潜入4
入隊二日目から、俺は教官として訓練を見ることになってしまった。
あまりない機会だったので期待していたのだが、新兵扱いが一日で終わってしまったのは残念だった。
昨日と同じ原っぱにやってくると、すでにこの町にいる領兵(と言うらしい)の大半が揃っていた。いないのは、見張りの兵士くらいだ。
総勢で二〇〇ほど。領兵の残りは他の町に分散している。
都市でもない普通の町にこの兵士の数は少し多い。
俺の姿を見るなり、兵士たちがざわついた。
「あいつがダズを?」
「移動したのも、攻撃したのも、目にまったく見えねえらしいぜ」
「マジかよ……」
「あれ? 昨日、俺たちと一緒に入隊したばっかだよな、あいつ……」
「は? 昨日? 入ったばっか?」
「何だよそりゃ……デタラメかよ……」
私語をやめない兵士たちに訓練担当の責任者が声を上げた。
「静粛にッ! 今日から貴様らの訓練を担当する、アンリ・エバートン特別小隊長である!」
いつの間に肩書が……。
「小隊長……!?」
「二日目で」
「嘘だろ……」
「出世スピードが鬼……」
俺もみんなと同じ気持ちだ。もう少し新兵気分を味わいたかったのだが。
責任者の男は、地位で言うと中隊長にあたるそうだ。
「先生、では、どうぞ……」
中隊長は、俺に一礼して、すすすと下がった。
「先生?」「先生……?」「なんだ、先生って」と、兵士たちが余計にざわついた。
「アンリ・エバートンだ。これからの訓練の日々は、貴様らにとって生涯最悪の経験になるだろう。そのつもりでいてほしい。男である矜持を捨てたければ、即刻去るといい。俺の訓練について来た者は、兵として、男として、生物として、確実に強くなることを約束しようッ!」
柄ではないが、演説に近い形で声を張り上げた。
鼓舞が得意なエルヴィがよくやっていたのを真似てみた。
場がしん、とする。いつの間にか雰囲気が一変していた。
ザザザ、と兵士たちが一斉に踵を揃え、背を正す。
もっと死んだ魚のような目をするかと思ったが、目には覇気が漲っていた。
演説ひとつで、士気がかなり上がったようだ。
てっきり俺は、給料をもらうためだけに集まった集団だと思っていたが、そうではなかったらしい。
思えば、あの面接は金だけがほしいような輩をきっちりと落としていたのだろう。
訓練は、彼らにとってはかなりキツかったと思う。
道のない山を駆け巡ることを、一週間続けた。武器を持って訓練する段階にないと判断したからだ。
辞めると言い出す者もいると思ったが、誰もいなかった。
勇者パーティのお嬢様コンビ……アルメリアとエルヴィは、初日で弱音を吐いていたのに。
それに慣れてくると、格闘術を仕込んだ。
ギルドで接している冒険者たちとは、訓練に対する意欲や向上心がまるで違っていた。
俺も兵士たちと同じ条件で訓練に参加し、叱咤激励を繰り返した。
そのせいなのか――
「先生! 構えを見ていただけますか!」
「先生! 恐縮ですが、お手合わせいただければ――」
「先生! 好きなあの子に告白したいのですがどうすれば――」
……なぜか慕われるようになってしまった。
俺が教官をするようになり一か月。
訓練と警備以外の仕事が入った。
「物資の運搬と護衛の仕事だ」
町の外れにある兵舎(ここで俺を含め大半の兵士が生活をしている)の会議室で、中隊長が言った。中隊長の他には、俺と他の小隊長が三人いた。
「物資は主に食料だ。それを受け取り、指定の場所まで運ぶ」
冒険者ギルドでもよく斡旋するタイプの物資護衛の仕事だった。
「食料? 不足しているんですか?」
俺が訊くと、中隊長は首を振った。
「いえ、不足しているわけではないです。おそらく、飢饉に備えて、ということでしょう。干し肉や干し芋など日持ちするものばかりですから」
話を黙って聞いていると、これは定期的にある仕事で、その集積所に運び入れられるらしい。
一般的に、物資の輸送は目的地まで運ぶことが多い。
途中で受け渡すことは少ない。
定期的に行っているのなら、そういう契約なのかもしれないが。
「場所は、兵舎のそばにある倉庫です。もし時間があれば、あとで確認してみてください」
その受け取りと運搬は他の小隊長が担当することになり、短い会議は終了した。
俺は中隊長の言葉に甘えて、その倉庫の中を見せてもらうことにした。
しばらくここで生活をするが、中を見たことはなかった。どうやら食料が備蓄されているらしい。
倉庫の見張り番をしている兵士に挨拶をして、中に入れてもらう。
大きな箱がいくつも積み上げられており、相当な数が倉庫に収められていた。
箱にはどこから運び込まれたのか書いてある。食料が豊富で有名な町が半分を占めているが、そうでないものも多かった。
「武器庫なら武器庫で、そうだと言えばいいものを」
蓋をしてある箱をそっと開ける。
「やはり」
そこには、剣がずらりと納められている。違う箱は槍。また別の箱には、弓とその弦が入っていた。
兵士の数に対して、武器の量が多すぎる。
定期的に運び入れている、と言ったな。
食料の中に武器を紛れ込ませているんだろう。
おそらく、これからもまだ増やすつもりだ。
「クロだな。着々と、密かに準備を進めている、ということか」
……。
ちらり、と隅の物陰に目をやる。
「おい」
バレないとでも思ったか?
俺が今この倉庫にやってくるのは、完全にイレギュラーな事態だから予想外だったんだろう。
「出てこい。バレてるぞ」
す、と一人の男が積み上げられた箱の陰から姿を出した。
「さすが先生……」
「おまえ、俺と同じ入隊日の男だな。ここで何をしていた」
俺には敵わないと悟ってか、渋々と言った様子で男は話しはじめた。
「ちょっとした調査を」
「……誰の指示だ」
「先にこちらからも質問を。先生は、どうしてこの町に?」
「答える義務はない」
まさか……俺以外にも、調査をさせようと動いていた誰かがいる?
「この国に、不穏なことが起きるかもしれない――そう憂慮される方がいまして……その方の指示です」
「……ランドルフ王か」
「……」
当たりか。
あの王様は、あれでいて目端の利く男だからな。
「それなら話は早い。下手に動くな、とだけ伝えといてくれ」
「……あなたは、一体……?」
「『普通を望む者』と言えば、あの男なら気づく」
それ以上、男は訊かなかった。
間諜としてよく訓練されている。余計な情報を持たないのは重要なことだ。
敵に捕まった場合、しゃべってしまうかもしれないからな。
うなずいた男は、何かのスキルを発動させ、壁の向こうに消えた。
「ランドルフ王も、不自然な物資の動きには注意していた、ということか」
俺は山のように積まれた食料や武器が入った箱を見上げる。
まずは、この倉庫の中身を消すことにしよう。




