世界最高のスキル1
バーデンハーク公国の冒険者ギルドも、次第に上手く運営できるようになりはじめ、現地での職員が増えていった。
その代わり、俺に声をかけられここまでやってきてくれた職員たちは、新人職員が使い物になると、帰国の途についた。
今やフェリンド王国から出張しているのは、俺とアイリス支部長、ミリアの三人だけとなり、他はすべて現地の職員となっていた。
「先輩、このクエストなんですけど――」
俺にも、後輩にあたる職員が何人もでき、先輩として頼られることが多くなった。
「先生、こっちのクエスト票にはランクDとあるんですが、こっちは同じものがEとなっていて……」
弱ったような顔をする先生ことミリアは、後輩から渡されたクエスト票を見比べておろおろしている。先生と呼ばれているのは、新人教育を任されていたからだろう。
「あ、あれれ……お、おかしいですね……」
まだ少女と言っても差し支えないミリアが先生と呼ばれるのは、はたから見ていてもどこかおかしさがあった。
「ろ、ロランさぁん、このクエストのこと、何かわかりますか……?」
困り顔のミリアが二枚のクエスト票を手に、こちらへやってきた。その後ろでは、新人職員が心配そうにしている。
「似たような内容のクエストなのに、ランクが違うんです……」
「ランクが違う……?」
俺は二枚を見比べて、確信する。
どちらも隊商の護衛クエスト。依頼人は同じ。行き先も同じ。違う箇所といえば、申請しているルートだった。
「ああ、これですか。ミリアさん。EランククエストとDランククエストでは、大きな違いがあったはずです。思い出してください」
「大きな違い?」
きょとん、と首をかしげるミリア。
知らないはずがないし、なんならそれを新人に教えているはずなんだが。
生徒がいる手前、先生に恥をかかせるわけにもいかず、俺はこっそり耳打ちをした。
「確実に戦闘があるかどうかです」
「あぁ~」
納得いったように、笑顔でミリアはぱちんと手を合わせた。
このミリアのほんわかした言動は、ギルドを少し和ませるのか、それともミリアの人柄のせいか、どこか責める気になれない。
「申請しているルートが違いますよね。Dランククエストは戦闘が頻発するルートを通るようです。Eランクのクエストとは違い、どこか寄り道をする予定なんでしょう」
「ありがとうございます~」
お礼を言ったミリアはくるんと後ろを振り返り、俺がしたのと同じ説明を新人にしていった。
アイリス支部長はというと、自分の後釜になる支部長を育成すべく、素養のありそうな職員に付きっ切りで仕事を教えている。
バーデンハーク公国初の冒険者ギルドが上手く運営できるようになりはじめたため、来月には、今残っている三人とも帰国予定となっていた。
当初は、冒険者やギルドと言ってもみんな何のことやらさっぱりわからない様子だったが、今ではその仕事も定着し、市民権を得たと言ってもいいだろう。
「先輩! このクエスト票、確認してもらってもいいですか?」
渡されたのは、後輩が受けたクエスト依頼をクエスト票に書き起こしたものだった。
「……」
また商売絡みのクエストだ。
王都で仕入れたものを地方で売る運ぶため、道中その護衛が必要だという内容だった。
依頼人は、あのウェルガー商会に所属している商人。
商会を介さず自分の才覚で商売ができる――。
これも、冒険者ギルドが市民権を得た成果だと言えるだろう。
行商で移動する際、盗賊や魔物がまだ多いこの国で護衛は必須。
商会で同じ仕事をしたとしても、護衛料やその斡旋料等で上前をハネられ、実入りは少なくなりがちだそうだ。
その点、冒険者ギルドに護衛クエストを出せば、商会より割安で護衛を斡旋してくれる。
商会に頼らずとも、安心して商売することができるのが最大の利点なんだろう。
依頼人から聴取した内容を後輩に確認しながら、クエスト票に漏れがないか確認していく。
「これでしたら、問題ありません」
「ありがとうございます!」
うきうきした様子で、後輩は自分の席へと戻っていった。
先日、俺宛てに届いたランドルフ王からの手紙には、アルメリアのことが書かれていた。
俺の警告を受けて、アルメリアに忠告したそうだ。
あの自信満々な勇者様のことだ。言い聞かせるだけでも一苦労だっただろう。
護衛には、近衛騎士団長のフランク・ランペルドとその部下が直々についたという。
フランクなら、間違いはないだろうが、相手が相手だけに、それでもまだ不安に思ってしまう。
俺には、まだ最強最悪な師匠像は微塵も揺るいでおらず、どうしたらあの人に勝てるのかなんて、まるで想像がつかない。
依頼人であるバルバトス・ゲレーラが処刑されたのを受け、この一件から手を引いていれば御の字なのだが、そうはいかないだろう。
それまでは、育ての親で師匠という立場でしか彼女を知らなかった俺が、情報収集を密かにしていくと、彼女の噂をいくつか聞いた。
仕事の難易度が高いものを優先し、報酬の多寡は問わない――。
はじめて知ったが、俺の師匠は、どうやらかなり変わった暗殺者だったらしい。
強い相手を暗殺することに生きがいを感じる厄介な暗殺中毒者。
俺には、そんなふうに映った。
俺の代わりに魔王を暗殺してくれればよかったのに、とも思った。
表向きは世界最強と呼び声高いアルメリアの暗殺には、さぞ惹かれるものがあるはずだ。
依頼人がいなくても、報酬があろうがなかろうが、もう関係ないんだろう。
偽メイリ誘拐事件のとき、さらった実行犯は女だったという話だ。
黒猫状態のライラを、ただの猫ではないと見破ったとも聞く。
その実行犯は、攫うところが面白いからそういう契約にし、攫ったあとは、他の仲間にお守りを押しつけ自分は去っていったそうだ。
それを教えてくれたのは、『絶対防御』スキルを持った男、ビクターだった。
後日彼は殺された。刺殺されたビクターの死体は、俺が見ても鳥肌が立つほど惚れ惚れする傷だった。
ギルドマスターのタウロが、彼女をこの国で見かけたと口にしたが、あれは見間違いではなかったらしい。
「……」
頭の中で何度戦っても、戦闘時間は二分がせいぜいで、殺される結果にしかならない。
「……正対すればな。正対すれば」
ギルドが閉館の時間を迎え、仕事を片付けた俺は、アルメリアに会いに行くことにした。
城内にやってくると、よく知るアルメリアの気配を捜す。
あらかじめ城内に設置していた『ゲート』のおかげで、王城は容易に中に入れた。
「んもう、息苦しいのよねぇ。おじ様も、部下の人たちも」
「まあ、そう言うな。これも仕事でな。陛下からキツーく言われてるんだ」
食堂内から、アルメリアとフランクの声がする。
「私、おじ様よりも強いのよ? 守る意味ある?」
「数が多いほうがいいってこともあるだろ? な?」
フランクもじゃじゃ馬王女様の相手には手を焼いているようだ。
扉の前に立っていたフランクの部下二人が、俺を見ると、踵を揃えた。
以前ランドルフ王たちと会食したときにいた俺のことを覚えていたらしい。
咎められることなく、扉を開けて中に入る。
「オイ! 見張りは何を――って……」
「――ロラン! く、来るなら言いなさいよね、まったく! いつも急なんだから」
喜色いっぱいのアルメリアが席を立つ。
フランクの細面に短い顎鬚は相変わらずだった。
「食事中邪魔をする」
「何の用だ、ロラン。まさか、おまえも護衛に加わるのか?」
「そうではないが、有効な手段を思いついたのでな」
「ろ、ロランが、わ、私を守ってくれるの……?」
「『私、強いんですけど?』みたいなツンツンした態度だったのに、いきなりこれかよ」
フランクが苦笑している。
「同じ行動は取らないというのは、ランドルフ王から聞いているはずだ」
「そうね。孤児院に行ったり、王城で過ごしたり、鍛錬したり、決まった動きはしないようにしているわ」
それならいい、と俺は一度うなずく。
「同じ行動を取らないで済む方法が一つある」
「「何?」」
「冒険者になることだ」
「なる!」
「決断早ぇな……」
事情を説明する前に即決したアルメリアに、フランクは呆れたようなため息をついた。




