新種の魔物と地下空間2
帰宅した俺は、首輪の内側にある文字を確認した。
確かによく似ている。
何も言わず帰ってきた俺のあとを追いかけ、リビングまでライラがやってきた。
「どうかしたか?」
「この首輪の内側にある術式が、魔力反比例の術式ということでいいんだな?」
「おそらくそれで間違いないと思うが」
「……」
「何かあったか?」
俺は、さっき森で見た巨大な見慣れない魔物のことについてライラに教えた。
「ふうむ。最近現れる謎の魔物……。そやつはこの首輪に似た術式を体に刻まれておった、と」
「一部に書いてあったのではなく、全体にだった」
「四つ目の亀で、岩石のような体……。妾も思い当たる魔物がおらぬ」
素人目には見慣れない魔物でも、俺やライラがその特徴を聞いて見当がつかない魔物は少ない。
「便宜上、鎧亀としよう。鎧亀は家一軒ほどの巨体だった。だが、森に日常的に入っている者でそれを目撃したのは、一人だけだった」
「……ということは、鎧亀とやらは、その森を住処としているわけではなさそうであるな」
「ああ」
「倒したというのなら、骸を見れば何かわかるやもしれん。現場まで連れていってくれぬか」
承知した俺は、ライラを伴い現場の森まで戻った。
「ここで間違いないようだが――」
きょろきょろ、とライラが周囲を見回す。俺も同じように辺りに目をやった。
さっきまであった鎧亀の死体がなくなっている。
「どこに行った……?」
「そなたから漂う血のにおいと、ここらへんに漂う血のにおいは同じである。ここで間違いないのであろうが」
あの巨体を探すはめになるとはな。
「いないなら、いないとはっきりとわかる図体だ。ということは」
「誰かが、持ち去った?」
「ん。おそらくな」
簡単に持ち去れるようなサイズではない。
魔法か、それとも別の何かを使って運んだのだろう。
ライラも解読できないあの術式と似た術式が鎧亀に書いてあった。
もし同じ術式言語であるなら、首輪を制作したとされるワワークという吸血鬼と何か繋がりがあるのかもしれない。
あの鎧亀の他にも、何体か見慣れない魔物が出現するという話だったな。
これをクエストにするなら、然るべき冒険者に討伐させればいい。
だが、鎧亀と同じように術式が刻まれた個体だったとするなら、その魔物は手がかりになる。
最終的に討伐するとしても、ある程度は泳がせておきたい。
どこからやってきたのか、ただの突然変異体なのか、それとも誰かのペットなのか、確かめておきたい。
「妾が『シャドウ』を出しておこう」
「そういえば、使えるんだったな」
「ふん。たわけたことを。妾がそなたに教えたのだぞ?」
「そうだったな」
ライラが『シャドウ』を発動させると、魔力がライラを中心に広がった。
「キ!」
小型犬ほどの大きさの『シャドウ』が現れる。
俺の『シャドウ』は男型だが、ライラのは少し違っており、女らしい丸みを帯びていた。
その『シャドウ』が俺の足にまとわりついて、体をこすりつけてくる。
「わ、わわ!? や、やめよ! な、何をしておるかっ」
慌てたライラが『シャドウ』の首根っこを掴んで俺から引き離す。
ぽい、と遠くに投げると、森の闇に紛れてしまい姿はすぐに見えなくなった。
「あやつにここの監視をさせる。何かあれば、そなたに伝えよう」
「わかった。俺の『シャドウ』とは違うんだな。丸みがあった」
「そ、それは……少なからず術者の精神性が反映されるのだ」
術者の精神性が反映される――ということは、あの体をこすりつけてくる行動は――。
「今日は、ディーもロジェも戻らぬと、昼間聞いた……」
そういうことらしい。
「夕食の準備もしてあるが、い、いかがする?」
小声でぼそりと言うと、目をそらした。
「妾の我がままで手間をかけているのだから、その礼である。多少……頑張らなくは、ないのだぞ?」
恥ずかしげにそう言う魔王様に呆れたが、苦笑しながら頭を撫でる。
「その頑張りとやらを見せてもらうとしようか」
「ふん。偉そうに」
頬を染めたライラがじっと俺を見て、プイ、と顔を背けた。
「その言葉、後悔するでないぞ?」
翌日。
朝礼後、俺はアイリス支部長に昨晩のことを報告していた。
「ロランでもわからない魔物?」
「はい。突然変異した魔物なのかもしれません。なので、あの森には原因がわかるまで、誰も近寄らせないほうがいいのかもしれません」
「それもそうね」
ふむふむ、とアイリス支部長は自慢の美脚を組み替えて、デスクを人差し指でノックする。
何かを考えているときに多い仕草だ。
「領主様に、そのことを報告して立入禁止区域にしてもらいましょう」
「はい。そのほうが被害を未然に防げるでしょう」
あの森で生活の糧を得ている人には少々キツいかもしれないが、怪我をしたり命を落としたりするよりずっとましだろう。
「ああ、それと、昨日渡しそびれちゃったんだけど、王都から手紙よ」
「ありがとうございます」
ランドルフ王からだろうか、と思って封筒を確認すると、宛名に「ロランさん♡」と書いてあった。
冗談か本気かわからないいたずらっぽい笑顔が思い浮かんだ。
……あいつか。
封筒をビリビリに破って中身を取り出す。
『お久しぶりです、ロランさん』
その文言から手紙ははじまっていた。
先日、首輪の件でセラフィンに手紙を出していた。これはその返事のようだった。
アルメリアやエルヴィ、リーナの三人とは再会を果たしているのに、自分のところへどうして顔を見せないのか、という苦情からはじまり、わたくしは嫌われていたのですね!? という、おそらく冗談であろう文言が続いた。
そのくだりが長かったので、読み飛ばした。
結論から言うと、セラフィンはあの首輪について、俺以上の情報を持っていなかった。
首輪は戦場で拾い、後日鑑定士に見てもらい、効果のほどを知って俺に預けたという。
手紙を懐にしまうと、こん、と窓ガラスを叩く何かの音がした。
不思議に思っていると、こん、という音がまたする。
窓を開けて外を見ると、ライラの『シャドウ』が三度石を投げようとしているところだった。
石はかなり大きく、窓にぶつければガラスは確実に割れていただろう。
『貴様殿、出たぞ』
『シャドウ』からライラの声がする。後ろでアイリス支部長が、「ライラちゃんの声?」と不思議そうな声を上げた。
「しゃべれるのか」
『妾を誰と心得るか』
うはははは、と『シャドウ』はひとしきり大笑いをした。
昨晩、森で後悔させてやると息巻いたライラは、深夜には虫の息になり、その言葉を後悔することになった。今はずいぶん元気が戻ったようだ。
『森に配置した「シャドウ」の視界で見た限り、トカゲのような風体の魔物だった。が、はじめて見る魔物だ』
「わかった。現場へ行こう」
『かなり警戒しておる。もしかすると、昨日のことが原因かもしれぬな。なかなか近寄れぬ』
飼い主が同じならいいが。
『泳がせる以上、尾行がバレてはおしまいであるぞ?』
「誰に言ってる」
窓から外に出ると、会話で事情を把握したアイリス支部長は「気をつけてね」と窓から手を振った。




