世界最高のスキル6
アルメリアが招かれたという夕食には、俺も同席させてもらった。
メイリとアルメリアに、俺。
レイテの厚意で、フランクやロジェをはじめとした護衛たちも同席することを許され、賑やかな夕食の席となった。
俺の足下では、ライラが葡萄酒をちびちびと舐めている。
楽しそうに騒ぐメイリと、それを窘めるレイテ。普段は見せない上品な仕草で食事をするアルメリアとがっつくのを遠慮するフランク。
「ライラ、おまえならどうする」
「……妾なら、か」
夕食を口にしながら、考えていたことをぽつりと口にした。
アルメリアを俺の監視下に入れるときに、ライラとロジェには事情を説明していた。
「メイリや障害になりえない者には手を出さないのであったな」
「ああ。俺が知っているあの人なら」
「逆に言えば、障害となる者には容赦はしないということか。となれば、妾なら孤立させるであろうな」
「標的を、か?」
「現状、脅威となるであろう、そなたをだ。標的が孤立しないように目を光らせている邪魔者であるからな」
俺か。
その一手は考えなくはなかった。可能性としては十分あるが、俺は脅威に映るだろうか。
「妙なことを考えるでないぞ?」
「妙なこととは?」
「……」
じっと俺を見上げるライラは、何も言わずまた酒を舐めた。
それを飲み干すと、ロジェの足下へとことことテーブルの下を歩いていった。
愛猫を甘やかすかのような猫なで声のロジェが、膝に乗せてあれこれと話している。
食事もそこそこに、監視用の『シャドウ』をアルメリアにつけ、俺は王城をあとにした。
裏の情報網を使えば、何か掴めるだろうか。
やってきた裏ギルドで、モイーズを捜したが彼はいなかった。
「最近見ないよ」
同僚らしき人相の悪い男に、彼のことを尋ねるとそう言われた。
裏ギルドは、情報に通じている。裏のギルド職員とて、絶対の安全はない。
こんなことは茶飯事なのだろう。
「もし、あいつに会いたいなら――」
男は、モイーズの家を教えてくれた。
「いいんですか、簡単に教えてしまって」
「もしスレイドがオレを捜してたら教えてやってくれって言われてる」
俺は男にお礼を言って、裏ギルドをあとにした。
「……」
ライラが言うように、俺の孤立を狙うとしたら今まさにこのときだ。
これまで俺が単独で動くことは少なかった。
脅威となる邪魔者を特定されないように立ち回ったつもりだったが……。
モイーズは、俺が来たら家を教えてくれと同僚に頼み、姿を見せなくなった――。
まるで、自分がしばらく裏ギルドには来ないとわかっていたかのような行動だ。
そして、モイーズは、俺を名指した。
これはおそらく、俺を誘き出すための罠である可能性が高い。
「孤立させるための邪魔者を、俺だと特定したか――」
スレイド=ロラン=アルメリアのそばにいる邪魔者。
あの人の交友関係まではわからないが、俺が裏の情報網を利用しようとしたように、彼女もそうした可能性がある。
だとすれば、情報元はモイーズか……。
どうやら、俺はやつに売られてしまったらしい。
よくある。よくあることだ。
俺は小さく肩をすくめて、久しぶりの気分に浸った。
専守防衛ならここでアルメリアの元へ戻るべきだろうが、それでは永遠に襲撃者に怯えることになる。
いつか対峙しなくてはならないのであれば、それは向こうが仕掛けてきた今だろう。
逆手にとって仕留める――。
俺はつま先を王城ではなく、教えてもらった城外の家へとむけた。
◆アルメリア◆
ぴん、と違和感を覚えた。
お風呂に入る前。エイリアス様と他の護衛たち何人かで脱衣所に向かおうとしていたとき。
「……おじ様、ロランは?」
「部屋じゃねえのか? 殿下は風呂でもロランに護衛してもらいたいらしいな」
「ち、違うわよっ」
カカカ、と笑うおじ様は、部下の一人にロランを捜すように言いつけた。
「いないの」
「何が」
「ロランが出してるちっちゃいの」
「ああ、なんだっけか。『シャドウ』だったか。王城の中は大丈夫だと思ったんだろうよ」
……そうかしら。
これまで、ロランに言われた通り、泊まる場所を変えてきた。いつだってロランの『シャドウ』は私の目の届く範囲にいた。
王城だから大丈夫だと思っている……?
戦時中、油断するな、と言われて頭を何度叩かれたことか。
「あのロランが……?」
このぴん、ときた感覚。
みんなに言っても取り合ってもらえなかったけれど、ロランに言うと、「野生並みの第六感だ。その直感は大切にしろ」と昔言ってくれた。
侍女に着替え類を押しつけ、剣を佩いているかどうかを手だけで確かめ、廊下を走った。
「殿下――! どこに――!」
後ろから慌てたようなおじ様の声がした。
「ごめんなさい、ちょっと――」
どたばたと追いかけてくる護衛たちには構わず、城の外へと急いだ。
……ロラン。
もしかすると、『シャドウ』を出している余裕がないほどの状況なんじゃ――。
いつも、あなたが叱ってくれた。
いつも、あなたが助けてくれた。
いつも、あなたに守られていた。
「今回くらいは――!」
身軽な私は、後ろを駆けていた重装備のおじ様たち護衛を撒いてしまったらしい。
構うことなく静かな町を息を荒くしながら疾走し、戦闘の気配を探す。
今、どこかできっと――。
ふっと前方に影が現れ、足を止めた。
「どこへ行く、アルメリア」
「ロラン。どこへって、あんたを捜しに……」
はあはあ、と荒くなった息を整えるように呼吸をする。
雲に陰る月が顔を出しはじめ、周囲がほんのりと明るくなった。
「城へ戻れ。暗殺者の件は、俺がどうにかする」
「……」
じりっと一歩後ずさる。
「やつの居所を突き止めた。俺が仕留める。心配するな」
「……」
さらに一歩下がり、腰を少し落とす。
発された言葉ひとつひとつの圧力に、膝が笑う。
冷たい汗が背を伝う。
「いいな? 真っ直ぐ城へ帰るんだぞ」
私は、ロランの言葉を信じる――。
くるりとロランが背をむけた瞬間。
その影に溶けるように姿が消えた。
来る――!
迷わず前方へ回転すると、背後で空気を裂く鋭い音がする。
すぐに振り返ると、ロランが首をかしげていた。
「あっれぇ……おっかしいな……。何でバレたんだ?」
「ロランは、今回に限り、相手について断定的なことは何も言わなかった。それだけ警戒していたし、脅威に感じていたのよ」
『シャドウ』がいなくなったことで、昔の言葉を思い出したのも幸いした。
第六感に従う。
その感覚を大切にしろと言ってくれたロランの言葉を信じる。
攻撃をかわせたのも、やり口がロランと練習したまさにそれだった。
『覚えておけ。背をむけた瞬間は、誰しも警戒がゆるみ油断しがちになる』
短剣を弄ぶように宙に放ってそれを掴む『ロラン』。
あんなこと、ロランは絶対にしない。
そうだと思って見ると、仕草も表情も、ほんの少し違う。
ロランの皮を被った何かだということがわかる。
「はーぁ。しゃーない。楽できるかと思ったけど、そうじゃないらしいね」
にやっと笑うと、『ロラン』の周囲に影のようなものがまとわりつき、姿が変わる。
ゆるく波打つ黒髪と、金色の瞳の女が現れた。
ライラに匹敵するほどの美貌だった。
「どう料理しようかと考えていたら、楽しくて考え過ぎちゃって。そしたら護衛が強化されて、近づけねえな、厄介だなぁって思ったけど、さらに楽しくなってきて……悪い癖だって思ったけど、それを嘲笑うくらい美しい暗殺がしたくってさ」
正対して、今で何秒だろう。
「……二か月ほど前から見ているけど、あんた、強くなったね? それも、お稽古の成果ってか。いいね、いいねぇ」
嗜虐心が強く表れたような笑顔に、鳥肌が立った。
「楽しませてもらうよ」
この人相手に、回避防御に徹して三分……?
――嘘でしょ。




