世界最高のスキル5
◆ロラン◆
アルメリアをバーデンハーク公国に連れて来てから、少々忙しくなった。
日中はギルド職員として働き、夜は裏ギルドに顔を出す。
もっとも、裏クエストは先日達成したので、しばらく足を運ばなくていい。
暗殺の報酬にしては安すぎる報酬を受け取ったが、きっとあれが最後になるだろう。
ウェルガー商会は、アムステル元伯爵の再登板ということでまとまり、前マスターの息のかかった幹部を一掃し、元の健全な商会へと生まれ変わろうとしていた。
これで、バーデンハーク公国を牛耳ろうなんていう馬鹿げたことはもう考えなくなるだろう。
「今日も殿下とちびっ子姫様のお守りかぁ」
先日ようやく到着したフランクが、仕事をしている俺のところへ愚痴を言いにやってくる。
ちびっ子姫様ことメイリに斡旋予定のクエストは、犬の散歩と小さな子供たちの世話。
冒険者になったアルメリアも、それに同行する。
メイリの護衛とアルメリアの護衛を含めると、何をするにして二〇人近い大所帯での移動となるので、町を歩くたびにひと目を引くことになった。
「愚痴を言ってないで、体を張ってアルメリアを守る準備をしておくんだな」
「本当に、襲ってくるのか?」
俺が密かに同行させている『シャドウ』が周囲を警戒し、定期的にその視界を借りてあたりを見回しているが、それらしき気配はない。
だが……。
「ひとつ言えることは、襲ってくる気配を出すようなやつが相手なら、俺はここまで警戒しないし、ランドルフ王にも警告したりもしない」
「それもそうか。ちびっ子姫様を襲ったりは……」
「しない。断言していい」
「どうして」
「おそらく仕事内容はアルメリアの暗殺。あの人は……標的以外に危害を加えることをよしとしない。障害となるなら別だがな」
丸腰で標的一人だけを殺し、無傷で帰ってくる。それが、美しい暗殺だと教えられた。
「標的を殺せれば何でもいいというやつもいるが、なりふり構わないそのやり方は、自らの力量不足を公言しているのと同じになる。仕事は、暗殺であって殺人ではない」
「なるほど。プロとしての自信ってわけか」
こんなふうに、昔からの知人と世間話をし、順番待ちをしているメイリとアルメリアに、予定通りのクエストを斡旋する。
「魔物をやっつけるクエストがいい……」
「そうよ、私だっているのに」
二人のお姫様は不満げに文句を言う。
「市井の人たちがどんなことに日々困り、悩んでいるのか……それを知るいい機会だと思ったんだが……下々の民の生活よりも、魔物にご執心なのか」
ズルい言い方をすると、口をへの字にした二人は、渋々といった表情でクエストを受けることにした。
二人と護衛たちを送り出すと、召喚した『シャドウ』をこっそりとついていかせる。
今日もつつがない一日だといいが。
よっぽど警戒しているのか、それとも、まだプランを考えているところなのか、何事もなくメイリとアルメリアと護衛たちは夕方頃に帰還した。
冒険者として、様々なクエストを受け毎日違う現場に行く――こういう日々だと、相当暗殺プランを考えにくいはずだ。
どこで何をするのか、斡旋する俺がその日に決める。先読みされるはずもなかった。
「俺がこの仕事を受けていたなら、次はどう動く……」
まだギルドのロビーにいるメイリとアルメリア。
今日は王城で夕飯をご馳走になるだの何だのとフランクに報告している。
レイテがフェリンド王国の姫を粗末な場所へ泊めるわけにもいかないと、城で貴賓室を用意したが、それは固辞した。
寝床も毎日変える必要があった。
従軍経験のあるアルメリアだ。雨風が凌げればどこだって構わないだろう。
「ロラン、仕事はいつ終わるの?」
「もうすこしで終わる」
「稽古、今日は短めにしてもらえるかしら。お城にお呼ばれしてて」
「いいぞ」
稽古は順調だった。
日増しにアルメリアは俺の動きに慣れ、目で追えるようになり、触るまでとはいかないが、俺を捕まえようと伸ばした手の精度は上がっていった。
スキルを混ぜれば一瞬にして混乱するが、上出来だろう。
この成長速度は、さすが勇者といったところか。
メイリたちは先に王城へ帰り、アルメリアとライラが俺の仕事が終わるのをロビーで待っていた。
「ねえ、ライラ。ロランって、普段家ではどんなふうなの?」
「何だ、気になるのか」
「べ、別に。何でもいいでしょ……」
膝に乗るライラが仰ぐとアルメリアがぷい、とそっぽをむいた。
「愛いやつよのぉ」
ククク、とライラが忍び笑いをもらした。
宿敵同士の不思議なやりとりを横目に、アイリス支部長の終礼が済み仕事が終わる。
「アルメリア、行くぞ」
「ええ」
ギルドをあとにして、いつもの広場へやってくると、足下でライラがぽつりとこぼした。
「こんなふうにして、王女は勇者へと成っていったのだな」
「俺は、彼女らの世話係でもあった。まず、死なない戦いを叩き込むところからはじめた」
回避に防御。生存能力に繋がる体力や知識。判断能力とその優先順位。
「基礎くらい、全然できてると思うんだけど」
「その驕りがいつかおまえを殺す」
「うっ……戦争中も同じことを言われたような……」
ククク、とライラが笑う。
「その通りであるな」
「ライラまで……」
フランクの部下たち護衛は、周囲の警戒。ただ、護衛隊長であるフランクだけはこの稽古をニヤニヤしながら見守っていた。
稽古のおかげで鈍っていたアルメリアの体は、当時さながらのキレを取り戻している。
今日も俺の攻撃を防御、回避するかの訓練をし、そのあとの接近する俺を捕まえる訓練では、いくつか惜しいシーンがあった。
「……そろそろいいかもしれないな」
ちらっと暇そうにしているフランクを見やる。
「ん? 何だ?」
「フランク、アルメリアと手合わせしてもらえないか」
「は? オレが?」
「スキルなしでの立ち合いだ」
「まあいいが……」
二人が中央で向かい合う。
「ふうん。近衛騎士長とやらの肩書は伊達ではないらしいな?」
と、ライラ。
「ああ。わかるか」
「逆にアルメリアは、立ち居振る舞いからして、強さをあまり感じないが……」
いつか、アルメリアを見たライラは、戦えば自分のほうが上だと評価した。
剣を構えたアルメリアと槍を構えたフランクの間に、静寂が落ちる。
ピン、と空気が張り詰めた。
そろそろ動く。
「――オウッ」
フランクの本気の刺突だった。
鈍色の穂先が間合いを一瞬にして埋める。
アルメリアがそれを滑らかにかわした。
うむうむ、とライラは言う。
「惚れ惚れするいい一撃であるが……アルメリアの回避も、隙のないよいものであるな」
驚いたような表情をするのは、フランクとアルメリア二人ともだった。
フランクは、こんなに綺麗にかわされると思っていなかったのだろう。
アルメリアの目は、稽古前に比べて格段によくなっている。身のこなしもだ。
それを自分でも実感したようだ。
「そなたを捕まえようとしたり、攻撃……デコピンを回避する稽古は……」
「対暗殺者を想定すれば、勇者本来の火力は不要となる。重点を置くのは攻撃ではなく動体視力と、暗殺者の接近パターンの学習だ」
稽古のおかげで、槍の穂先は遅く見えただろう。
「最小限の動きで回避。反撃につなげられるいい動きである」
「対軍において世界最強を誇るアルメリアは、こういった小回りが利く動きは苦手だった」
「一週間そこそこで、ここまで叩きこめるとは」
「本人の資質と努力だろう」
「何を言うか。師あっての弟子であろう」
師あっての弟子、か……。
「ロラン! 殿下に何仕込みやがった!? 当たらねえ!」
「おじ様、本気出していいのよー?」
「クソ! もう出してんだよ、こっちは!」
回避、防御に徹する――。襲撃時、それで三分持ってくれればいい。
アルメリアに仕込んだのは、そういう戦いだ。
槍の動きが鈍くなったところで、アルメリアが鞘でフランクの腹を打った。
「うぐふっ」
「勝った! スキルなしで!」
ばたり、とフランクが仰向けに倒れた。
「力任せのゴリ押しじゃなく、小賢しい立ち回り……」
「あはははは。また強くなったわ! ……おじ様――私は、誰? 言ってみて!」
「くそ、ムカつく……勇者だよ、勇者」
「目に見えて天狗になったのう、アルメリアは」
「すぐ調子に乗るのは、あいつの悪い癖だ」
襲撃者をどうにかしようと思えば、いかに攻撃するかに主眼を置いてしまう。
だが、攻撃を捨てて回避や防御に徹すれば、時間が十分稼げる。
俺たちの勝利条件はアルメリアが死なないことだ。
「……」
あれもそれも、俺があの人に勝つことを前提とした作戦だが、なりふり構わなければ『勝つ』ことはできる。
こっちを見上げるライラが心配そうな目をしていた。
「ベッドでそなたを抱きしめてやりたいところだが……。そなたがどうしても言うのであれば、やぶさかではないぞ」
自分から言っておいてその態度か。
「あー。お夕飯に遅れる! おじ様、いつまで寝てるの! 早く早く」
「わかった、わかった。オッサンを急かすんじゃねえ」
よっこいせ、と立ち上がったフランクと俺とライラは、足早に歩くアルメリアを追いかけた。




