世界最高のスキル3
「ロランさん、お城に帰って来ないと思ったら王女様をお迎えに行ってたんですねぇ」
ほんわかした口調でミリアが言う。
ここにどうしてアルメリアがいるのか――それを職員たちに説明すると長くなるし、物騒な話なので、この支部の視察ということにしておいた。
「はい。『ゲート』を使えば楽に行き来できるので」
アルメリアを冒険者にすることは簡単だった。
その戦闘力は俺だけでなく、世界中が知るところだからだ。
クエストを受領するのは、フランクが到着してからとなる。それまでは、鈍ったアルメリアの体を鍛え直すことにした。
みんなの視線を集めるアルメリアは、興味深そうに事務室内をうろうろしている。
そばを通るたびに、職員が緊張して固まっていた。
職員どころか、アイリス支部長も恐縮しっぱななしの有り様だ。
他に連れていくところがなかったとはいえ、あれでは職員たちの仕事に支障が出るな。
どうしたものか、と考えていると、元気な声が聞こえた。
「ロラン、いたー!」
メイリとロジェ、あと黒猫のライラ。護衛の美少女戦隊の四人だった。
カウンターの向こうにメイリがやってくると、ぴょんぴょんと跳ねた。
「どこ行ってたの? 夜帰ってこないから」
「帰らないなら帰らないで、誰かに言づけておけばいいものを」
まったく、と言いたげに、ロジェが息をついた。
「フェリンドの王女を迎えに行っていた。しばらくこちらに滞在することになる」
俺が後ろを親指で差すと、メイリが目を輝かせた。
「ゆ、勇者様だぁぁぁぁぁぁ!」
そうだった……アルメリアは、子供たちにとっても憧れの英雄だったな。
メイリとは対照的に、ロジェは「げ」という嫌そうな顔をしている。
「ロジェよ、短気を起こすでないぞ」
「わ、わかっております、ライリーラ様」
小声でこそこそとやりとりをする主従二人。
美少女戦隊のイールとスゥは畏怖の表情だったが、リャンとサンズはメイリと似たような反応を見せている。
「ロラン様……勇者様を、フェリンド王国までお迎えに?」
イールの言葉に首肯する。
「ああ、しばらくこちらに滞在し、ギルドの運営を視察されるそうだ」
「ロラン様がすごいってのは知っていたけれど、こっちの王女様だけでなくフェリンドの勇者王女様ともつながりがあったなんて」
スゥが言うと、俺はひとつ思いついた。
「おい、アルメリア。……様」
「何?」
「こちらは、この国の王女であるエイリアス様だ。俺たちはメイリと呼んでいる」
アルメリアが少し屈んでメイリに目線を合わせた。
「こんにちは。エイリアス様」
「こ、こ、こんにちは! 勇者様っ!」
はうはう、と興奮がまったく冷めないメイリだった。
アルメリアの紹介は……しなくても大丈夫そうだな。
国は違えど王女という立場は同じ。
メイリにとっても、アルメリアにとっても刺激し合える仲になるだろう。
「俺の仕事中は、メイリたちと行動をともにしてくれないか? ……ませんか」
「いいわよ? 私がいちゃ、お仕事のお邪魔しちゃうみたいだし」
その提案に、ロジェがまた「げげ」と嫌そうな顔をした。
「ライリーラ様、よろしいのですか?」
「構わぬ。妾の友でもある」
「友ぉぉぉぉ?」
不審そうにロジェがアルメリアに目をやると、アルメリアが首をかしげた。
「ん? さっきしゃべった……あの声は、もしかして――黒猫師匠」
「うむ。妾であるぞ、小娘」
「貴様ぁ! ライリーラ様を黒猫師匠などと気安く呼ぶな!」
ライラのこととなるとすぐに噛みつくロジェだった。
「何よ、エルフ。あんたには関係ないでしょ。……やる気なの?」
「や、やらない!」
力量の上下はきっちり理解しているらしい。
「ライラちゃん、勇者様と友達なの?」
「うむ。あの家にも来たことがあるのだぞ?」
「すごぉぉぉぉぉい!」
「ライラちゃん?」
今度はアルメリアが首をかしげる番だった。
ソマリール海岸で会った黒猫師匠と、財布を失くしたときに知り合ったライラが同一人物とは教えてなかったのでそれを伝えた。
「黒猫師匠が、あのライラ……な、なんか複雑……! 私に教えてくれた、ちょっとえっちな体験談は、もしかして……?」
アルメリアは、俺とライラを何度も見比べた。
「ワケあってしばらくはこの姿で会うであろう。よろしく頼むぞ、アルメリア」
「ええ。よろしくね」
アルメリアが、ライラの前足を持って、握手のようなことをする。
ライラに目配せをすると、わかっておるとでも言いたげに小さくうなずいた。
ロジェにライラ、あとは美少女戦隊の四人がいれば、日中は俺が目を離していても大丈夫だろう。
戦力バランスとしてはアルメリアがずば抜けているから、どっちが護衛なのかわからない状態ではあるが。
「私、冒険者ってなんとなく知っているくらいで、実際どういうことをしているのか、全然知らないから教えてね、エイリアス様」
「ま、まか、任せてください!」
むふー、と気合を入れたメイリだった。
「今日からEランクだったな、メイリは」
「そう! いっぱい魔物を倒せる、クエストがいい!」
憧れの勇者様の前でカッコつけたいらしい。
「手頃なやつを斡旋しよう」
この戦力なら、魔物なんて出現しても何の問題もないだろうが、比較的安全な薬草採取のクエストを斡旋した。
「行ってきます!」
手をぶんぶんと振ったメイリたちは、ギルドをあとにした。
彼女たちがいなくなったあたりで、ギルド内に安堵の空気が流れた。
勇者の肩書は伊達ではなく、目にすればそれなりに緊張もするし、粗相がないようにと気を遣ってしまうんだろう。
アルメリアがいなくなったことで、俺もできることが増えた。
「ロラン、あなた宛てよ」
アイリス支部長が、見慣れた封筒を持ってきて渡してくれた。
お礼を言って確認すると、差出人は、アムステル元伯爵だった。彼は、ウェルガー商会の元マスターでもある。
これでもう何度目のやりとりになるだろう。
内容は、ウェルガー商会の現マスターをどうするかということだった。
まず、実態の調査を依頼されたのでクエストにし、ディーとラビのコンビで調査してもらっている。
ウェルガー商会が現在どういう組織になっているのか、表の顔と裏の顔を含めた確認に近い調査だった。
そして、その実態が看過できないものであるなら、追い出された身ではあるが、アムステル伯爵がもう一度マスターとして商会の舵を取りたいということだった。
アムステル元伯爵からすると、自分が立ち上げ大きくした商会を、悪用されるのは我慢ならないんだろう。
「ロラン様ぁ、ただいま戻ったわよぉ」
「ロラン、ただいま!」
ディーとラビが報告にやってきた。
「首尾はどうだった。以前通りか?」
向かいの席に座るように促して、言葉を待った。
「あまり大差はないかもしれないわぁ。バルバトスというお仲間を失くして、最近は資金集めもずいぶん焦っているみたい」
お互いが成功すれば、両国を牛耳れるし、片方が先に成功すれば、大きな後ろ盾となれた。
その協力者がいないのなら、精神的に追い詰められる……。
「前よりもずぅっとお仕事が雑なのよねぇ。使う人間も、ゴロツキが多くなって、お口がゆるくてゆるくて、とぉっても話が聞きやすかったのよぅ。ベイル君にあれこれ聞いていたおかげもあって、情報元のニンゲンにあてをつけやすかったのも大きかったわぁ」
相変わらず、密猟、密売に余念がなく、最近は表向きの商売より、裏のビジネスにご執心だそうだ。
作ったアムステル元伯爵としては頭が痛い思いだろう。
「よくやってくれた。今日はよく休むといい」
預かっていた報酬を二人に渡す。
「こ、こ、こんなにもらえるのっ!?」
二人で一〇〇万。この報酬額で、依頼人がどれだけ本気なのかがよくわかる。
「難易度の高いクエストや特殊なクエストを、ロラン様がわたくしに依頼してくれるのよぉ。その分、報酬も高いの」
「私、このままディーさんと組むっ」
ラビがディーに抱きついた。
「あらあら」
うふふ、とディーは微笑した。
陽が出ているうちは弱体化してしまうディーからすると、防御スキルを連発できるラビがいてくれると安心だろう。
矛と盾でいいコンビかもしれない。
俺は、報告をまとめたものを手紙で返信しておいた。
手元の手紙には、こうも書いてあった。
『もし、どうにもならない救いようのない状況だったら、裏ギルドに暗殺クエストを出す』
しばらくしたら、裏ギルドに顔を出してみよう。
癌として国に蔓延するまえに、芽を摘んでおく必要がある。




