帰還と日常とこれから3
「だーかーら! おまえのランクはいくつだよ?」
「Eだけど、それが何?」
カウンターの向こうでニール冒険者とラビが睨み合っていた。
「ロジャーさんは、どう思います?」
俺が話題を振ると、「そッスねぇ」と腕を組んだ。
「オレはどっちでもいいんスよ。クエストのランクがDだろうがCだろうが」
「おぃぃぃぃ、ロジャー、てめえはオレの味方だろう!」
「そうッスけど……」
二人のやりとりを眺めている俺の前に、ラビが割って入ってきた。
「ロランは、Cでも大丈夫って思ったんだよね?」
「ああ。でなければ斡旋などしない」
先日、俺がラビの実戦経験を積ませるためにニール、ロジャーの二人組に面倒を見るようにと頼み、そして日を改めた今日、三人での初クエストをいくつか選んで斡旋しているのだが――。
「兄貴、まだオレらは組んで今日が初日で、だからできれば簡単なDランクで……」
「ロランができるって言ってるんだから、Cでも大丈夫だってば!」
「そういうとこだぞ、イキった新人が失敗しがちな理由は!」
ニール冒険者の言にも一理ある。だが、ラビに言ったように、無茶なクエストを斡旋しているわけではないので、俺からすると正直どちらでもよかった。
「やはり、二人のほうがいいですか? 新人を預かるのは荷が重いですか?」
「いやいやいや、兄貴、ちょっと待ってください」
「そうッスよ。ただちょっと上手くいってないだけで……」
口を開けばケンカをしていても、戦闘中は上手くいくパーティは多い。
これからパーティになっていこうとする最中なのだから、多少の摩擦は目をつぶろう。
ニールとロジャーの両冒険者は、派手さはないが、腕も確かで経験も豊富。
それをラビが理解してくれれば、ニール冒険者の言うことも聞いてくれるだろうが、今のところ、ただのがさつな冒険者にしか映らないんだろう。
「ラビ。クエスト中は俺が指示を出すことはない。そばにいるのはこの二人で、話し合って連携を取る必要がある。わかるな?」
「うぅぅ……そうだけど……」
Dランククエストなら、この二人なら防御スキルはきっと必要ない。
だが、それを口には出さず、ラビを連れて行こうとしてくれている。文句を言う筋合いはどこにもないのだ。
まだまだラビは能力以前に人間として足りない部分が多い。
同行してやってもいいが、それではラビは結局俺の顔を窺いながらのクエストになる。
それでは意味がない。
プライドが高いのは、バルバトスの下で魔法使いとして扱われていたせいだろう。
「……」
絶対安全であろうクエストを斡旋している俺は、やはりラビをどこかで甘やかしているのかもしれない。
信用、信頼関係というのは、年月をかけて培う場合もあるが、酷い経験を共有したり、死線を乗り越えたりすることでも得られる。
俺はカウンターの上に並んだクエスト票を一旦回収した。
ロジャー冒険者が不安そうな顔をする。
「え、兄貴――」
こんな状況ではクエストを出せない――そう俺が判断したと思ったらしいが、逆だ。
「クエストを変えます」
三人の能力をそのまま評価すれば、これくらいのクエストは問題ないはずだ。
「Bランククエストです。こちらをお願いします」
クエスト票を一枚カウンターに乗せると、先輩後輩コンビがぎょっとした。
「B……オレらでもたまにしかしないし……いつもボロボロで……」
「そ、そうッスよ、兄貴。連携がまだ上手くできないちゃんラビは連れていけないッスよ……」
さっきまで自信過剰気味だったラビも、Bランクには少し腰が引けているようだった。
「ろ、ロラン……。Bランクは、ちょっと……。危ないかもだし……」
「危ない? 危なくないクエストはFだけだ。Eランククエストだって、場合によっては命を落とす可能性はあるし、事実そういった者も多くいる」
緊張したかのように、三人が押し黙った。
「Bランクは、できませんか?」
「い、いや、やる……やらせてください、兄貴」
「自分は、先輩の判断に従うッス」
「決まりですね」
手続きに入るため、ペンを持った。
「ね、ねえ。わたしの意見は……?」
「いつまで魔法使い気分でいる。おまえは現状、ただの足手まといなEランク冒険者だ。自分は特別だといつまで勘違いすれば気が済む」
ひぐっ、とラビが半泣きになった。
「あ、兄貴、ガキみたいな女の子にそんな言い方しなくっても」
ニール冒険者が見かねて口を挟んだが、俺は彼を手で制して続けた。
「嫌なら、好きな町で好きなように生きろ。おまえが生きるための選択肢は、そう多くはないぞ」
かつてないほど厳しい口調で言ったせいか、堪えていた涙をぽろぽろとこぼしはじめた。
「やる……このクエスト……」
さすがに気の毒に思ったのか、ロジャー冒険者が、慰めの言葉を何度か口にした。
「兄貴、言い過ぎッスよ」
「ああ。あんなキツい言い方しなくても」
「事実です」
詳細の説明をして手続きを済ませ、冒険証を返す。
俺は背をむけた三人に、「よろしくお願いします」と業務上の挨拶をして送り出した。
隣の受付カウンターにいたミリアが、じい、とこちらに視線を送っていたのには、気づいていた。
一部始終を見ていたのだろう。
「ロランさん」
「はい?」
目をやった俺に、ミリアは笑顔をむけた。
「相変わらず、優しいですね」
「……」
この少し抜けているところがある先輩は、些細な俺の気配りをよく見抜く。
「優しくないですよ。かなりキツい言い方で……言い過ぎだったかもしれません」
ふふふ、とミリアは微笑を崩さない。
「そうですね~。かつてないほどの厳しさがありました」
この様子……俺の狙いを、わかってて言っているな?
「以後、気をつけます」
「気をつけなくてもいいんじゃないかなーと思います。刺激強めの、優しさです」
いや、気をつけるべきだろう。
同じ師に戦闘のいろはを学んだ妹弟子でもある。あの子の境遇や環境に、俺は無意識に甘く接してしまっていた。
あ、でも! とミリアは何か思いついたように手をパチンと合わせた。
「ロランさん目当てにやってきた女子冒険者には、ああしたほうがいいと思います! もっと厳しく! 泣かせるくらいに!」
「隻腕になってからは減りましたよ」
「ううん……もっと減ってほしいです……。違う意味で泣かせる数は全然減ってないですし……」
小難しい顔で、ミリアは唸った。
人間が三人いれば政治がはじまる――。
その中で諍いが起きた場合、どうなるとその揉め事は早く集束するのか。
それは外敵が現れることだ。
俺が態度を一変させ、キツい言葉をラビに投げかけることで、三人は共通の気持ちを抱いたはずだ。実際、先輩後輩コンビは、来たときにはなかった優しい態度でラビに接し、ギルドから出ていった。
俺という『外敵』が現れ、そのあとは、Bランクの魔物という外敵を討伐する。
難易度の高いクエストをただ行うよりも団結しやすかっただろう。
送り出したのは朝だったが、三人が戻ってきたのは、昼過ぎだった。
「お疲れ様でした。早かったですね」
甲殻獣と呼称される個体の討伐は、思いのほか上手くいったらしい。
身なりをみればわかる。
「兄貴……ラビのスキルのおかげで、オレたちゃこうして無傷だ」
その後ろでラビが照れくさそうにしている。
「連発性の高さや範囲を小さくしたり拡大できたり……めっちゃ便利だったッス。自分らが預かってていいのかってくらいのスキルで……」
「ま、まあね。そ、それがわたしのスキルだから。守るのがお仕事ですから」
みるみるうちにラビの鼻が伸びているのが見えるようだった。
「さすがに自分も無茶だと思ったッスけど、いつも以上に早く終わったし、苦戦もまるでしなかったッスよ」
「それは、お二人の技量と経験によるものでしょう」
今度は、ニール、ロジャーの二人が照れくさそうに笑った。
「二人だったら、また漏らしてたかもしんねえ」
ガハハ、とニール冒険者が笑い声をあげた。
討伐の証である殻をいくつか受け取り、鑑定部署に回す。ペンを持って手続きをしていると、
「おい、ラビ」「ラビちゃん、今言わないと」
という二人の急かす声が聞こえた。
「わ、わかってるよぉ……」
前にいた二人と入れ替わるように、ラビがやってきた。
「ロラン、怒ってくれてありがとう」
「何の話だ」
顔は見ないまま、手を動かした。
「ロランなんて嫌い! って思ったけど、わたしのことを考えた上で言ってくれたことなんでしょ?」
「俺はただ、甘えたことしか言わないガキが嫌いなだけだ」
鑑定部署から書類が一枚回され、確認する。
討伐の証は問題なかったようだ。
「ベテラン冒険者は、どうだった?」
「二人とも、頼りになったよ。スキルを発動させるタイミングとかも、きちんと打ち合わせして、戦って……おじさんたち、強かった!」
「「おじ……さん?」」
後ろの二人が納得いかなさそうに首をかしげている。
互いに認め合うことも、信用や信頼を築く上で重要なことだ。
「しばらくおじさんたちのお世話になるね」
「ああ。そうしてくれ」
報酬を渡し、ニール冒険者がそれを分配していく。
「え。わたし、少なくない?」
「少なくねえよ。Eランク冒険者ならこんくれぇが妥当だ。文句言うな」
えー? と不満げに声を上げたラビだったが、本気で言っているわけではなさそうだった。
「ロラン、また明日来るね!」
そう言って、ラビは笑顔でギルドをあとにした。




