潜入1
俺はフェリンド王国西部にあるサンドールの町へとやってきた。
件の貴族、バルバトス・ゲレーラが治める町のひとつだ。
町の至るところに兵士募集の貼り紙があり、そこには待遇などが書かれている。
私兵を抱える貴族は珍しくない。
ただ、冒険者ギルドと役割が被る部分が多いので、私兵を抱えるコストを考えれば、冒険者ギルドを利用するほうが安く済む。
だから、最近は私兵を養うといっても縮小傾向にあるのが現状だった。
しばらくバーデンハーク公国の王都イザリアを離れることになりそうだったので、アイリス支部長に相談の上、ひとまずひと月ほど休暇をもらった。
それは、あちらの冒険者ギルドの人手不足が解消されはじめたこともあって、承諾を得られた。
他にいくつかバルバトスが治める町を見て回ったが、至って普通の町で、どこも似たような雰囲気だった。
遠くからもよく見える古城に、かの領主様はいるらしい。
俺に懸賞金をかけたときのように、性格上かなり慎重な男のようだし、外敵対策は講じているだろう。
スキルを使って潜入してもいいが、バルバトスのそばに、俺の師匠であるエイミーがいる可能性がある。
迂闊に接近すれば、まず間違いなくバレる。
そうなれば、今後一切近づけなくなる。だから地道に情報を集め、機会を窺うしかなかった。
ラビが言うには、伝手がある者は、バルバトス直轄部隊の入隊試験を受けられるそうだ。
それがない場合は、一兵士からスタートとなるらしい。
バルバトスに顔の利く者に心当たりはないから、少し遠回りだが、兵士として潜り込むしかなさそうだ。
兵士募集の貼り紙には随時募集とあるので、行けばいつでも入隊試験を行ってくれるのだろう。
入隊希望者の受付をしてくれるという部隊の屯所へと移動した。
屯所の入口には、すでに八人ほどの男たちがいた。
いずれも身なりは悪く、物乞いのように見える。
貴族の私兵というだけで、衣食住には困らないからな。
広く募集すれば、こうなることは明白だろう。
一人、また一人と建物の中に入っていき、すぐに肩を落として出てくる。
「次の方」
騎士のような風体の若い男に呼ばれ、順番が回ってきた俺は中へ入った。
案内されたそこは席が一つあり、向かいには口髭の騎士が座っており、その隣に若い騎士が座った。
その一席を勧められて着席した。
「まずは、名前と年齢、従軍経験の有無を教えてください」と、若い騎士が言う。
「はい。アンリ・エバートン。二二歳。大戦時、フェリンド王国連合軍第五軍に所属していました」
これまで浮浪者に近い男しか来ていなかったせいか、口髭の騎士が「ふうむ」と短く唸った。
典型的な町の警備を担当する騎士だ。ロクに戦場に出た経験もないだろう。
所作と雰囲気ですぐにそうだとわかる。
「何か得意な武器や、スキルは? 使えるのなら、得意魔法でもいいです」と、再び若い騎士が質問をする。
「魔法は才能がないので……。得意な武器は、短剣です」
武器なんて要らないが、得意武器は何かと訊かれれば、一番は短剣だろう。
若い騎士と口髭の騎士が思わず、といった様子で顔を見合わせる。
「短剣……短剣ねぇ……」
嘲笑を滲ませて口髭の騎士が言う。
「はい。それが何か?」
「キミぃ、従軍経験があるとらしいが、所属部隊はどこだ? 衛生兵かね? メスは短剣じゃないぞぉ?」
くく、と若い騎士が忍び笑いをこぼす。
衛生兵はメスは握らないんだが。まあ、皮肉なんだろう。
「部隊は、最前線の部隊です」
俺の『ジョーク』は余程面白かったらしい。
二人の騎士は弾けるような笑い声を上げた。
「はっはっは! なるほど、なるほど。嘘をついてまで入隊したい、と。くくく……」
「隊長、笑っては可哀想です。ふふ……本当のことかもしれませんし」
「魔法の才能もない、で、得意な武器が短剣? そのような兵が、あの大戦を生き残れるとでも? 戦場をロクに知らない者の戯言だ」
「今日一番ですね、隊長。あの手この手で入隊しようとする輩が多いですが」
「ああ。今日一番どころか、過去最高に面白い面談かもしれん」
半笑いの表情で、二人が俺を一瞥する。
スキル発動――。
その薄ら笑いを凍りつかせてやろう。
「えー、アンリさん、でしたっけ? 残念ですが――」
若い騎士が不合格を告げようとする。
その瞬間、俺は二人の間に即座に移動した。
俺を視認できるはずもなかった。二人ともまだ俺が座っていた椅子を見つめている。
二人の腰にあった剣をそれぞれ抜く。
口髭の騎士の剣は、若い騎士に。若い騎士の剣は口髭の騎士に――。
俺は剣を両手に持ち、二人の喉元に突きつけた。
「お二人が仰るように、僕は弱いので、あまり役に立たないかもしれませんが――」
「「…………」」
二人が眼球だけを動かして、今何がどうなっているのかを把握しようとしていた。
「ほんの少しなら、役に立つと思いますよ」
水槽の魚のように、口髭の騎士が口をぱくぱくさせている。
「この手の『あの手この手で入隊しようとする輩』は、はじめてですか?」
薄ら笑いどころか、二人とも顔面蒼白だった。
剣を元の鞘に収めて、俺は二人の肩を叩いた。
「ほんの冗談です。本気にしないでください」
顔色を青くして汗を流す二人は、大きく息をついた。
口髭の騎士がハンカチで汗を拭く。
「き、君は一体……」
「すみません。試すようなことを言いました。大戦時、連合軍内で編成されたフェリンド王国軍は、第四軍までしかありません。ご存じありませんでしたか?」
「っ……」
この町は、戦乱から程遠い内地も内地。大戦など、対岸の火事みたいなものだったんだろう。
「そ、そうか……スキル……瞬間移動のスキルだな?」
「お答えはできません。ですが、僕のスタイルですと、短剣以上に使い回しの利く武器はありませんから」
俺は元の席に着く。
「う、噂で……いや、本当かどうかわからない都市伝説のような話ですが、第五軍は存在する、と聞いたことがあります……」
「何? あるのか?」
口髭の騎士に尋ねられ「はい」と若い騎士が答えた。
一般的に知られておらず、非公式ではあるが、第五軍は存在する。
「さすがに突飛すぎるので、信憑性はありませんが……その第五軍はたった一人だけいて……」
「一軍団、数万単位という軍団が、たった一人……だと?」
「はい」
第五軍とは、俺個人を指す。
戦時中、アルメリアたち勇者パーティと常に一緒だったわけではない。
第五軍が前線に投入されるということと、敵の重要な指揮官が死ぬということは同義だった。
そのあと行われた連合軍の攻撃は、指揮系統が乱れに乱れた敵軍には面白いように決まった。
顔を見合わせていた二人が、ゆっくりとこっちを向く。
さっきまで嘲笑や侮蔑が混じった視線は、畏怖一色だった。
俺は降参するように、両手を小さく上げた。
「……第五軍なんて、冗談ですよ。ただ適当に言っただけです。本当は、メスを短剣と言い張るような衛生兵ですから」




