帰還と日常とこれから1
昔は仕事の都合で左利きを装うことも何度かあったので、隻腕でもギルド職員の仕事に別段困ることはなかった。
ただ、物理的な問題でたくさんの書類を持つことはできなくなった。
「ロランさん、お弁当食べさせてあげましょうか……?」
昼休憩になると、決まってミリアがこのセリフを言う。
「いえ、左手で事足りるので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そ、そうですか?」
ミリアは少しだけ残念そうにした。
バーデンハーク公国での大規模クエスト……ギルド設立が終わったことで、俺に付き従い彼の国でクエストをこなしていた冒険者、並びに俺が選びともに働いたギルド職員たちには報酬が支払われた。
冒険者は、あちらでの功績に応じて。ギルド職員は、一律での支払いだったようだ。
ニール冒険者と弟分のロジャーの二人はこちらに戻ってきてからというもの、羽振りがいいという。
あちらに残った冒険者も何人かいた。バーデンが祖国だったり、復興の使命感に燃えていたり、はたまた現地で恋人を見つけたり。それぞれの居場所を見つけ、生活をしているそうだ。
やってきたディーとラビの二人に、まだ事の顛末を説明していなかったことを思いだした。
俺の状態を見て驚いていたが、ディーは「あらあら」と冗談っぽく言った。
「ロラン様も、いっそのこと死んじゃってアンデッドになっていれば、わたくしたち永遠に一緒にいられたのにぃ」
悩ましげな視線に、俺は苦笑で答えた。
「誰が死霊魔法を使ってくれるんだ?」
「決まってるじゃなぁい。ライリーラ様よぅ」
あれはあれでリスクを伴うという話だったが、言い出しっぺのディーは何もする気はないようだ。
どこまで冗談で本気なのかさっぱりわからないな。
「ロラン……先生は、悪い人だったの?」
ラビにとっては、スキルの使い方を教えてくれた先生だったな。
「悪い人ではない。ただ、仕事と趣味を混同させてしまったという点に関しては、悪かったのかもしれない」
仕事であれば、依頼人であるバルバトスがいなくなった時点で手を引く案件。
アルメリアに手を出そうとしたのは、好奇心や興味、強い存在と戦いたいという個人的な事情しか考えられなかった。
俺よりも長い間、暗殺稼業をしてきた彼女だ。
ただ標的を指定されて殺すだけの繰り返しに、飽きてしまったのかもしれない。
俺も続けていたらああなったのだろうか。
「勇者様よりも先生って強かったんだね」
「それ以上に、ロラン様は強いのよぉ」
「ほんとだ!」
驚き半分、尊敬半分のキラキラした眼差しでこっちを見るラビ。
ディーとは、年の離れた姉妹のようだった。
「ディー。ライラの首輪を直したいんだが、何かあてはあるか?」
「そうねぇ……」
ううん、と考えるように宙に視線をやった。
「もしかすると……。いえ、何でもないわぁ。一度お家に帰って現物を見せてちょうだい?」
「ああ。頼む」
「もう、ロラン様ったら、首輪をつけたいだなんて……ほんとドS……ゾクゾクしちゃうわぁ……」
身震いしているディーを見て、ラビが首をかしげている。
「どういう意味? どえす?」
「おまえは気にしなくていい」
「わたくしもロラン様に首輪をつけてもらって、酷いことされたいわぁ……」
ディーが陶然としたような表情で、吐息混じりのつぶやきを漏らす。
俺とそんなディーを見比べたラビが間に割って入り、両手を広げた。
「ロラン! ディーさんに酷いことしないでっ」
「ガキは黙ってろ。ややこしくなるだろ」
俺ははぁ、と小さく息をついた。
「つけてもいい、と言ったのはライラだ」
「あらあらまあまあ……! あらあらあら~どうしましょう、ライリーラ様ったら……。しっかりとオンナになってしまわれて」
会うのが楽しみだわぁ、と悪い笑顔をしたディーが席を立って、くるーんと踵を返した。
妙に機嫌がよさそうだ。
今日はロジェが家に来るはず。ひと悶着起きなければいいが。
ギルドを出ていくディーを見送ると、ラビが尋ねた。
「ディーさんって、夜中何しているの?」
「クエストだ」
「それは知ってるけど……」
「たとえば、要人の警護をするといっても、夜中に警護の人間は必要だろう? そんなとき、ディーのような夜を得意とする存在がいると安心できる」
「晩ご飯を食べたあと出かけて、朝目が覚めたら隣のベッドにいるから……」
そんな単純なクエストばかりではないため、ディーもラビに毎回説明しないのだろう。
「ディーのような特異な存在はなかなかいない。それを日中守ってくれるおまえがいてくれると俺も安心だ」
「ほ、褒められた!」
「褒めたのはスキルだがな」
「意地悪っ」
べっ、とラビが舌を出した。
「エイミー……先生に会いたいか?」
「……わからない。会いたい気もする。でも、わたしのことは覚えてなさそうだし……」
「そうか」
俺とラビは同じ人に戦闘技術を教わった仲だ。いわゆる兄弟子と妹弟子の関係になる。
どれほどの弟子だったのかはわからないが、エイミーからすると、便利なスキルだから写させてもらおうと思っただけかもしれない。
あれからもう二か月ほど経とうとしているが、エイミーはまだ眠っている。
「何か進展があったら連絡する」
「うん。ありがとう」
「ディーは、大規模クエストの報酬が出たのもあって、しばらくはクエストを受けない。ラビ、おまえはどうする?」
「わたしは……スキルもこんなだし……一人じゃ……」
ディーと組んでいる状態ではあるが、すべてディーのクエスト成果となる。だからラビの現状のランクはE。
『フォースフィールド』は便利だが、これしかできないラビからすると、一人は不安なんだろう。
ディーを守ってきたが、ある意味、ディーに守られていたと言ってもいい。
だが、当たりスキルであり、実戦経験を積めばもっと活躍の場が増えるはずだ。
防御系の魔法は地味で、覚えていたとしてもないよりはマシ程度の効果しかない――魔法使いの大半がそう認識し、軽んじている。
実際は、中級以上のクエストでは防御魔法、防御スキルは活躍の場が多い。使い勝手のいい当たりスキルを持つラビには、俺としてはもっと強くなってほしいところだが――。
「うへぇ、今日もヤバかったなぁ……」
「先輩、オレ、ちょっとチビっちまいました」
「ロジャー、心配すんな」
「まさか、先輩も……」
「オレァ大のほうだ」
「せんぱぁい。マジ敵わねぇスわ」
ニール、ロジャーのコンビが、早々に帰還した。
今日の討伐クエストは、思いのほか上手くいったようだ。
「……」
「ロラン、どうかした?」
「……経験豊富なベテランで、いつもボロボロ……。ランクも中級……攻撃系のスキル……」
ねえ、ロランってば、とラビが話しかけてくると、二人と目が合った。
「兄貴ぃぃぃぃい! やりましたぁあ!」
装甲蛇討伐の証であるウロコをニール冒険者が掲げてみせた。
どかどか、と二人がこちらへ近づくと、ラビを含めた周囲の人間が一斉に距離を取った。
「先輩が、尻尾で吹っ飛ばされて気絶したときには、もう終わったと思いましたが、オレ一人でなんとか――」
「おい、ちゃんとオレの活躍も兄貴に――」
仲のいい二人のやりとりを聞きながら、ウロコを預かり鑑定部署へ回しておく。
「討伐クエストは、やっぱり痺れるぜ」
「先輩……オレらは兄貴が教えてくれた通りにやってるだけじゃないッスか」
「そうだけどよぉ……」
会話が途切れたタイミングで切り出した。
「お二人に、預かってほしい新人がいるんですが」
「兄貴の頼みなら、断るはずがねえ」
「そッスね」
悩むことなく快諾してくれた。
ラビと目が合うと二人を指差した。
「ラビ、この二人としばらく組んでくれ」
「えぇぇぇぇぇぇ」
すごく嫌そうだ。口元を歪めて、眉をひそめている。
「ああ、誰かと思いきや、お嬢ちゃんか」
「防御スキルの女の子」
二人は一応知っているらしかった。
「ラビ、この二人と組んで戦闘経験や現場経験を積ませてもらえ」
「や、やだ! だって、もっさりしてるし、汗くさそうだし――」
「おいおい、そんなこと言い出したらなぁ」
お。ベテランから新人への説教か。
「オレだっておまえみたいなガキよりもボンキュボンの子がいいわ!」
「ちなみに、オレはスレンダー派ッスね」
俺は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「わたしだって、ロランみたいな人がいい!」
「おいいいいいいい! それ言っちゃ、おまえ、全男は何も言い返せねえだろうがぁああああ!」
「すぐ大きい声出すし……下品だし……漏らすし……ロランは品があるもん。スマートで紳士だし」
「あのなぁぁぁぁぁぁ! 兄貴を引き合いに出したら誰も敵わねえってなんべん言やわかんだ、このガキんちょは!」
俺はこの三人でできそうなクエスト票をいくつかカウンターに並べた。
「さて。これから三人でクエストをしていくわけですが」
「兄貴、オレらの話、聞いてたッスか?」
やれやれ、と俺はラビに言った。
「これからおまえが世話になる二人だ。態度を改めろ」
「はぁい……」
渋々と言った表情で、唇を尖らせるラビ。
「どうでもいいけど、まずお風呂入ってきてよね。話はそれからだから」
「このまま抱き着いてやろうか、アァん!?」
「変態っ」
「仲がいいようで何よりです」
「あの、兄貴、都合よく解釈して話を進めようとしてないッスか?」
バレたか。やはりロジャーのほうが目端が利くようだ。
「仕方ないですね。日を改めましょう。お二人はクエスト帰りでお疲れのようですし」
二人にクエスト報酬を渡して、今日は帰ってもらうことにした。
「ラビ」
「うん?」
「おまえは、スキルの性質上誰かと協力することが多くなる。あれでは……」
「わかってる……。我がまま言って、ごめんね」
「わかっているならいい」
頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
「ディーにもディーの都合がある。常に一緒にいられるというわけでもない。今回は、冒険者として独り立ちするいい機会だと思った」
孤独な身の上では、一人で生きていくための知識や経験が必要となる。
「上品とは言えない二人だが、悪いやつではない」
「うん。……でも、漏らした状態だと、近寄りたくなくなるよっ」
……それもそうか。




