潜入2
面接のその場で俺は合格を言い渡された。
元々、浮浪者を入れないために面接が設けられていたんだろう。
口髭の騎士が言うには、これから郊外で新兵の訓練があるそうで、俺も参加するように、と案内を受けた。
俺が新兵か……。
いつの間にか教わることより、教えることのほうが増えてしまっていた。
そんな扱いを受けるのはずいぶんと久しぶりになるから、少し新鮮な気持ちだった。
新兵がどれほどいるのか、と思って郊外の原っぱに来てみると、既に一〇〇人ほどの男たちが揃っていた。
「これが俺の同期たちか」
冒険者試験によくいるタイプのならず者や、柄の悪そうな男が半分を占めている。
冒険者になるより、貴族の私兵のほうが安定して給料をもらえる上に、衣食住には困らないからな。
最後列に並ぶと、先輩と思しき兵士数人がやってきて、二〇人ほどのグループに分けられた。
「オレがおまえらの訓練を担当することになったダズってモンだ。ビシビシとシゴくから覚悟しとけよぉ?」
ニヤニヤ、と半笑いで教官になったダズが言う。
「それじゃあ、まずはおまえらがどれくらい強いか確認する。オレとサシで勝負だ。木剣や棒、訓練用に持って来てるから好きなモンを使え」
ざわざわ、と新兵たちが顔を見合わせた。
ダズとやらは、よっぽど自信があるようで、「誰でもいいぞー?」とダミ声を響かせている。
「何だ、何だァ? 誰もやらねえのか? それでもついてんのか、テメェらはよぉ」
「じゃあ、私が――」
真面目そうな男が木剣を取り、ダズと対峙する。
ダズはというと、腰にあった二本の剣を鞘ごと抜いて、両手に構えた。
ふうん。
腕に覚えがあるというのは、ハッタリではないようだ。
ダズが動いたときには、対戦者の木剣を弾き飛ばしていた。
「っ!?」
「そぉら、もう終わりかァ―――ッ!?」
ダズの攻撃が、男の脇腹に直撃する。
「ぐは……ッ。こ、降参――」
「何だってェ? 聞こえねえなぁああああ?」
それからダズは、一方的に嬲った。
顔面は人相が変わるほど鞘で殴られ、腕も腹も足も打ち据えられた。
「オイ、教官! もういいだろ――!?」
一人が声を上げると、「ァあ?」とダズが眉間に皴を寄せた。
「止めたけりゃ、テメェが来いよ」
「いいぜ、やってやるよ」
「新兵なんざ戦場では足手まとい以外の何者でもねぇんだよ!? そこんとこ、オレが叩きこんでやんよォォォ」
力量は一見してダズのほうが上だったが、結果的にその通りとなった。
「ぎゃ!?」
鳩尾に鞘の切っ先が入り、二人目の男が膝をついて悶絶した。
「オイオイ、オイオイオイィィィ? さっきまでの威勢はどうしたよぉぉ?」
動けなくなった二人目の新兵を痛めつけはじめた。
他の新兵たちは、完全に戦意喪失し、凄惨とも言える訓練に目をそらしている。
「うぉおいい? 何か言ったらどうだぁああ?」
ダズが鞘を振り上げた。
あのまま振り下ろせば、後頭部に入ってしまう。
俺は最後列から一気に前に移動し、二人の間に割って入る。
ブン、と後頭部あたりに振り下ろした鞘を手で弾いた。
「っ? いつの間に……」
目を丸くして、ダズが一歩後ずさりした。
「性根を叩き直す……そんな過激な訓練がないわけじゃありません」
「今度はテメエの番か――?」
「ですが、教官自身が楽しんでいるだけなら、それは訓練でも何でもありません」
「素手でいいのか? いいんなら行くぜ――」
会話をする気はゼロか。新兵は体のいいサンドバックだったんだろう。
鞘つきの剣を一本かわすと、もう一本が違う角度から出てくる。
ふうん。二剣はハッタリじゃなく、きちんと使いこなせているらしい。
剣速と軌道を読んで、衝撃をいなすようにしながら人差し指一本で止めた。
「と、止めた――――!?」
「しかも指一本かよ」
新兵たちから声が上がった。
「なるほどな……! 武闘家ってわけか……! だから素手なんだな?」
「いえ、違います」
「……」
「違います。武闘家じゃありません」
クスクスと笑いが起きた。
「ドヤ顔で断言しといて、違うってよ」
「ダッサ」
声のしたほうをダズが鋭く睨んだ。
「オイ! 誰だ今言ったやつ! このオレに言ってんのか!?」
「あんた以外にいんのかよ」
こそっと声がすると、また小さな笑いが起きた。
青筋を立てて新兵の中へ行こうとするダズの顔面を掴んだ。
「ぐぉお!?」
「今は、僕の番ですよ」
放してやると、怒りが頂点に達したのか、言葉にならない何かを喚きながら二剣で攻撃してきた。
とんだ教官サマだ。
転がっている木剣を拾って俺も応戦する。
「ウガァアラアア!」
もう何度も剣筋を見ているので、防御も回避も思いのままだった。
木剣の切っ先で小さく剣の軌道を変えてやると、ダズが体勢を崩した。
足を少し出すと、それに引っかかって派手に転んだ。
「二剣というのは、見た目も派手で強そうに見えます。ですがその実、打ち込むときの威力は両手で持った剣の半分です」
ザン、とダズの顔の横に木剣を刺した。
「致命傷を与えられない攻撃に価値などありません。そう思いませんか、教官」
一撃喰らえば死ぬかもしれない――そんな恐怖心はあって当たり前。
逆に、一撃喰らっても死なないとわかれば、精神的に非常に楽になる。
「二剣はオススメしません。威力が低いことを触れ回っているのと同じなので。それとも曲芸のおつもりでしたか?」
「くぅぅ……」
歯ぎしりをしたダズが、両手足を投げ出した。
おぉぉぉ、と周囲がどよめいた。
いつの間にか、他の新兵や教官たちも俺とダズのやりとりを見ていたらしい。
「ダズが完全敗北を認めてるぞ」
「二剣のダズが……。この町の兵士じゃ一番だぞ?」
「とんでもねえやつが入ってきやがった……!」
そんなにこいつは強かったのか?
「ナメてんじゃねぇぇぇぇえぞォォォ! グォォォラアアアア!」
立ち上がったダズは、怒りで目は血走って、獣のように歯を剥き出しにしていた。
鞘から二剣を抜く。本気で俺を殺したいらしい。
ダズがぴくり、と攻撃の動作を見せた瞬間、木剣で下顎を強打した。
骨が砕ける確かな感触があった。
続いて、片足の脛と両腕に一撃ずつ加える。いずれの骨も確実に折った。
悲鳴すらも上げられず、白目を剥いたダズが仰向けに倒れた。
「な、何が、起きた……?」
「ダズが攻撃しようとして、白目を剥いて倒れた……?」
ダズがここらへんで一番強いのなら、見ていた者には、俺の攻撃は目に映らなかっただろう。
二か月は飯を食うのに難儀するだろうが、訓練という名目で新兵を痛めつけた罰だ。




