潜入9
捕縛したバルバトスの部下たちには、事情を一から説明した。
主人のやろうとしていたことが明るみになり、部下の魔法使いたちの大半が驚いていた。
「では、この膨大な武器や食料は、そのときのために……」
「おまえたちの主人は、陛下の下へ連れて行き、その判断を仰ぐことにする」
納得した表情で、みんなは一様にうなずいた。
その頃には、倉庫は空になっており、魔法陣の上に物資が置かれていた。
俺はその魔法使いたちに、転送を手伝ってもらうことにした。
「あと数か所物資が積まれている場所がある。同じように魔力を流してくれるだけで、とある場所へ転送される。……ああ、心配しなくてもいい。倉庫の物資はすべて余剰分だからな」
俺は魔法使いたちにあとを任せ、バルバトスを連れて王都フィンランまで『ゲート』でジャンプした。
「まったく……。どんな神経をしておるのか」
王城の謁見の間で、玉座に座ったランドルフ王は、はぁぁぁぁぁぁぁぁ、と体内の空気をすべて吐き出すかのような、長いため息をついた。
玉座向かって右側に、上級武官が数人。反対側には上級文官が見守っている。
誰もが、両膝をつき顔を伏せているバルバトスを黙って見つめていた。
俺は、武官側の末席で事の顛末を見届けることにした。
「魔王との戦争が終わって、まだ時間はそれほど経っておらん。それなのに……他の貴族を扇動し、内乱を起こし、フェリンド王家に取って代わるつもりだったか、ゲレーラ卿」
「私は……」
蚊の鳴くようなバルバトスの小さな声だった。
「私は……反乱を起こそうなどとは、まったく思っておらず……」
「では、この手紙は?」
ランドルフ王は、俺が渡したあの決定的な文書を認めてある手紙をひらひらと振る。
「……」
「私もそなたの動向には注意をしておった。確信を持ったのは先日だったが、戦費を大商会のウェルガー商会から調達し……軍備を増強し、物資を集めた。かの商会も、バーデンハーク公国を影で操ろうとしておるそうだ。どちらかが成功すれば、お互い強力な後ろ盾になったであろうな」
「それは……」
話だけを聞けばそれだけだが、この一件は、かなり周到に準備されていたものだとわかる。
「私は、ウェルガー商会のマスターに利用されて……」
「されていたのか?」
ランドルフ王の視線が俺へと向く。
「ギブアンドテイクといった関係だった……でした」
ジロリ、とランドルフ王が目線をバルバトスに戻した。
「なぜこうなってしまったのか、考えていた。ゲレーラ卿。だが、答えは出なかった。いや、出るはずもなかった。己が野望を果たそうとする利己主義な貴族の考えることは、わからなかった」
「あ、あなたが! ……あなたが……潔白であることを我ら貴族に求めすぎたのです。今回の件に、賛同する諸侯は多かった……」
ランドルフ王は、何かを言おうとして押し黙った。もしかすると、そのことを気にしていたのかもしれない。
民のために不正を糺すということは、貴族を厳しく取り締まることでもある。
領主とは、その地域では王同然の存在。
ほとんどの貴族が、その締め付けが面白くないと思うのは当然だろう。
顔を上げたバルバトスが吠えた。
「諸侯が渋々従っているのは勇者のアルメリア王女がいればこそッ! 貴族をまとめるほどの求心力や発言力は、あなた自身には――」
俺はその瞬間、バルバトスに接近しその顔面を思い切り殴った。
ぐぇ、と変な声を上げたバルバトスは吹っ飛び、謁見の間を転げ回って、端の壁にぶつかってようやく止まった。
「責任転嫁もいい加減にしろ、バルバトス・ゲレーラ。おまえの成り上がりゲームもここまでだ」
ゆっくりと俺はバルバトスに近づく。
「また大勢の兵や無関係な人間が死ぬところだった。彼らやその家族の『普通』を、おまえは奪おうとした。それは、万死に値する」
俺は前歯が数本なくなったバルバトスの胸倉を掴み、壁に押しつけた。
「個人的なことをひとつ言う。――アルメリアの父だからあの男が王なのではない。覚えておけ。……あまり俺の友を侮辱するな」
思いのほか力が入ってしまったらしい。
足が床から離れていたバルバトスが、じたばたとバタ足をしている。
俺は元の場所にバルバトスを放り投げた。
「ゲレーラ卿、沙汰は追って伝える。しばらくはゆっくりとするといい。地下牢でな」
ランドルフ王が顎をしゃくると、入口に立っていた兵士がやってきてバルバトスの両脇を掴んだ。
「――わ、私を殺そうともっ、この国は、いずれ混乱の渦に巻き込ま」
「黙れ」
ドスン、と俺はバルバトスの腹に拳を突き入れた。あばら骨数本が折れた感触があった。
ぐったりしたバルバトスを兵士が連れていった。
この翌月。
バルバトス・ゲレーラは、王都フィンランで集まった民衆の前で処刑された。
ゲレーラ家の爵位剥奪と領地没収の事実は、すぐに王国全土に広まった。
バルバトス・ゲレーラは、フェリンド王国史に残る大罪人として名を刻むことになった。




