新種の魔物と地下空間1
「また猫ちゃんの捜索……」
ミリアが受付票を見て、うむむ、と悩んだあげく現状調査の箱へ入れていく。
依頼主から寄せられた相談を、クエストにするかどうかを俺とミリアで決めていた。
今は、溜まっていたそれを半分ずつ目を通しているところだ。
「最近、ロランさんちの猫ちゃん見ないですけど、どうかしたんですかー?」
また一枚を見て、ミリアが却下の箱へ受付票を入れる。
「ああ……今は家で大人しくしているはずです」
「そうでしたか~。わたし、あまり好かれている感じはしないんですけど、今度会ったら抱っこしたいです」
そういえば、まだあれがライラだとミリアは知らないんだったな。
「好かれるといいですね。嫌がると引っかきますから」
「あぁ~。引っかくんですね……どうしたら気に入られるんでしょう……」
ケンカの仲裁という相談を却下にした俺は、次の受付票に目を通す。
「……ふうん」
依頼人はキコリの男。内容は、森に仕事へ行くと見慣れない魔物をよく見かけるので、そいつを討伐するなり追い払うなりしてほしいとのことだった。
現状調査に入れ、次の一枚を見ると、似たような内容だった。
同じ森で、見たことのない魔物がいるとのこと。
「ロランさん、森で最近変わったことってあったんでしょうか?」
「どうかしましたか?」
「いえ……同じ森で謎の魔物を見かけた、という相談がいくつかあって」
「こっちも、その相談が今のところ二件あります」
かなりの人間が目撃していて、口を揃えて見慣れないと言っている。
二人でひと通り受付票を見ると、例の相談は全部で八件にものぼった。
「ロランさん、手続きをお願いしてもいいですか?」
「はい」
八枚の受付票を持って支部長室に行く。
「ふうん。同じ相談が何件も……。それは気になるわね」
アイリス支部長は、顔をしかめながら受付票にさらりとサインし、それを返してくれた。
「再聴取と現場調査、お願いね」
「わかりました」
紙をまとめて懐に入れて、ギルドをあとにする。
似たような内容でも、ここまで一致することは珍しい。しかも八件もだ。
まずはキコリの男の家へとむかうことにした。
「夢かと思ったんだぜ?」
こぉーんなでっけぇんだ、と両手でどれくらい大きかったのか、キコリの男は説明してくれた。
やってきた男の自宅で、俺は見たとされる魔物の話を聞いていた。
「大きさはわかりました。このご自宅と比べたら、どちらが大きいですか?」
二階建ての一軒家。一般的なそれより、この家は大きい。
「さすがに……この家よりは小さかったな……。いや、匹敵するかもしれねえ」
さらさら、と俺はメモをしていく。
「他に特徴は」
「四足歩行だったのは間違いない。……が、ビビっちまってすぐ逃げたんだ。見たのは、その一回きりで……」
「同じ魔物を見たであろう方が何人もいらっしゃいますので、その森にとどまっているかもしれません」
「仕事、あれから行ってなくてよぉ……」
「仕方のないことです。家並みに大きな魔物がいるんですから」
「職員さん、頼むよ。多少割高でも報酬は大丈夫だから」
「ここでどうとは判断しかねますが、他の方の情報やそれを元に戦力分析をさせていただき、その上で改めてランク設定と報酬のご相談をさせてください」
「ああ。よろしく頼む」
このようにして、俺は他の七人にも事情を訊いて目撃情報を集めていった。
……が、どれもバラバラ。
キコリのように一軒家並みに大きかったというのは、他に一人。馬くらいのサイズだったという者が何人かいた。
二本足で立っていた、と証言した者もいた。
「……なぜここまで違う」
ギルドに戻って、メモした情報を見比べた。
そもそも同一の魔物ではなく、多種多様な見慣れない魔物がいたということだろうか。
共通しているのは、見かけたのは夕方から深夜。
夜行性の魔物の活動時間でもあるので、それほど大きな情報ではなかった。
相談者は、キコリのように仕事のためだったり、生活水を汲みに行ったり、食料を採りに行ったりと、みな日常的にあの森に入る者たちだった。
森に入れなくなるというのは死活問題だ。
何かのクエストが発生するようなこともないため、冒険者が行くことのない森なのだった。
閉館間際。
案内人のジータがギルドへやってきた。
以前俺が王都で鬼ごっこをした獣人の少年だ。今は冒険初心者のために、森で迷ったりしないように、案内の仕事をしている。
「ジータ」
「よお、ロラン。どうかしたか?」
「ここから北東にある森で、何か変わったことはあるか?」
「変わったこと? うーん。仕事で案内することもねえしなぁ……。あんま行かないんだよなぁ」
「そうか」
「ああ、でも、夕方から夜あたり、あの付近は何か嫌な気配がする。中に入ってみよう、とまでは思わないから、通り過ぎるだけだけど」
「やはり、俺が自分の目で見たほうが早そうだな」
「大丈夫かよー? 左手だけで」
「これだけでも、おまえをここからその森まで吹っ飛ばすくらいはできるぞ」
「うげっ……。あ、相変わらずビックリ戦闘能力だな……」
頬をひくつかせたジータは、一日の報告をまとめたものを提出してさっさと帰っていった。
俺は進捗報告をアイリス支部長にし、許可をもらって現場へ向かうことにした。
直帰にしてもらったので、調べがついたらさっさと帰ることにしよう。
森にやってきたときは、空が茜色から藍色に染まりはじめ、星が小さく瞬くような時間になっていた。
森の中は歩きやすく、道もはっきりしている。人が頻繁に行き来しているのがよくわかる。
普段誰かが水を汲んでいるであろう川、まだ少し新しい切り株、採取されたあとが残る山菜の群生地。
リスやウサギを何匹か見かけたが、これはどの森にでもある程度いる。
不意に静かな虫の音が聞こえなくなると、小動物の気配がすっと遠ざかっていった。
それと同時に、どしん、と重い音がする。
次に何かを発酵させたかのような饐えた悪臭が鼻を突いた。
木々から差し込まれた月明りが何かに遮られ、周囲が暗くなった。
目をやると、家一軒はありそうな巨体の魔物が姿を現した。
おそらく、これがキコリが目撃したと魔物だろう。
短い四本の足は太く、体全体は岩のような何かに覆われている。
顔と思しき部分は、糸のように細い目が四つ。たとえるのなら亀が一番近いが、こんな亀、もしくは亀型の魔物はいただろうか。
糸目のひとつが大きく開かれ、眼球がぎょろりと動いて俺を視認した。
「調査のつもりだったが、見かけてしまった以上、仕方ない」
足下の石を拾って、眼球めがけて思いきり投げる。
石は眼球に直撃し、ぼしゅ、と反対側へと貫通していった。
「ギォォォォォォォッ!?」
森が震えるほどの悲鳴を魔物があげた。
大きいということは力があるということでもあるが、その分、動きは鈍い。
歩いてでも倒せる。
のしのしと動いていた以上、四肢のすべてが装甲のような岩石に覆われているわけではない。
それでは、動くのに不便だからだ。
……関節部分は、必ず岩石ではない肌があるはずだ。
適当な枝を探しながら後ろへ回り込むと、予想通り、膝の裏らしき場所には、肌が露出していた。
そこへ手にした枝を突き刺す。同じ要領で、他の三本の足にもそうしていった。
「ギォォォウ!? ギオッ――!?」
身動きが取れなくなった魔物は、首を振って悲鳴を上げた。
「恨みはないが、貴様がここにいては困る人間が多くいる。彼らの『普通』を乱すわけにはいかない」
『魔鎧』を発動させ、魔力で覆った左腕を魔物の頭に突き刺した。
声にならない断末魔を上げた魔物は、しばらく痙攣したのち、事切れた。
「……ん? これは――」
体を観察していると、何かの術式にも似た文字の羅列を見つけた。
その文字は、ライラの首輪のそれとよく似ていた。




