賞金首4
◆ロラン◆
また暗殺者――。
ディーを襲おうとしていた最後の敵を瞬殺し、俺は敵から借りたナイフを放り投げる。
力が抜けて座り込みそうになるディーを支えた。
「間に合ったな」
「ロラン様……どうしてこのことを?」
「定時連絡がなかった。今まで、一度として遅れたことも、欠かしたこともなかったのに。変に思うだろう?」
眩しそうにディーは朝焼けに染まる空を見上げた。
「そう。もうこんな時間だったのね」
「おまえはいつも間が悪いな」
「ついてないわぁ、んもう……」
詳しく状況を確認すると、おおよそ俺が予想した通りの答えが返ってきた。
「ベイル君が情報提供者だとバレたようなの。それ以外に彼を追う理由はないと思うからぁ」
「もう少し引き出せると踏んでいたが、敵の動きがそれよりも早かったな」
俺はへたり込んでいるベイルを見やる。
「お、おまえ……おまえは、グレイウルフの森の――!」
「その節は世話になったな」
以前のベイルの仕事は、禁猟対象になっているグレイウルフの密猟だった。
そこで俺は、ベイルに近づくようディーに指示し、ウェルガー商会の内情を探らせていたのだ。
「俺のディーが世話になった。……というか世話をした、というべきか。おまえのお陰で、不透明な部分がずいぶん減った」
「……どういう意味だ?」
「あらあら~、察しの悪い男。こういうことよぅ」
俺の腕を抱くようにすると、ディーが見せつけるようなキスをした。
「離れろ」
「やん♡」
「そ、そうだったのか……オレは、騙されてたのか……」
ガックリとうなだれると、ベイルは苦笑した。
「おかしいと思ったんだ。道理で。納得いったよ……」
「ごめんなさいねぇ。わたくし、ロラン様の言うことなら何でも聞くの。聖女にもなるし、悪女にもなるのぅ」
謝っているが、悪びれる様子がまったくないな。怖い女だ。
「ロラン様、誘拐事件のこと、何か情報を掴んだみたいなの」
「何?」
外でする話でもないので、ディーたちが寝起きしていた宿屋の一室に場所を移した。
「もう、商会にもいられないし、黙る必要もないから教えるよ」
ベイルは素直にそのことを教えてくれた。
「そのアムステル元伯爵は、君の知り合い?」
「知り合いというほどではないが、こちらにも事情がある」
そうか、と言ってベイルは続けた。
「オレが誘拐を主導する部署にいたことは知ってるんだな? なら話が早い。オレの班とは別の班がその誘拐に加担している」
「加担した商会に何の利益がある?」
被害者のアムステルは、クエスト申請時に名前を貸し、達成されたとき報酬を支払う――。
そうさせているのがウェルガー商会だとすれば、誘拐が彼らの利益になるとは思えなかった。
「その班のやつらは愚痴を言っていたよ。ウチは無関係なのにって。だからいいように使われているんじゃないか?」
「使われている? 誰に?」
「それはオレにもわからない」
……情報を整理すると、こんなところか。
・俺の正体を知っている誰かがいる。
・クエスト票からして、それはおそらく、地下闘技場に絡んでいた誰かだと推測される。
・そいつは、自分の身元がバレないように、アムステルにクエスト依頼をさせた。
・その後もアムステルを言いなりにするため、商会の人間に娘を誘拐させた。
「実行犯のやつらから、人質の居場所は聞いてないか?」
「ああ、それくらいなら。……というか、その件に関係のないオレが訊いたから、不審がられたんだろう」
それだけで、暗殺者の追っ手が四人やってくるとは思えない。
情報漏洩を以前から疑われており、そうとは知らず訊き出そうとしてしまい、商会側の疑いが確信に変わった、と考えるほうが自然だろう。
「場所は?」
「フェリンドとバーデンの国境付近とだけ。だが、使う場所は限られている」
ベイルがおおよその地図を書き、三か所に印をつけた。
このどこか、ということらしい。
「助かる」
ベイルは俺にベッタリのディーをちらっと見て、ため息とともに肩を落とした。
本気で惚れていたらしい。
「オレは、髪の毛一本触れられなかったのに……そんなに、ベタベタくっついて……」
「ロラン様は、そこらへんの凡愚とは違うのよぅ」
「おまえがいなければ、わからないことがたくさんあった。できる限りの礼はしよう」
ディーが意外そうに俺を見た。
「金をくれ、金を。安全に故郷まで帰れる金を……」
「女でも構わないんだぞ?」
「勘弁してくれ」
ディーのことがトラウマになってしまったらしい。
俺は裏クエストで得た金、すべてをベイルに渡してやった。
札束を九つ数えて、ベイルが目を見開いた。
「九〇〇万も……!?」
「情報料だ。足りないか?」
「いや、いい。十分だ。これ以上望むと、君のことだ。あとが怖い……」
クスクスとディーが笑う。
「あらあら、まあまあ。ロラン様ったら、ベイル君に一体何をしたのかしらぁ~」
「白々しいな」
「うふふ♡」
追っ手を全員殺したので、ベイル抹殺の失敗を知るのに少し時間がかかる。周囲で戦況を確認しているやつもいなかった。だからしばらく商会は動けないはずだ。
それをベイルに伝えてやった。
「そうか。よかった。貯めた金と合わせれば、故郷に帰ってひっそりと暮らすには十分な額だ」
大きなバッグを出して、荷物を詰め込んでいくベイル。
「ロラン様は、いつもあんな大金を持ち歩いているのぅ?」
「金があれば、便宜を図ってもらいやすい。数字だけ聞くのと、札束を目の当たりにするのでは、効果がまるで違うからな」
支払い能力をわかりやすく見せつけるためでもある。
荷物をまとめたベイルが立ち上がった。
「何度も言うが、助かった」
俺が手を差し出すと、複雑そうな顔をして手を握った。
「君のせいで、さんざんな目に遭った。まあ、ウェルガー商会なんて組織にいたしっぺ返しかもしれないけれど……」
手を離すと、ディーのほうを向いた。
「キャンディ……ありがとう。彼が指示したんだろうけど、君に助けられたのは事実だから」
「うふふ。今度は、悪い女に騙されちゃダメよぅ?」
「これに懲りて、しばらくは大人しくしているよ」
それじゃあ、とベイルは部屋を出ていった。
「大丈夫かしらぁ。ベイル君、大して強くないからぁ。どこかにいる商会の人間に見つかっちゃったら……」
「心配ならついていってやるか?」
「んもう、意地悪なこと言わないで」
「そのための大金だ。末端の人間なら金次第で見逃してくれるだろう。あとは運だ」
裏稼業から足を洗う――。
事は簡単なようで、存外難しい。
「故郷で楽しく暮らせるといいんだが」
「ロラン様のことだから、サクッと殺すものだとばかり……」
「俺もいつの間にか、甘くなってしまったな」
俺はどこかで、ベイルに自分を重ねてしまったのかもしれない。
過去とは、自分が歩いてきた一本道の振り返った先にある。
切り離そうとしても、それこそ影のようについてくるもの。
「影には、まだまだ振り回されそうだな」
「?」
きょとんとするディーに、俺は「何でもない」と言って小さく首を振った。




