新人冒険者と束の間の日常1
翌朝、王城の食堂へ行くと、女王のレイテ、メイリと護衛隊の面々とラビがいた。
ミリアとアイリス支部長もここで生活しているが、別のところで食事をとっている。
「ロラーン、おはようー」
「ん。おはよう」
てててて、と走ってきたメイリの頭を撫でると「こっち、こっちの席」と腕を引っ張って自分の隣へ連れて行こうとする。
護衛の美少女戦隊、イール、リャン、サンズ、スゥの四人から挨拶されて、俺は席に着く。
足元では、黒猫のライラが丸くなっていた。
「今度はどんな女かと思えば、ミリアよりも年下の小娘を連れてきよって」
「あれはあれで、使いようのある魔法使いなんだ」
「ならよいが」
緊張しっぱなしのラビがぼそっと言った。
「ね、ロラン……私、場違い過ぎてしんどいんだけど……あの人とその子、女王様とお姫様なんでしょぉー?」
「悪人はいない。強いていえば、おまえくらいだ」
「うっ……そのことはもういいでしょ」
「おまえにも仕事がある。そのあとは、ここに住むなりどこかで宿をとるなり、好きにすればいい」
「仕事?」
「あとで説明する」
俺とラビの会話に、メイリが反応した。
「ロランは、私のお婿さんだから、取らないで……下さい……」
くすくす、と護衛の美少女戦隊の四人が笑っている。
「へえ、お婿さん……えぇぇぇぇ!? オムコサン!?」
「静かにしろ。食事中だ。正確には違う」
「違わないよっ。なんでそういうこと言うの」
ぷくーとメイリが膨れた。
俺が弱り果てて、フォローをしてくれそうな美少女戦隊に視線をやった。
「ロラン様が、仕事で忙しいからって放っておくからです」とイールが笑う。
「ロラン様、次から次へと女の子にちょっかい出すから、メイちゃん怒るのも仕方ないの」とリャンが言うと、コクコク、とサンズが無言でうなずく。
誰も助けてくれないのか、と思っていると、見かねたスゥが口を開いた。
「語弊があるわ。ちょっかいなんて全然出してないじゃない」
「ああ。その通りだ」
「だってあたしたち、一度として可愛がってもらったことないもの」
「スゥ、おまえもそっち側か」
ククク、とライラが楽しそうに笑っている。
「自業自得ぞ」
「俺は悪いことをした覚えはないが。わかった。今日、仕事が終われば真っ直ぐ帰ってくる」
「いっつもそう言って、どっか行っちゃうもん」
「どこも行かない、約束する」
メイリが小指を立てたので、約束の指切りをした。
「逆玉の輿じゃん」
ギルドへ向かう途中、ラビがそんなことを言った。
「違う。メイリ……エイリアス姫様が勝手に言っているだけだ」
「ふうん……? そういえば、仕事って何するの?」
「おまえには、冒険者になってもらう」
「冒険者ぁー? 魔法使いの私が?」
「何だ、嫌そうだな」
「嫌じゃないけど、あんな、誰でもできるような仕事、魔法使いがわざわざしなくっても」
話を聞いていくと、どうやらラビには、魔法の師匠がいるらしい。
そのせいか、『試験をパスすれば誰でもなれる』冒険者には抵抗があるようだ。
「これでも、才能あるって先生には言われたんだから」
「フェリンド王国の魔法使いは、だからダメなんだ。そうやって有名無実のプライドにすがって慢心する。魔法技術が魔族の二回りは遅れているのも、納得だ」
「そ、そんなことないし!」
冒険者ギルドへやってくると、外でラビを待たせ、ギルド職員としての一日をはじめる。
アイリス支部長から、簡単な連絡事項をいくつか聞き、冒険者ギルドが開館した。
すぐにギルドの中は、朝早くからクエストを受けにきた冒険者たちでいっぱいになった。
外にいたラビを手招きして、俺のカウンターの向かいに座らせる。
冒険者試験の受付票に名前や年齢を書かせ、返してもらう。
ラビ・トルーパー 一四歳。
年齢は予想通りだった。
「早くしようー? 私のお仕事あるんでしょ?」
「試験をパスすればな」
「魔法使いの私が落ちるわけないじゃーん」
結界に近い防御魔法をあれだけ連発できるラビからすれば、なんてことはないんだろう。
冒険者試験をはじめることにして、魔力測定用の水晶をカウンターにのせる。
「これに手をかざすと、魔力量に比例して光る。それでランク付けをこちらで行う」
「あ~、これねぇー? 魔法の修行でやったやった。懐かしぃなー。先生が週一で測るようにって言うから~」
『私、魔法余裕で使えるんです♪』というアピールを周囲の人間にしはじめた。
魔法が使える者は別段珍しくないが、師事し魔法を習得するというのは別。
正統な魔法使いと言えばばいいか。血統書付きの魔法使いでもあると言える。
そのせいかフェリンド王国では、魔法使いは誰に師事したかで、箔の付き方が変わる。派閥というやつもあるらしい。
それとなく、周囲の冒険者たちがラビに注目していた。
ラビのややウザいアピールのせい、というより受け付け待ちの間、暇なんだろう。
「私にかかれば、チョロいもんよぉ~」
「基準値が一〇〇〇。これをCランクとする。実技と合わせての総合評価で合否を判定するが、あまりにひどいと、ここで失格にする」
「ふうん? ま、私には関係ないけどねー?」
水晶玉に手をかざすと、ふわぁっと光った。
「……」
「ま、ざっとこんなもんよ。へへ」
数値を見ると、二三〇。
「驚いて言葉も出ない? 天才少女登場ってね。ふふん♪」
「……Fランク。まあ、許容範囲だ。成長途上ということで今後に期待、と……」
受付票に数値とランク、所感を書いていく。
となると、『エリアフォース』という魔法は、かなり燃費がいい魔法なのか、もしくは魔力を魔法に変える変換効率が非常に優秀か、このどちらかということになる。
「ぷっ、あれだけ言っておいてFランクかよ」
「ははは、あれで魔法使い? 嘘だろ?」
「何もしてないオレですら、はじめてやったときはDランクだったぜ」
見守っていた冒険者たちにクスクスと笑われ、ラビが逆ギレしはじめた。
「ちょっと――! これ壊れてる! この水晶、壊れてる! 前はもっとすごかったもん」
「それは前の話だろ」
「ともかく、壊れてるっ! 古いから反応が鈍いとか」
「壊れてる? 反応が鈍い……?」
俺もこの水晶の専門家ではないから、そう言われると、絶対問題ないと自信をもって言えない。
す、と俺が両手を出すと、ザザザザザザ――とギルド中の全員が、机や椅子の下、柱の陰に隠れた。
「? みんなどうしたの……?」
「壊れてはないはずだが……」
両手をかざすと、カッと鋭く水晶が輝く。
ダァン――!
短い炸裂音と共に、水晶が割れて破片が四方八方に飛び散る。
シュン。
「ふぎゃあ!?」
ラビのおでこに破片のひとつが直撃し、そのまま椅子からひっくり返った。
「おいラビ、壊れてないぞ」
覗き込むと、ラビはきゅぅぅぅ、と目を回していた。
「いやぁ、いつも通りだったな、アルガンさん」
「今日は前回よりも破裂具合が鋭かったぜ」
「ああ。今日はいつも以上に弾け方にキレがあった」
「今度は、破片の飛距離測ろうぜ」
陰から出てきたみんなが口々に言った。
「だから、みんな隠れたんだ……」
おでこを赤くして目を回しているラビがぽつりと言った。




