新人冒険者と束の間の日常3
冒険者ギルドに戻ってくると、俺は冒険証をラビに渡し、冒険者としての決まりやルール、その他マナーを教えた。
「わかってる、わかってるぅー」
さっきまで泣いていたくせに、すぐに調子に乗るラビ。
こういうところを見ると、余計に不安になる。
「結果的に、おまえは魔法使いじゃなかったわけだし、便利なスキルを持っているだけの世間知らずの小娘だ。冒険者としては最低ランクのFだし、そんなおまえが偉そうな態度でいれば、周囲の不興を買う。揉め事だけは勘弁してくれよ」
「うん。気をつける」
俺はそれから、適当なFランククエストをラビに斡旋してやった。
「側溝の……清掃……」
非常に嫌そうな顔だった。
「頼んだぞ。そこにゴミなどが詰まっていると、雨が降ったとき道に雨水が溢れてビシャビシャになる。文句はないな、Fランク」
「ぐう……はい。頑張ります……」
ラビを送り出し、職員として仕事をこなしていく。
日が沈み、閉館時間が迫り、ギルド内にいる冒険者もいなくなった頃。
「ロラーン!」
ペットのツノラビを抱いたメイリが、ギルドに飛び込んで来た。
「どうした? クエストは斡旋しないぞ?」
護衛の五人もすぐにやってきた。
「うん! お迎えに来ただけだから、いいの」
護衛たちも微笑ましい表情でメイリを見守っている。
声は室内に聞こえていたので、職員たちも似たような顔をしていた。
「メイリちゃんがお迎えに来てくれるだなんて、いいですね~」
くすっとミリアが笑顔をのぞかせる。
「今日は、仕事が終わったら真っ直ぐ帰ると約束していたから、それで」
「なるほど、そうでしたか。じゃあ早く帰らないとですね」
最近、裏ギルドがはじまる時間まで、ここで仕事をずっとしていた。
このギルドが創立してから忙しい日々は続いているので、探せば仕事はいくらでも出てきた。
まあ、今日は余分な仕事はせずに帰らざるを得ないようだ。
カウンターの向かいで、メイリがずっとこっちを見つめている。
「もうすぐ終わる?」
「ああ、あと少しだ」
「手伝ったら、早く帰れる?」
「いい。座っててくれ」
「うん!」
キリのいいところで切り上げ、閉館の時間になり入口の扉を閉める。
アイリス支部長の終礼があり、業務終了。
「もう終わった? 帰れる?」
「ああ、帰るぞ」
「うんっ!」
職員用の出口から、ぞろぞろとメイリ一行と一緒に出ていった。
俺は、メイリから最近あったことを教えてもらいながら、ゆっくりと歩いて帰る。
「メイリは、ずっとおまえのことを気にかけていた。帰る時間や、次の休み……いつ遊べるかわからないその日のために、嫌いな勉強も頑張っていた」
と、最近のメイリについてロジェが教えてくれた。
「立派なお姫様になりつつあるな」
「偉い?」
「ん。よくやっている」
頭を撫でると、くすぐったそうにメイリは目を細めた。
いつもならメイリに対抗する護衛のイールやリャンも、今日は遠慮する方針らしく、少し後ろを歩いている。
「ライラちゃんが、『あやつの伴侶は妾である。そなたのようなガキは、相手にはされぬぞ?』って言ってたから、そんなことないもんって言い返したの」
目に浮かぶようだな。
そのライラはというと、王城で待っているらしい。
「あと五年でセイジンするみたいだから、お母様が、そうしたらロランをお婿さんにしていいって言ってたの。だから、そのとき、ロランは私のお婿さんだよ? いい?」
なんとも強引に話を進めるものだ。
苦笑しながら、ふと五年後のことを思う。
「……そのときは、また考えさせてくれ」
「むう……いいよ。わかった」
俺が二つ返事で首を縦に振らなかったのが不満らしいメイリ。
ロジェに肘で突かれた。
「どうして貴様は空気を読むことができない!」
「生きているかどうか保証がない。ここで変に期待させるわけにもいかないだろ」
「ぐ……確かにそうだが……。ワタシは、貴様が死ぬなど……」
想像できない――とでも続けたそうなロジェだった。
その言葉は、俺の強さへの信頼感の裏返しとして受け取っておこう。
だが、ふとしたときに、それは訪れる。
今まで仕事で暗殺してきた者たちの中に、今日この瞬間に自分が死ぬという覚悟を持っていた人間は、誰一人としていなかった。
だからきっと、心の準備や覚悟ができないうちに、俺も死ぬんだろう。
名も実も痕もなく風のように消えていくだけ――そういう幕引きが当然なのだと教わった。
「……貴様は死なない。遺憾だが……甚だ遺憾ではあるが、ライリーラ様が愛しておられる男。そう簡単に、逝かせなどしない」
「頼もしいな、ロジェ隊長は」
「茶化すな。個人的な感情で言えば好きではない、とだけ言っておく」
そう言って、ロジェはぷいとそっぽを向いた。
「でもロジェちゃん、ロランのこと褒めてるよ? 『戦闘力の桁が違う』って」
「うぐ……、メイリ。その話は――」
「他に『カッコイ』――んぐ?」
ロジェがメイリの口を塞いだ。
「ワタシは、何も言ってない! 何も言ってないからな!」
慌てるロジェを見て、後ろの美少女戦隊の四人が、くすくすと笑っていた。
王城に帰ると、俺にベッタリとくっつくメイリと食堂で用意されていた食事を食べ、メイリと風呂に入ることになった。
俺は「一人で入れるだろ」と言ったが、「う~」と低い声を出して子犬のようにメイリが唸るので、対処に困り、やむなくそうなってしまった。
メイリと一緒に王族専用の大浴場へ行き、服を脱いで裸になると、メイリが万歳をして待っているので、服を脱がせてやった。
「妾もよいであろう?」
いつの間にか足下にいたライラが言うので、元の姿に戻しておいた。
「ロラン、体、傷いっぱい」
「背中のほうは多い」
「待たせたな! ゆくぞ!」
別に待っていなかったが、ライラが先陣を切り湯気が立ち上る大浴場に入っていく。
頭を洗い終えると、二人がそばにやってきた。
「ロラン、私が背中流してあげる」
「待て、メイリ。それは妾がする」
「それは俺が自分で――」
「じゃあ、前を洗う!」
「待て、メイリ。そなたにはまだ早い。妾が前を――そなたは背中である」
「うん!」
俺の声は全部無視され、二人に体を洗われることになった。
「よいしょ、よいしょ」と、可愛らしいかけ声でメイリは洗っていく。
だが、ライラは洗う手をときどき休めて、「……(チラ)」と股間を見ては頬を染めている。
「……こっ、ここは、じ、自分でするがよいっ!」
自分がやると言い出したくせに、結局そうなった。
「ロランは、ライラちゃんみたいに、おっぱいおっきい人がいいのー?」
「うむ! であるぞ、メイリ!」
「勝手に答えるな。そういうつもりはない」
「背は、高いほうがいいのー?」
「考えたことはない。大きいなら大きいなりに、小さいなら小さいなりに、いいところはある」
「そうなんだー?」
泡を流し、湯船に浸かる。お互い背中を流し合ったメイリとライラもすぐにこちらへやってきた。
風呂でこんなにのんびりするのは、前回がいつだったのか、思い出せないほどずいぶん久しぶりだった。
「よいか、メイリ。五年後、そなたの気持ちが今と同じくビクともしないのであれば、この男に想いを打ち明けるがよい。大人を困らせてはならぬ」
「……じゃあ、それまでライラちゃんにロランを任せるね」
「『それまで』? 『任せる』? 今後もずっと妾に任せておけばよい。そなたの出る幕はないっ」
フハハハと笑うライラに、ぷうと膨れたメイリがお湯をかける。
「ぶ!?」
「ライラちゃんの意地悪っ」
「妾に宣戦布告とは、よい根性をしておる。それだけは褒めてやろう……!」
間にいる俺のことも考えずお湯のかけあいがはじまったので、お互いに届く前に、俺に全弾命中していた。
「おい……」
声音に不穏な何かを感じたらしい二人がこっちを見る。
「「はっ!?」」
それからガクガクと震えはじめた。
「ち、違うぞ、これは、メイリが小癪なことをするからで……最初にはじめたのは、メイリである」
「ち、違うもん。ライラちゃんが意地悪言うからで……」
少し力を入れて、お湯を押すようにしてライラにかけると、ザバンというよりはドンという鈍い音がした。
「ふにゃあ!?」
水圧でライラが湯船に沈んだ。
「ら、ライラちゃん――っ!?」
あうあうあうあう、とプルプル震えるメイリが、俺へ攻撃を試みる。
俺がライラにしたのと同じことをすると、「きゃんっ」と湯船の中に消えた。
そらからすぐに、お湯の中から二人が顔を出した。
「メイリ、こやつを倒さねば妾たちに明日はない」
「うん!」
協力して俺をどうにかするつもりらしい。
「いいだろう。――来い」
「「うぉぉぉぉおお!」」
お湯でお湯を流す戦いがしばらく続いた。




