新人冒険者と束の間の日常5
バルバトス・ゲレーラ。内乱を企図している貴族――。
こいつのことを知っているやつがいたな。
「話を訊こう」
「話? 誰に?」
ディーに説明はせず、俺は部屋を出ていく。
今日斡旋した初クエストの報酬は一〇〇〇リン。どこかに泊まれるような金額ではない。
きっと城に帰ってくるだろうと思い、廊下を歩くメイドに訊いてみると、思った通りラビはこの城に帰って来たそうだ。
ラビのことは、ディーには紹介してなかったな。
「ロラン様ったらぁ、また新しい女の子を連れ込んでぇ。えっち」
「少し縁があって、冒険者として面倒を見てやろうと思っただけだ」
メイドに教えてもらった部屋に行き、扉をノックしてみても返事がない。
中に入ってみると、そこには誰もいなかった。
だが、脱ぎ散らかした服が、足あとのように別の扉へと続いている。
「あそこって、確か……お風呂……」
扉を開けると脱衣所になっており、カゴにタオルと下着が入れてあった。
「~~♪ ~~♪」
下手くそな鼻唄が聞こえる。
「ラビ、訊きたいことがある」
浴室へ続く扉を開けると、目を点にしたラビが俺と自分の体を見比べた。
「うきゃあああああ!? なんで!? 覗き!? 堂々と入ってきてる!? じゃあ覗きじゃない!?」
「落ち着け。俺は話が訊きたいだけだ」
「落ち着けないわよ! 乙女の肌を完全露出しているこの状況で! どうやって落ち着くのよ! てか今訊きに来ないで!」
背中を向けてラビはしゃがみ込んだ。
「あらあら、まあまあ~。可愛い女の子」
「この美人のお姉さんは、一体……」
「キャンディスという。ディーと俺は呼んでいる」
「ラビちゃん、よろしくねぇ~」
「よ、よろしく…………って、なんで止めないのっ!」
「だってぇ~。止めようとして止められる人じゃないものぅ」
「な、なるほど…………?」
納得したのかしてないのか、複雑な表情でラビが首をかしげた。
「で、でもこんな状態じゃ話せないよぅ!」
「大丈夫よぅ。大事なところに泡をつけておけば、隠せるわぁ」
「そ、そっか!」
いいのかそれで。
途中から、完全にディーの顔が笑っていた。
……こいつ、ラビで遊んでるな?
フフフ、フフって笑いながら石鹸で泡を作っている。
「可愛いおっぱいと大事なところに――ちょん、ちょん、ちょん。ほぉら、できたぁ。…………フフ……フフフ……ぶふふ」
ディーが笑いを堪えきれなくなっている。
「ほんとだ! 隠れてる!」
純粋に喜んでる場合じゃないぞ。遊ばれていることに気づけ、ラビ。
しかし、これはこれで目のやり場に困るな。
泡が徐々に下のほうに落ちているし。
「あとは、ロラン様が優しくしてくれるわぁ。力を抜いて、身を委ねていれば、すっごく気持ちよくシてくれるから」
「え? え? え??」
「いい加減、ラビで遊ぶのはやめてやれ」
見かねて俺は口を出した。
「ラビ、湯船に浸かれ。別に俺はおまえの貧相な裸を見に来たわけじゃない」
「貧相って言わないで……! 何で偉そうなのよ……!」
体を抱くようにするラビは、背を向けたままカニ歩きで移動し、湯船の中に入った。
「おまえの羞恥心よりも、情報のほうが重要だ。わかるな?」
「わかるわけないでしょ!」
ばしゃ、とお湯を俺にかけようとするが、届かなかった。
「平然と乙女が入ってるお風呂にやってきて、眉ひとつ動かさないなんて……」
「女の裸なんてだいたい一緒だ。個体差があるのは胸と腹周りと脚くらいのもの。あとは大同小異。さすがに毛も生えてないガキだとは思わなかったが」
「っっっ……。で、デリカシーって言葉を誰かこの人に教えてあげて!」
「いやらしい気分にはならないから安心してくれ」
「それはそれでムカつくわね。……それで何? あとにしてって言っても、今さらだし……」
ようやく本題だ。
「おまえのご主人様のことで聞かせてほしい」
「ご主人様……ああ、バルバトス様?」
「そうだ。どういう男で、普段何をしているのか、ラビがわかる範囲でいい」
「そう?」
不思議そうな顔をしながら、ラビは知っていることを教えてくれた。
「バルバトス様のことで知っていることは、あまり多くないわ。私がお抱えの魔法使いだって話をしたでしょ? 他の貴族がどうなのかは知らないけど、私を含めて、配下にいた魔法使いはかなり多かったわ」
バルバトスは、彼らに魔物退治に行かせたり、領地内の道路の補修をさせたり、様々な仕事を与えていたという。
「もう、ほんと、たくさんいたんだから。二〇〇人くらい? 毎日色んな仕事をみんなしてたわ。もちろん、イイ額のお給料をもらいながらね。能力主義だから、年齢問わず、経歴問わずって感じで。先生に勧められたのもあって私もそこで働くことにしたの」
貴族が魔法使いを囲うことは珍しくない。
子供の家庭教師としてだったり、困ったときの相談役だったり。
だが、数が多い。異常と言ってもいい。
手紙に出てきた『戦力の拡充』の文字が脳裏をよぎった。
「戦争が終わったあとだから、はぐれ魔法使いがいーっぱいいたのよ、きっと」
「仕事に失敗したら殺されるのか?」
「表立って言わないけど……きっとそう。ミスをした人って、例外なくいつの間にかいなくなってるから……だからみんな、そうなんじゃないかって」
安定して高い給料がもらえるのは、よっぽど魅力なんだろうが、そんな思いをして貴族の庇護下にいるのなら、いっそのこと冒険者になればいいものを。
俺の考えを察してか、ラビが続ける。
「魔法使いっていうプライドがきっとみんなあるのよ。貴族お抱えって、一種のステータスなんでしょ? だから自分から出ていく人はいなかったんじゃないかな?」
部下や魔法使いを使って領民の陳情をすぐに解決したり、金払いが良かったり、領民の評判も上々の貴族だという。
「先生もそのクチだったみたい。バルバトス様の指示であれこれ仕事をしていたみたいだし」
「先生というのは、スキルの使い方を教えてくれた人?」
「そう。私、戦災孤児で、一人っきりだったところを先生が拾って、魔法……スキルの使い方やこの世界のことを色々と教えてもらったんだよ」
魔法だと思っていたが、実際は、スキルの使い方を教わっていた――。
拾われて、育てられ――。
『使い方次第じゃ十分に化ける。つっても、あんたの努力やセンス次第ってとこもあるけどね』
『いい? 悪い?』
『スペックだけの評価は悪い。外れも外れのスキルだよ』
どうしてあのときのことを――。
ラビの境遇が、俺に似ているからか?
「…………」
俺を賞金首に指定したのは、バルバトスだった。
フェリンドの貴族だし、地下闘技場の件で、俺のせいで被害を被ったんだろうというのは、想像に難くない。
だが、接点がないはずなのに、異様に俺のことに詳しかった。
そばに、他に俺のことを知っている、誰かが――。
「先生は、ちょっとした憧れなんだ。強くてカッコよくて美人で」
「名前は」
「わかんない。色んな人に色んな呼ばれ方をしてて」
「――」
決まった名前がない――。
これは一見、身元がバレないやり方ではあるが、決まった名前がない女など、不審者以外の何者でもない。
エイミー……あんたなのか――?
そうだとすれば、あちこちに暗殺者が現れることにも、俺のことをバルバトスが知っていることも、連絡方法が暗殺者仕様なのも――すべてに納得がいく。
あの手紙には、『フェリンド崩し』という単語が出てきた。
今フェリンド王国には、俺の弟子にもあたる、大英雄の勇者王女様がいる。
アルメリアがいる限り、そんなことはできないだろうと思っていたが――。
『そのための段取り』とも書いてあった。
……バルバトスのそばにエイミーがいるなら、話は別だ。
平和の象徴であるアルメリアを手にかけようというのなら――。
「先生は、今でもバルバトスのそばで仕事をしてるんだな?」
「うん。そうだと思うけど……どうしたの、ロラン。なんか、顔が怖い……」
情報収集で誰かを潜り込ませるのはリスクが高い。
俺自身が行ったほうがいいだろう。
……いつか言ったな、エイミー。
『仕事をこなし続けて向上心を持っていれば、一〇年後は、アタシを倒せる男にきっとなるよ』
『……一〇年後きっと死んでる。もし生きてたとしても、あんたを倒すなんて想像できない』
『あはは。今はそうだろうさ。でも、そうじゃなきゃ困るんだよ』
『……どうして』
『夢だから』
安心しろ。
もしものときは必ず、俺がおまえを殺す。




