潜入8
俺の殺気にあてられたのは、バルバトスとその部下たちだけでなく、周囲の全員がそうだった。
振り返れば、ラビがぺたん、と座り込んでいた。
「ろ、ロランって怒ったら怖いんだね……」
「いや、怒ってないぞ」
ラビに手を貸して立たせてやると、口ごもりながら言った。
「さっきは、ありがとね」
「おまえのために言ったわけじゃない」
ラビのスキルの外でバルバトスが騒ぎ出した。
「この場にいる兵士もろとも、燃やせ! 燃やし尽くせ!」
「し、しかしバルバトス様……それでは町が――」
「構わない。町のひとつやふたつ焼失しようが、大いなる野望の前に犠牲はつきものだッ」
そばにいる部下はよっぽど忠誠心が高いのか、それともその「大いなる野望」とやらを知っているのか、感銘を受けたように深くうなずいている。
だが、バルバトスの背後にいる魔法使いたちは表情を曇らせ、困惑したように顔を見合わせていた。
ラビのスキルが魔法使いの一人によって解除されると、他の魔法使いたちが攻撃準備に入った。
「ロラン、このままじゃ」
「わかってる」
ラビがまたスキルを発動するが、効果はなくすぐに解除させられた。
バルバトスと目が合った。
俺の『大声』がよっぽど怖かったのか、じりじりとあとずさる。
「お、おい! 出てこい! 出てきて私を守れ!」
どちらへともなくバルバトスが声を張り上げた。
こちらの動向を窺っていた男が三人、物陰にいるのは知っていた。
彼らが護衛だろうというのは、想像に難くなかった。
全員、かなりの手練れだ。
敵が有利な状況で相対すれば、俺も手を焼かざるを得なかっただろう。
一人の男が、物陰から何気なく姿を現し、バルバトスのそばへ行く。
「あいつだ! あいつ! あの男をどうにかしろ!」
俺に向けて人差し指を振るバルバトスに、その男が言った。
「バルバトス様、我らここで護衛の任を解かせていただきます」
「は……はぁぁ? おまッ、何を――! 何を言っている!?」
「我らはバルバトス様を守ることが任務……ですが、死ぬことはその範囲には含まれておりません」
「私を守ることが任務であろうが! 死ぬかどうかなどやってみないとわからないであろう!」
男は静かに首を振った。
「いえ、わかります。彼が動けば、我らは触れることすら叶わないでしょう。彼の後ろにいる少女が『ロラン』と呼びました。なるほど、所作、視線の配り方、痺れるほどの殺気――いずれも超一流のソレです。『業界』でささやかれております、かの『魔王殺しの幻影』その人で相違ないでしょう」
『魔王殺しの幻影』
おかしな名がいつの間に……ロラン組よりはマシだが。
「あ、あの男が、どれほどの男だというのだ!?」
「超一流だけに宿る品のようなものがあるのです。力量はあの方と同等だと思ってください」
「ま、まさか、そんな……!? ――け、契約違反! 契約違反である! 金を支払い、おまえたちに護衛を依頼している! これを反故にして! その『業界』とやらでやっていけると思うなよッ!」
「もちろん、心得ております。極刑に処されるであろう貴方様の護衛を契約通りしたとして、我らに待つのは、死、ただそれのみ。……であれば、信用も信頼もかなぐり捨てて、生き残れる選択をする。それだけのことです」
では、と護衛のリーダーらしき男は言い残して姿を消した。それと同時に、見えなかった他の二人の気配も消えた。
「ま、待て! 待って――」
彼らの姿を探そうと背を向けたバルバトスに、接近し、肩を叩いた。
「ひいいいッ」
「攻撃をやめさせろ」
「わ、わかった……、わかった……」
すぐにバルバトスは部下に命令した。ラビがスキルをそこかしこに使っていたので、大きな火事にはならないで済みそうだった。
「一緒に来てほしいところがある。いいな?」
「あ、ああ……」
俺はバルバトスの両手を後ろで縛った。
「お、おまえは一体何者なんだ……?」
「何を言っている。おまえが捜していた男だ」
「私が、捜していた?」
「闘技場で破壊工作をして懸賞金がかけられた男だ」
「あ――、お、おまえかぁぁぁぁぁぁぁああ!? おまえのせいで、私は、大損をして――!」
「これから、大損どころじゃなくなるぞ」
「へ?」
バルバトスは小さく首をかしげた。
「ランドルフ王のところまでおまえを連れて行く。あの王様も、おまえのことは疑っていたようだからな」
「へ、陛下が、貴様のような男の言葉を信じるはずが……」
「あの手紙を見てもらえばすぐにわかるだろう。月光を当てれば読めるからな」
「嫌だ……やめて……それだけはやめて、ください……」
俺はバルバトスの目の前で封筒をひらひらさせた。
「この封筒のことは、知らなかったんじゃないのか?」
ひぐぅぅ、とバルバトスは変な呻き声を漏らした。
「極刑ならまだしも……ゲレーラ家三親等、全員が公開処刑まであり得る。おまえの愚行のせいで、全員がだ。どれだけ幼くとも、どれだけ老いていても例外はないだろう」
「や、やめてぇぇぇぇ」
「喜べ。歴史にその名を刻むことになるぞ。おまえの望んでいたことだ。ただし、刻むのは汚名のほうだがな」




