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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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世界最高のスキル4


 ◆モイーズ◆


 奥まった個室に入ると、粗末なマントを羽織った男が小さく頭を下げた。


「よぉ、スレイド。顔を見せるのは久しぶりだな?」

「ええ。最近少々立て込んでいたので」


 立て込んでいた、ねえ、とオレはつぶやく。


「何か気に入ったクエストでもあったか?」

「これを」


 貼り出されてまだ数十分ほどの紙をオレに見せた。


『ウェルガー商会長の暗殺』


 依頼人は、ベン・アムステル――。


 この元貴族様が以前出していた、地下闘技場を荒らしたとされる賞金首のクエストは、ずいぶん前に取り下げられていた。

 依頼人の気が変わったのか、それとも気が済んだのか、それはわからねえ。


 ……スレイドには、首を突っ込むな、と忠告したが、あれからどうなったのだろう。


 いつも淡々と仕事を受けてはこなしていたこいつが、興味らしき反応を唯一見せたクエストだった。


 仲間が酷い目にあった――というような話を聞かされたが、どうにも嘘くさかった。ここでの様子を見ていると、仲間がいるようには思えない。

 どっちかって言やぁ、孤独に戦い孤独に死んでいくタイプ。


「商会長の暗殺……。対象はウェルガー商会のマスターだな」


 名前は、パブロ・ウェーバー。年齢は四三歳。

 依頼人とは旧知の仲で、依頼人から持ち込まれた情報は多い。


 動機は訊いていない。訊いたところでロクでもない話が多いので、裏ギルドとしては訊かない方針だった。


「前の暗殺……ベスコダの件で、かなり手際よくやってくれた経緯がある。クエストを受けることに、何も問題はねえ」

「そうですか」


「だが……報酬が安い。いいのか、これで?」


 ベスコダ暗殺時には、報酬が安すぎる、として殺気を放ってきやがった男だ。

 あのときゃ、正直、背中が震えた。


 死を予感させるレベルの殺気を放つやつは、なかなかお目にかかれねえ。


 どんな人生を生きたら、あんな殺気放てるのやら。


 そのときは、異例中の異例で、報酬は上がった。

 スレイドをここに紹介したのが、あの『絶対防御』のビクターだからってのもあった。


 裏ギルドが仲介手数料を相当額取っているのを知ってたような口ぶりだった。


 つーことは……ルーキーどころか、本物中の本物。

 そういう、裏の事情を一から十まで知っているプロ――スレイドの正体をオレはそんなふうに結論づけた。


「はい。報酬は安くても構いません」


 何だ……やけに大人しいじゃねえか。


「彼には、個人的に、恨みがあるんです」

「へえ」


 嘘くせえ。もし怨恨が理由なら、そんなに淡々と語ったりしねえ。


 それに、殺せれば何でもいい、なんていう頭がおかしい戦闘馬鹿じゃないのは、目を見りゃわかる。


 こいつの目は、一番恐ろしいタイプだ。

 本能ではなく、理性で……まるで肉を捌くみてえに無感情に人を殺すタイプの目だ。


 今回は何を企んでやがる……?


「……」


 だが、暗殺のくせに安い報酬のせいで、これを受けてくれそうなやつに心当たりがねえ。


「おまえには、実績がある。このクエストを任せよう」

「ありがとうございます」


 何をしてきて、今ここにいるんだろうな、こいつは。


 ちょっとした興味はあるが、調べることはご法度だ。

 こっちは仕事さえしてくれりゃ、何だっていい。


 納得した報酬で、ロクでもねえ仕事をこなし、オレも裏冒険者も依頼人も、みんな幸せ。


 それでいい。ただそれでいい。


 頼んだぞ、と個室から出ていく背中に告げる。

 こちらを振り返ると、怜悧な目で小さく会釈をした。


 きっと暗殺は成功するだろう。


 スレイドを見ていると、他の裏ギルドに足を運ぶやつらが可愛く見えてくる。


 悪さをするなら、金を確実にもらえるほうがいいもんな。


 そんなケチくせえやつらが集まるのもまた、裏ギルドだった。


 ウェルガー商会のパブロがいずれ暗殺クエストの対象になるであろうことは、容易に想像がついた。


 人攫いに、禁猟対象の生物や魔物の密猟、危険薬物の密輸入に、密売――。


 荒稼ぎは以前と変わらなかったが、どこか焦っているかのようだった。

 クエスト依頼があったので、こちらも何人も現場に送り込んだ。


 商会の体をなしてはいるが、実態は犯罪組織。

 それを察したのか、元々いた商会の商人たちは、商会に属すことをやめているという。


 冒険者ギルドが台頭しはじめたのもあり、商人では手の届かない不便な点は、そちらに依頼しているようだった。


 いずれ、誰かの標的にされるだろう、と思ったが、案外早かった。




 スレイドにクエストを斡旋してから、三日後のことだった。


 パブロ・ウェーバーが死体で屋敷から発見された。


 彼から護衛クエストを受け、現場に送り込んでいる裏冒険者たちが二〇人ほどいたが、やつらは全員無事。

 この手のクエストが得意な護衛たちは、誰も何も気づかなかったという。


 やはり……スレイド……あいつだけはモノが違う。


 報酬を準備しているときだった。

 最近見なかった顔が現れた。


 黒髪にゆるくウェーブがかかった美形の女だった。


 くすんだ金色の瞳に、筋の通った鼻。男のように高い背もあって、スタイルは抜群。

 ここでは、注目を浴びないときなどなかった。


 手にした酒瓶で一度喉を潤した。


「よお、モイーズ、元気にしてたかい?」

「ま、ボチボチってとこだ。気になるクエストでもあったか?」


「クエスト受けるだけが裏ギルドじゃないだろう?」

「クエストを受けて報酬もらうだけの場所だよ、ここはよぉ」


 女の名は、マリア。偽名だろう。

 ここでは本名を名乗ることのほうが少ない。


「つまんないこと言うねえ、あんたは」


 ああ、そうだ。


 殺気を放てば死を予感させる――。


 このマリアもその一人だ。


 戦前からの付き合いで、長い仲になる。


「今面白い仕事してるんだけどさぁ。ちょぉぉぉっと難しくて」

「おまえさんが難しいなんて、よっぽどだな」


「だろぉ? 何か情報ないかなーて思ってさ」


 ニコリと微笑んでみせる。

 粗野な口ぶりで、女らしいところなんて微塵も見せねえのに、こういうときだけ笑顔を振りまきやがる。


 優秀な女であることには違いない。「女」の使いどころを熟知もしている悪い女だ。


「何の情報だ?」

「こっちにさぁ、フェリンドの王女様、来てるでしょ? なんか、ちょっとヤベえやつが近くにいてね……どうにも近寄れないんだ」

「珍しい。おまえが近寄れない、か」


「必要以上近づくとヤバい」


「そこまで言わせるか。容姿は? どんなやつだ」

「それが判別できるような距離まで近づけないって話」


 だが、顔が嬉しそうだ。


「あんなやつがまだいるんだって思うと、おかしくってね。ほしいのは、そいつの情報さ」

「ヒントが少なすぎて、何も言えねえ」


 だよなぁ、とマリアはため息をつく。オレに訊いたのもダメ元だったんだろう。


「だからこそ、面白いんだけどねぇ」


 こいつの悪いところだ。

 スレイドとは真逆。

 年頃の少女のように、殺しを……戦闘を楽しむ生粋の戦闘馬鹿。


「あ、そうそう」


 と、思い出したようにマリアは言う。


「あの手配書どうした?」

「どれのことだ」

「地下闘技場のだよ。顔、よく描けてるはずなんだけど」

「取り下げられたよ。……おまえが描いたものだったのか」

「やっぱ取り下げるかぁ。強引に依頼させてたし仕方ないかぁ」


 何のことを言っているのかわからないが、その手配書の件はマリアも一枚噛んでいるようだ。


 オレが探して持ってくると、そうそう、これこれ、とマリアは声を上げた。


 ディナーを目の前にした子供のように、マリアは手配書を覗き込む。


「どこにいるんだろう」


 マリアは、愛おしそうに手配書の下手くそな似顔絵をさする。

 子供のような表情が一変し、母のようでいて過日の恋人を想うような横顔を見せた。


「……さあな。もう殺しても懸賞金は出ねえぞ」

「知ってんよ、んなこと。――あ」

「どうした?」

「よく使う名前、一個忘れてるやつがあった。ここにあるのと比べるとそうでもないんだけど」

「取り下げられた賞金首のことなんざ、もうどうでも――」




「スレイド」




 どくん、と心臓が嫌な跳ね方をする。

 オレはまったくの無関係なのに、鳥肌が立った。

 マリアがさっき言っていたことの全ての点が、線になったような気がした。


 ――なんか、ちょっとヤベえやつが近くにいてね。


 すべてが腑に落ちた。


「そう、スレイドだ、スレイド」


 懐かしいおもちゃを見つけたかのように、マリアはその名を何度も繰り返した。




「なんか知らない?」



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