世界最高のスキル2
冒険者になっても、人によってはその日暮らしで、毎日適当な日銭を稼ぐためにギルドへ通うことが多い。
実際、半数以上はそんな者ばかりだった。
「……冒険者?」
訝しそうにランドルフ王は、片眉を上げる。
さっき俺が提案し、アルメリアが即決したことを突飛に感じているんだろう。
ランドルフ王の私室には、俺の他に、アルメリアと護衛を務めるフランクもいる。
「ああ。そうだ。冒険者は、日ごとに受けるクエストが違う。それは、斡旋する側が提案することでもある」
ふむ、とランドルフ王は、アルメリアに目をやった。
「いつぞや、公務をサボってロランに会いにいったときに、断られたというが……」
以前、いきなり支部に押しかけて来たことがあったな。
あのときか。
「公務をサボって?」
俺が視線をむけると、バツが悪そうにアルメリアは目をそらした。
「あ、あれは、そのぉ……」
「そんときとは事情が違うってことだろ、なあ、ロラン」
フランクの言葉にうなずいた。
「冒険者になったアルメリアを俺が担当すれば、似たようなクエストは斡旋しない。毎日違う場所に行き、違うクエストに取り組んでもらう。共通点があるとすれば、ギルド通いということになるが、それは俺の目が届く範囲になる」
ふうむ、と納得したようにランドルフ王が何度かうなずく。
「たしかに、ロランの目が届く範囲――管理下にある程度いてくれるとなれば、公務に勤しんだり、孤児院で仕事をしたりするよりは、いいのかもしれん」
「ん。護衛にフランクと部下もついている。アルメリア単独より、暗殺の難易度は上がるはずだ」
「ずいぶんと俺のことを買ってくれるじゃねえか、ロラン」
「アルメリアに足りないのは、人を殺す経験だからな」
一瞥すると、フランクはカカと乾いた笑い声を上げた。
貧困街出身で、槍一本で成り上がった叩き上げの武官だ。
槍を手にするまでは、生きるためなら何でもしたと聞く。
「アルメリアは猪突猛進の過信バカだ。そこは老練なおまえが、部下を指揮し組織的な護衛をしてくれれば安心できる」
「ロランにそこまで信頼されちゃ、下手打てねえな」
「ちょっと、誰が猪突猛進の過信バカよ」
「困難の打開、突破力は随一という意味でもある」
「そ、それならそうだって、最初から言いなさいよね」
「やれやれ、物は言いようだな」
聞こえない程度の音量で、フランクがつぶやいた。
ウェルガー商会とバルバトス・ゲレーラの関係がいつからで、いつからアルメリアを重要視しはじめたのかはわからないが、これといった動きはまだないように思う。
だが動きがないとなれば、それはそれで不気味でもあるな。
「緊急事態として、しばらくアルメリアを預かりたい」
「あれほどロランが警戒しろと言ったのは、今回がはじめてだ。……わかった、いいだろう。そなたに我が娘をしばらく預かってもらうことにしよう」
すんなりと話が通るので、アルメリアが不審そうに尋ねた。
「お父様、いいの? 私、公務や孤児院の仕事が……」
「いいの? とは言うが、そなたの仕事など、あってないようなものだからな」
「うぐ……」
図星を突かれたかのように、アルメリアは押し黙った。
アルメリアの唯一で最大の仕事は、平和の象徴として存在することにある。
世界を平和に導いた英雄がいるから今も平和なのだと、民衆を安心させられる唯一の存在だ。
「それと、ロラン。尋問では何も吐かなかったバルバトスだったが、彼が使っていた城で、いくつかの手紙が出てきた。だが、読むことができなくてな」
机の引き出しから、その手紙を取り出してみせるランドルフ王。
「読めるか?」
渡された手紙に目を落とすと、なるほど、たしかに一般人では読めないだろう。
「暗殺者が使う符牒を少し変化させたものだ。報告書のようだな」
見慣れた筆跡だった。
まさか、それを唯一知っている俺がこの手紙に目を通すなんて微塵も思っていないのだろう。
差出人は書いていないが、バルバトス宛てで間違いはない。
裏ギルドで引き受けた仕事……王女誘拐のことが書いてあった。また裏ギルドで仕事を探しながら対象の様子を見守る、ともある。
「……『エイミー』からの報告だ」
「やはりか」
「だ、誰よ、その女……」
曇るランドルフ王の表情を見たアルメリアが、俺に目をむけた。
「俺を拾って育て、暗殺者としての俺を作った人だ」
フランクが身震いをして、渋面を作った。
「おいおい。まさか……殿下を狙ってんのは、おまえのお師匠様だっていうのか?」
「そうだろうとは思っていたが、この手紙で確証を得た。間違いない」
はぁぁぁ、とため息をついたフランクが、ぼそっと「遺書、書いておくか……」とつぶやき肩を落とした。
「ロランの、師匠……」
「だからこそ、手口も知っている。安心しろ、アルメリア。フランクが命を落としてでもおまえを守る」
「真っ先に俺を殺すの、やめてくんねえかな……」
アルメリアが緊張したような固い表情になった。
相手は一筋縄ではいかないであろう強敵だと、本人がきちんと理解し、警戒することは重要だ。
話がまとまったので、俺はアルメリアを連れてバーデンハーク公国に帰ることにした。
そんなに簡単に移動できるの? という至極もっともな質問を、「まあ見てろ」と言い、『ゲート』を使い、一瞬で王都イザリアに飛んだ。
フランクとその部下は、馬で数日かけてバーデンハーク公国まで来るので、それまでは、俺がアルメリアの護衛を務めることにした。
「一瞬で……すごい」
あたりを見回し、風景が一変したことにアルメリアは目を丸くしていた。
やってきた場所は、王都イザリア一番の大通りに面した冒険者ギルドのそばだった。
「魔族が使っていた、あれ……?」
「ああ。教えてもらう機会があってな。『ゲート』という魔法だ」
「へえ。便利なのねえ」
俺は今ギルド職員としてしている仕事をアルメリアに説明した。
「こっちで冒険者ギルドを?」
「ああ。女王からのランドルフ王に依頼があったようだ」
「ずいぶんと復興しているみたいでよかった……」
俺たち勇者パーティが助けられず滅んでしまった国。
それが、アルメリアの良心を苛んでいたんだろう。
「誰も勇者を恨んではいないはずだ。きっとな」
それは、すぐにわかるだろう。誰かを恨んでなどいない。そんな暇があるなら、今日を、明日を生きるために行動する。そんな前向きな国だ。
「冒険者になるんなら、このギルドで手続きをするのよね?」
「ああ。だが、そう急ぐ必要もないだろう。フランクが到着するまでの数日は、そばにいることになる」
「そばに、いる……っ」
うぅ、と胸のあたりをきゅっと握り、アルメリアは頬を染めた。
「ちょうどいいから、鍛錬をする」
「へ?」
「ちょうどいいから、鍛錬をする」
「聞こえなかったわけじゃなくて……」
「スキルや魔法の類いは一切なしで、到着したフランクに勝ってもらうぞ」
「ええええええ!? お、おじ様って、結構強いのよっ? あ、あんたにとっては、大したことがないかもしれないんでしょうけど」
「バカを言え。槍を得物に選んで正面からやり合えば俺だって敵わない」
「自分が敵わない相手なのに、私に、勝てと?」
不満げに、アルメリアは半目をした。
「言っただろ。得物が槍で、正面からやり合えば、と」
実戦でそんなふうに戦うなんて滅多にない。騎士同士の決闘じゃあるまい。
それに、俺が暗殺術を使い、アルメリアがそれに慣れることには大きな意味がある。
襲撃者直伝の技だからな。
「ま、私だっておじ様には、正面からぶつかっても、物理的な攻撃だけで……勝てる……はずよ?」
まだまだ自信はなさそうだ。
「あまり長時間相手をしてやれないが、今夜は、付きっ切りで稽古をしよう」
「う、嬉しくない……」
「足の運びと、体重移動の様子からして、おまえ、太っただろ」
「ふ、太ってないわよ! し、失礼ね!」
「人魔大戦時より、体が鈍っているような気がしたんだが」
「そ、そ、そんなこと、ないわよ……?」
俺を見ようとしないアルメリア。
相変わらず、すぐ態度に出る娘だな。
大きな戦争が終わったのだから緩んでしまっても仕方ないし、それで構わないとも思うが、今はアルメリアを狙う難敵がいる。
このままでは困る。
まずは、鈍りを解消するところからだ。
歩くペースが遅くなったと思い後ろを見やると、小難しい顔でアルメリアが腰の上あたりをつまんでいた。
背は伸びているのに、胸はさっぱり成長しないのは、なぜなんだろうな。
出会ったときからまるで変化がない。
冒険者がよく稽古をしている殺風景な広場にやってきた。
繁華街や居住区からも離れているため、光源は空高く上がった月だけで、今はただ虫の音が静かに聞こえている。
「こんな夜に二人きりなのに……どうして稽古なんて……」
切なそうにアルメリアがこぼした。
「まずは、俺の動きを目で追うところからだ」
「む――無理無理無理っ! ロランの動きを目で追うなんて――しかも夜に!」
「無理って言うな。夜に慣れてもらう必要がある」
そんなぁ、とがっくりアルメリアはうなだれた。
「だ、だったら、ご褒美をちょうだい!」
「……いいだろう。ムチだけでなく、アメも必要だからな」
「ロランに触れられたら……で……デートして……ほしい。ふ、普通の、男の人と、女の子、みたいな、デートして、みたい……」
月明りのせいか、アルメリアの顔が赤くなっているのがはっきりとわかる
「『普通の男の人』……ふん。いいだろう」
何と言っても俺は、『普通の男の人』だからな。
「ねえ、何でキメ顔なの? と、ともかく、頑張るわ。頑張れ、私。ここよ、ここ!」
興奮気味にアルメリアが両手の拳を何度も小さく振った。
「触れられたらな?」
「わ、わかってるわよ」
こうして、久しぶりの稽古は、朝俺がギルドに出勤する時間まで続いた。
「触れるとか、無理……もっと、簡単な条件にすれば、よかった……。相変わらず、次元が違う強さだわ……」
やはり体を鈍らせていたアルメリアは、朝になるころには自力で立つことができなくなっていた。
預かっておいて正解だったな。
「おまえ基準で、その次元が違う強さを持つ者が襲撃者だ。これからもっと厳しくしていくぞ」
「もう、やだぁ……」
半泣きのアルメリアに肩を貸して、ひとまずギルドに連れていくことにした。




