悪者探し
ギルドの事務室で書類仕事をしていると、
「ロランさん、妾さんお元気ですかー?」
「はい、元気ですよ」
「あれからわたし、全然会ってなくて」
ライラの首輪が壊れてから、一度島で会った。そのときに、ライラの魔力について尋ねたが、これといって何も感じなかったというミリア。
もし捜索が空振りに終わり、ワワークが見つからない、もしくは死亡していた場合、ライラはあのままということになる。
他の人間たちが、ライラの魔力を魔王のそれだと感知できなければ、今のままでも問題はない――とは思うが、魔界にそのことが知られると、迎えがくる。
「……」
そうなったら、俺は――。
「ミリアちゃん、ちょっといい……?」
「あ、はぁ~い」
女性職員に呼ばれたミリアが返事をして席を立ち、カウンターのほうへ向かった。
「聞いてねえんだよ、こっちは!」
事務室に響き渡るような大声だった。
「Dランククエストだぞ? こっちゃ、その備えしかしてねえし、いきなりあんなの――。回復薬で仲間はどうにかなったけど、足りなかったらと思うと……」
今朝やってきた冒険者だった。朝は仲間が他に三人いたが、今は一人だ。
「おい、あんた!」
「は、はいぃぃ……」
ミリアが斡旋したらしく、肩をすくめて縮こまっている。
「Aかそれ以上の魔物が出た。どうしてくれんだよ!」
「えぇぇ~。そんなぁ……でも、Dランククエストなんですよ……? 十分、危険性もご説明しましたし……」
ミリアをカウンターに呼んだ職員が、気の毒そうにしている。俺は彼女に尋ねた。
「ミリアさん、どうしたんですか?」
「誰が悪いとかじゃないんだけど……あの子が斡旋したクエストで、イレギュラーが発生しちゃったみたい。それでパーティの三人が大怪我をして……私もミリアちゃんがどんな説明をしてクエストを斡旋したからわからないし……それで変わってもらったんだけど……」
ぺこぺこ、とミリアが頭を下げているが、冒険者の怒りは収まらない。
「不手際として補償してもらうぞ!」
「で、ですが……」
「あんたじゃ話になんねえ。上のやつ呼んでこい!」
「は。はい……。しょ、しょしょしょう、お待ちください……」
今にも泣きそうなミリアが、カウンターに背をむけて、支部長室へと向かっていった。
「あの」
そのクエスト票を見て、俺は冒険者に声をかけた。
「なんだよ」
「Dランククエスト。殺蜂の巣の駆除を受けていて、お仲間様たちがお怪我をされたと」
「ああ!」
クエスト票に書き記してある受領者の欄を見ると、パーティ全員が適正ランクのDだったわけじゃなかった。
リーダーと思しきこの男がCランク、他はDが一人、あとはEが二人。
クエスト票の裏のメモに、『適正ランク外二名。危険性説明済み』とミリアの丸っこい字で書いてある。
「クエストの危険性、適正ランクを説明した上で、それでもなお怪我をする――よくある話では?」
「何だと、テメェ!」
冒険者がダミ声でがなる。
心配そうにした職員たちが、「支部長に任せとけって」や「火に油注ぐんじゃねえよ」と諫めるような言葉を投げてくるが、構わなかった。
「自業自得だと言っているんです」
「……おまえ、ちょっとこっち来いよ」
瞳孔を開いて青筋を立てる冒険者。
立ち上がってミリアがいたカウンターまで行くと、片腕の俺を見て、一瞬だけひるんだようだった。
「イレギュラーが起きたことは不運だと思いますが、自惚れた授業料だと思ってください。それで命を落とす冒険者は星の数ほどいます」
「オレたちは自惚れてなんていねえ! ふざけんなよ、テメェ!」
「……では、なぜ低ランク冒険者を連れて魔物を討伐しようと思ったんですか? 二名もEランクならパーティの半分は適正ランク外。かなり危険です。それを承知の上で、クエストを引き受けたんですよね?」
一度言葉に詰まったが、唾を飛ばして威勢よくしゃべりだした。
「だ――だからぁ! イレギュラーが起きたせいだって言ってんだろ! 本来のクエストならなぁ――」
「そうですね。イレギュラーなら、誰も悪くありません。強いて言うなら、運が悪い」
「っ……」
言おうとした何かを男が呑み込んだ。
「イレギュラーは予測できませんから」
「だ、だがよ――」
「それでもなお、命を落とさずに四人が戻ってこられたことを喜んでください。イレギュラーなんて、よく起きることでしょう?」
はぁっ、と負けを認めたようなため息をついて、どすん、と椅子に座った。
「そうだな……。悪かったよ。八つ当たりしちまって……。あの女の職員さんに言っておいてくれ」
「それは、直接どうぞ」
戻ってきていたミリアが後ろに支部長といることには気づいていた。
「申し訳ない。職員さん。手間、取らせちまって……」
「い、いえ。わたしも、もっとできることがあったかもしれません」
「危ないことを冒す仕事なのになぁ……慣れてくると、そこらへんを、つい忘れちまうんだ。この片腕の人が言うみたいに、授業料だと思っておく。……むしろ、運がよかったのかもしれねえ」
小さく頭を下げて、冒険者は席を立ちギルドから出ていった。
ほっとした安堵の空気が事務室に流れた。
「どうやって引き下がらせようか考えていたのに」
アイリス支部長がいたずらっぽく笑った。
「ロランさん、ありがとうございました!」
「いえ。――支部長、すみません、出しゃばって」
「いいのよ。同じことを説明したとしても、あなたが言うのとじゃ、説得力が全然違って聞こえるから」
それはもしかすると、この風貌のせいなのかもしれない。
そうだとすれば、隻腕になったかいもあったものだ。




