世界最高のスキル7
◆アルメリア◆
ロランの稽古がいつも夜だった理由が、今わかった。
瞬時に距離を縮めてきた暗殺者の一撃を鼻先でかわす。
「っ」
濃い銀閃が目の前で右と左に闇夜を裂いた。
動きも、その速度も、ずっと特訓してきたことだ。
「へえ」
手負いのネズミを見つけた猫のような目つきだった。
けど、これなら。
安堵したと同時だった。
いつの間にか放たれていた上段の蹴り。
わずかに反応し損ねて、側頭部に直撃を受けた。
吹っ飛ばされ、家屋に衝突した。
骨や脳に響く攻撃に目まいがしたけど、すぐに立ちあがる。
「……」
ロランは、逃げろとは言わなかった。
どうしてと尋ねたら、何も答えてくれなかった。
逃げられる隙を与えてくれない相手だからなのだろう、と今になり納得する。
でも、そうならそうだって言ってくれればいいのに。
スキル『リターナー』を発動させる。
痛みや目まいがすぐに消えていった。
「面白い。戦う前の状態に戻すスキルってとこか。当たりも当たり、大当たりの特殊スキルだな……でも、それが勇者様のすべてじゃないだろう? 勇者を名乗るにはショボすぎるもんな。それじゃあ」
何のスキルか見破るの、早すぎない……?
ロランとの稽古中はスキルは使わなかったけど、これなら、三分やれる。
私のすべての状態を任意の時間に戻す『リターナー』。
意識を失ったり、一撃で絶命しない限りは何度でも戦う前の状態に戻れる。
「なるほどなるほど。それじゃあ、一撃一撃が必殺でないと勇者様は倒せないわけだ」
「勇者をあんまりナメるんじゃないわよ」
何かの気配が体中を走り回った。
今の何?
「おいおい、ズル過ぎんだろ。スキル三つとか。普通一つだろ。そりゃ強気にもなるわ」
『鑑定』や『スキル看破』に似たスキルか魔法を使われたらしい。
「あ、あんただって、スキルいくつ持ってるのよ」
「さすが特別な少女、か。攻撃に防御に回復、各種一個ずつの当たりスキル……さしずめスタンドアローンってところか」
こちらの質問にはまったく答えてくれないのに、ぺらぺらとよくしゃべる。
私一人いれば、世界は救える――。そう思っていた。
優良スキルが攻撃防御回復、それぞれ三種類持っていること自体、異例中の異例。
加えて天性の魔力量があり(あったらしい)、世界数人程度しかできない魔法剣技ができた私は、圧倒的火力を誇った。
やっぱり、私は特別――。
そう思い込んでいた私の鼻っ柱を、世話係としてやってきた謎の男は、これでもかというほど折った。
特別なはずの私に、まるでそこらへんの町娘に言うみたいに、その男は言った。
『おまえに世界を救わせてやる』
一人でいいと思っていた。
でも、きっと私は一人じゃ何もできなかった。
「三つのスキルを、『トリニティ』って言ってくれた。スタンドアローンなんて、寂しい呼び方しないで」
『リターナー』の効果がバレたのなら、防御スキルで対応すればなんとでもなる。
『魔封壁』
魔力残量に比例した防御スキルを――。
「え……」
発動してない――?
「うわ、これ便利だなぁ。ああ、けど魔力に比例すんのか」
女の前方に虹色に輝く防御壁ができていた。
なんで、あんたが発動させてるのよ。
「臨機応変。冷静沈着。動揺しちゃダメだろう、勇者様」
ロランみたいな口ぶりにイラっとして女を睨んだ。
ピュッとナイフを投げられ、首を曲げてかわす。
空手なら一撃死や気絶はしない――。
涼しい金属音にぞわりとして横を見ると、いつの間にかそばにいた女に、佩いた剣が抜かれていた。
いつの間に。
さっきまで動きは目で追えていたはずなのに。
切っ先をこちらにむけて体当たりするようにぶつかってくる。
「ッ!」
『リターナー』はまだ早い。
でも、一撃喰らえばたぶん死ぬ。
三つ目のスキル。
私を勇者たらしめるスキル――!
『インディグネイション』発動。
これが敵に当たらなければ死ぬ――それなら。
歯を食いしばる。気絶しないでよね、勇者。
敵にむけて放つべき不定形の雷状の攻撃を自分に撃った。
「ぐ……あぁぁぁぁ!?」
凄まじい放電現象が起き周囲を青白く照らした。
「ちッ」
ざっと女が距離を取った。
スキルのせいで体全身が痙攣する。
でも、耐えた。意識はある。
『リターナー』――。
「そう何度もさせないよ」
また接近しようと距離を縮めてきた。
かかった。
これで――!
「『インディグネイション』」
敵に雷状の攻撃スキルを放つ。
爆音にも似た炸裂音が轟く。まばゆい雷電が一帯を照らし出した。
『リターナー』で戦闘開始前に戻っておいた。
「……私相手に、攻撃を焦ったのが運の尽きよ」
「攻撃に逸るなんて若いねぇ」
声は無防備な背中側から聞こえた。目の前には誰もいなかった。
回避や防御よりも敵の一撃のほうが――。
蹴りを受けたとき、さっき剣を抜かれたとき、そして今。
あれだけ稽古してきたのに、目の前で動きを見失うってことは――。
そのとき。
音もなく、女の背後に影が現れた。
だから、逃げるための稽古はしなかったのだろう、と頭の片隅で思った。
現着時間と隙を探す時間を入れて、三分なんじゃ――。
私が不用意に攻撃した隙を狙う敵――標的を殺せると確信したその瞬間を狙った。
そうだ。
いつだって彼は正面から正々堂々と攻撃なんてしないのだ。




