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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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潜入3


「ダズはなぁ……まあ、悪いヤツじゃねえんだけど、スイッチ入っちまうとやり過ぎる所があったからなぁ」

「そうだな。ああなると、手がつけられなかったんだ」


 訓練が終わると、俺は他の教官連中に町の飲み屋に連れて来られた。


 ガヤガヤと騒がしい飲み屋は、どこか下町風情が漂い気の置けない雰囲気だ。


 あのあと、ダズとダズに打ちのめされた新兵は、兵舎にある救護室で手当てを受けた。

 新兵二人は、腫れは酷かったが、骨に異常はなく打撲程度で済んだ。


 逆にダズは、派手な傷はないものの、俺が攻撃した箇所をすべて骨折していた。


「あのダズをボロボロにしちまうなんざ、あんた何者だ?」


 教官の一人に、俺は肩をバシバシと叩かれた。


「旅の武芸者……としておきましょう」


 ダズとやりあったことで衆目を集めてしまった。今さら素人です、では通らないだろう。


「求道者ってわけか……」


 他の数人も、興味津々といった様子で俺に目を向けてくる。


「そんな大した者ではないですが」


 おぉぉ……、と場にいる全員が声を上げる。


「武の道を究めるため、旅を……」

「求道者ともなると、謙虚なんだな……」

「中途半端に強いやつはイキがるが、アンリさんは雰囲気が全然違ぇ」


 アンリ……ああ、俺のことだ。ここではそう名乗っていたな。

 酒の席というのもあり、教官たちの口もずいぶんと軽くなっていた。


「兵士? 今で、だいたいどれくらいだ? 三〇〇〇くらいか?」

「ああ。確かそれくらいだったはずだ。雇い過ぎだと思うが」

「領主様は、どうしてそんなに兵士を集めているんでしょう?」


 俺のこの質問には、みんな顔を見合わせて曖昧に首を振った。


「物資の移送にも兵士の護衛をつけてるからなぁ。冒険者じゃなくて、自分のとこで鍛えた信用できる兵士を使いたいんじゃないか」

「ああ。きっと、魔物退治や盗賊退治は、冒険者ギルドに依頼するんじゃなくて、自分の部下だけでやらせるつもりなんだろう」


 この予想が一番彼らの中でしっくりくるものだったようだ。

 さすがに、領主が内乱を起こすかもしれない、とは知らないか。


 物資……。

 もし内乱を本気で起こすつもりなら、必要不可欠なものだ。

 ただ踏み込み過ぎると、怪しまれる。先は長い。今日はこのへんにしておこう。


 教官たちの素性を聞いていくと、みんな以前は大戦時に従軍していた兵士だったようだ。

 侵略戦争ではなかったから、兵士に戦後支払われた金も大した額ではなかったらしい。

 戦いはなくなり、兵士は不要になった。

 どの国でも、どの地域でも、軍備は縮小傾向にあった。

 そして彼らは食い詰め、身の振りを考えていたときに、兵士募集の貼り紙を見たという。


 教官たちの素性を聞いて、俺も自分のことを話した。

 素性の知れない相手に親近感は覚えないし、信用もされにくいからな。


「山奥で、師匠に育てられながら修行の日々を過ごしていたんです。師匠の下を離れてしばらくすると戦争がはじまって従軍もしました。そこで色んな人と知り合って、自分の力をもっと人の役に立てないかと考えていたところに、兵士募集の貼り紙を見たんです」


 と、善人面を作って語ってみせる。前半は本当のことだが、後半は嘘だ。


「山奥で師匠と……」

「修行の日々……」

「自分の力を役立てたい……」


 彼らの中の俺は、どんどん武の求道者としてイメージが定着していっているようだ。


 目線だけで教官たちが会話をすると、一人がうなずいた。


「アンリさん、あんたにお願いできねえかな。兵士の訓練」

「僕に、ですか?」


 予想外の提案だった。


「オレも賛成だ。みんな、我流で腕を磨いてきたやつばっかで、教えることに全然向いてねえんだ」

「うん。ダズを倒した実力なら、申し分ない」

「『強くなる』ってことに真摯に向き合ってるアンリさんなら、大丈夫だ」

「雰囲気が、完全にストイックそうだもんな」

「ですが……。上司の方がどう思うか」


 それなら大丈夫だ、と教官の一人が笑った。


「この地域の訓練担当で一番偉いのがオレだ。そのオレが頼んでる。お願いできないか?」

「もし、アンリさんに訓練を担当してもらったら……強くなれる、かな……」

「なれるだろ。見えねえほど速ぇ攻撃するような人だぜ?」

「今より、強くなれる……?」

「待て待て、まだ引き受けるって言ってもらえてねえだろ?」


 それもそうだ、と笑いが起きた。


「みんなよぉ……自分がもし勇者みたいに強かったら、なんて妄想しちまうんだ。そうなら死なないで済んだ仲間たちは、大勢いたんじゃねえかってな」


 それは、俺も例外じゃない。

 戦時中、無力を嘆くことは多かった。


 俺がもっと速く、もっと強かったら――助けられた人がいた。助けられた村や町があった。


 かつてあった、強さへの憧れや向上心を思い出した。

 俺も同じ男という生き物だ。

 彼らの純粋な思いを無下にすることはできなかった。


「わかりました。僕でいいのなら」


 大戦時、最前線で物理的な戦闘をするアルメリアとエルヴィが当初まったく使い物にならなかったので、俺が組んだトレーニングメニューをやらせた。


『明日なんて来なければいいのに……』

『私は何者で、今どうしてこんなことをしているのか、よく考えるようになった……』

『『……』』

『『逃げ出したい……』』


 寝る前は、こんな泣き言を言ってお嬢様方は毎晩枕を濡らしていたという。


 たとえこの先、この兵士たちが内乱の片棒を担ぐことになったとしても、彼らに罪はない。

 否、そうさせないために、今俺はここにいる。


 喜色を浮かべる教官たちが、またワイワイと騒ぎだして、今日何度目かの乾杯をする。


「ただ、楽なものではないです。その点は覚悟してください」

「もちろんだ」


 こんなふうに情に絆されてしまう俺も、まだまだ甘いな。

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