世界最高のスキル9
『いい? きちんと帰って依頼主に報告すること。でないと意味ないから』
『どうして?』
『それが暗殺者の仕事だからだよ』
エイミーはそうやって、暗殺者とは仕事とは何なのかを幼い俺に教えてくれた。
……考えに考えた。
エイミーの虚を突く手段。
結局、奇襲は不発に終わってしまったが、手はまだある。
張り詰めた空気の中、間合いを測る。
強敵相手に正面切っての戦いは、やはり慣れない。それは、きっとむこうも同じだろう。
じりっと距離を縮めるとのしかかった圧力に、息ができなくなる。
歩を進めれば進めるほど、圧力は増していった。
またアルメリアの『インディグネイション』が放たれた。
これが当たるとは思っていないのだろうが、ジャブにしてはあまりに強すぎた。
回避して家屋の裏手を素早く移動する。
それに合わせるように、エイミーも反対側を俺と同じ方角に駆けた。
やはり、間がある。
世界最高スキルゆえに、コンマ一秒にも満たない間が――。
連なった家屋が途切れる。
俺は覚悟を決めた。
『影が薄い』スキル、発動――。
勝負所と感じた瞬間は同じだったらしい。
エイミーは肉体硬化系のスキルを発動させたようだ。それは俺も知っているスキルだった。
視認されたら、俺はまた馬鹿の一つ覚えのように外れスキルを使った。
言ったな、エイミー。
進化じゃなく深化させるんだ、と。
あれから、あんたは深化させられたか――?
使い勝手のいいスキルなら、すでに何種類か使用している。
使ったスキルでは俺に読まれると踏むだろう。それなら、と未使用の別スキルを選ぶはず。
そんな、コンマ一秒以下で最善の選択をするわずかな間がある。
あんたに言われた通り、俺は深化させたぞ。
唯一絶対の外れスキルを――。
昔からこれしかない。
昔からこれにすがるしかなかった。
変えることも捨てることもできないこれを、背負って生きていくしかなかった。
誰にも自慢できない牙を、ひたすら信じてただ磨き続けた。
このスキルは俺自身だった。このスキルが俺のすべてだった。
エイミーが何か未知のスキルを発動させる。
同時に、飽きもせず俺は外れスキルを再発動させた。
エイミーの視線がかすかに外れた。
『これ鉄則だから。攻撃するとき声は絶対出さない』
「オォォォ――ッ!」
『次に、フェイント無しで正面から攻撃はしない』
正面突破ッ。届け――!
フォン、と死角から風切り音がする。
それと同時に、俺のナイフを握った右腕が吹っ飛んだ。
曲刀のような何かが、俺の右腕を肩口から斬り落としていた。
……さっきのスキルか。
昂っているせいか不思議と痛みは感じない。
まあ、もうすぐ痛いなんて言わなくて済む。
『最後は生きて帰って依頼人にきちんと報告すること。刺し違えるとかNG。そうなるってことは、プランが間違ってるってことだから』
刺し違えられたら最高。そう上手くいかないだろうが――。
俺の勝利条件はエイミーを倒すことではない。
エイミーを再起不能までとはいかずとも、俺との戦いが原因で、何かの後遺症が残り戦闘力が下がれば、アルメリアにはもう誰も敵わない。
それなら、俺の生死は問わない。捨て身上等。
これが、考え抜いた俺の勝利条件――『アルメリアを守る』だ。
「腕一本程度ッ」
「ロラン――――ッ!」
右腕がそこにあるものだと思って動いたせいで、不意にバランスを崩し、よろめいてしまった。
――が、それが幸いした。
エイミーが掴んでいた曲刀が、空を切る。
俺にとっても、想定外だった。ここで刺し違えるつもりが。
だが失くした右腕の分、体は軽くなっていた。
スキル発動。
第三者の評価では外れのスキル。
だが俺にとってはこれが、世界最高のスキルだった。
無意識に染み付いた近接戦闘時の動きで背後を取る。エイミーの視線はついてきていなかった。
俺を見失った彼女がとっさに発動させたのは、アルメリアの『魔封壁』。
知ってるか、エイミー。それは、正面左右の攻撃には強いが背面は酷く脆い。
『魔鎧』で左腕をありったけの魔力で覆った。
「オォォォォッ!」
俺は左手で『魔封壁』を突く。伸ばした指先が防御壁を突き破り、その奥にいるエイミーを穿った。
ああ……そうか……さっきの攻撃までの一連の動きは……。
『一気に近づいて体勢を低くする。敵の視線がブレたと思ったら、後ろから回り込んで、こう! やってみ? ……あはは。全然ダメだね』
何万何億と繰り返した。
呼吸をするように当たり前にできるようになった。
……俺がはじめて教わった暗殺術だった。




