制させていたのだろう。
『だが……どれも壊れておるな……』
俺も『シャドウ』がいる檻のほうへむかった。
覗いてみると、どれもライラが言った通りだった。
「機能しない首輪をつけるバカはいないだろう。絶命を機に破壊される術式が組み込まれていたのかもしれない」
「なるほどぉ……それなら納得だわぁ」
ふっと吸血槍を消したディーも檻を覗いて、何度かうなずいた。
檻の魔物を殺しはじめたとき、棘トカゲはどこかに行っていた。
侵入を咎めるのであれば、そのときに棘竜になっていたはずだ。
「ワワークは、こんなところでこんな実験をして、何をしようとしてたのかしらぁ?」
頬に手をやってディーが首をかしげる。
それに応える声があった。
「魔王の軍門に下った親純派に教えることは何もないよ」
俺たちがやってきたのとはまた別の通路から、血色の悪い男が現れた。
『ワワーク・セイヴ……』
ライラがぽつりとこぼした。




