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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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賞金首3


◆ディー◆


「今日はどうだったかしらぁ?」


 夜明け前。

 宿屋の一室に帰ってきたベイルを、ディーは甘い声で出迎えた。

 ロランの指示でベイルに取り入ってはいるものの、いい加減この生活もうんざりしてきていた。


 ウェルガー商会の内部情報を教えてくれるため、利用価値はまだまだあるのだが――。


 ベイルが肌に触れようと手を伸ばしてきたので、するっとかわす。


 ロラン以外の男に触られたくないのに、こんなふうに触れ合おうとしてくる。


「……」


 複雑そうな顔をするベイルの荷物を預かり、上着を脱がせてあげた。


「キャンディ……君が知りたいと言っていた知人の娘の誘拐の件、もしかするとわかるかもしれない」

「ほんとぉ? それは助かるわぁ! ありがとう、ベイル君」


 さすがに、無関係な情報を訊き出そうとすれば怪しまれるので、知人の娘が誘拐された、ということにしている。


 ニコニコと微笑んでいるディーだったが、頭の中では、ロランのセリフを反芻していた。


『ベン・アムステル元伯爵の娘が誘拐されている。その黒幕はどうやら俺の正体を知っているらしい。誘拐犯の情報がほしい。誘拐は商会もしているだろう。ベイルに探らせてみてくれ』


 これがベイルから引き出す最後の情報だと、ロランは言っていた。

 となれば、この件が終われば、この生活を終わらせることができる。


 ディーは俄然やる気だった。


「教えてもいいが、条件がある」

「なぁに?」

「君は……何者なんだ?」


 崩れそうになった微笑を維持したまま、ディーは首をかしげた。


「冒険者よぅ? 前にそう言ったと思うけれどぉ」


『ディー、おまえのことを探ろうとした場合、即始末して構わない』


 ロランはこの仕事に就くにあたり、そう言っていた。

 ディーは背で隠れるように、短めの吸血槍を密かに召喚する。


「冒険者とそのギルドのシステムくらい、オレだってもう知ってる。けど、根無し草だった君が、元貴族と伝手があるとは思えない」


 貼りついたようなディーの笑顔に違和感を覚えたのか、ベイルは首を振った。


「……ごめん。こんなことを言うつもりはなかったんだ。ただ、オレは君の何なんだろう、と思って」

「あらあら~。わたくしと故郷で生活するためのお金を今稼いでいるのでしょう? そのときまでの辛抱よぅ」


 どれほど貯めているのかは知らないし、興味もなかった。

 苦そうな顔をするベイルは、目をつむって何度か自分を納得させるようにうなずいた。


「そうだな」


 気の毒な男、とディーは何の感慨もなく心の中でぽつりとつぶやく。


「アムステル家の娘の誘拐、ウェルガー商会の一部が手を貸しているらしくて――」


 そのとき、宿の外にかすかな気配を感じ取った。

 消しかけた吸血槍を握り直し、ディーは素早く部屋の照明を落とした。


「え? 何?」

「ベイル君、あなた、尾行されたわね」

「え?」

「んもう、察しの悪い男。凡愚。あなたが情報をわたくしに漏らしているのがバレていた、ということよぅ」


 それを知った上でベイルを泳がしたのは、誰に情報を漏らしているのか突き止めるためだろう。


「そんな――」


 部屋は暗いものの、締め切った窓の隙間からは、いつの間にか薄らと橙色の朝日が入り込んできていた。


 吸血鬼は、夜に特化した種族。

 朝昼夕の日がある時間は、能力が大幅に下がり、並みの人間レベルになってしまう。

 ディーは思わず舌打ちをひとつした。


 ベイルを始末して単独で逃げてもいいが、せっかくの情報は無駄にできない。


 気配は四つ。宿の外に一人、一階に一人、すぐそこの廊下をこちらへ進んでいるのが二人。


「行くわよ」


 何かまだ言っているベイルの襟首を掴んで、閉じた窓を蹴り破り、勢いよく飛び出す。


 だん、と着地したディーと不時着したベイル。


 それに気づいた男が、こちらを視認した瞬間、静かに迫ってくる。

 気配はロランに近いものを感じた。


 まだ混乱しているベイルと一緒に、ここから逃げきれるとも思えなかった。


 腹を括ったディーは、ベイルを突き飛ばし吸血槍を構える。


「きゃ、キャンディ」

「黙ってそこで震えてなさい」


 廊下や部屋で戦闘となれば長物の槍は使いにくい。

 その判断自体は間違いないと言えるが、他の敵も一〇秒を待たず外へ出てくるだろう。


 目の前の敵に手間取ると、四方を囲まれる――。


 一度息を吸い、小さく吐き出した。

 ディーは吸血鬼の特性のひとつ、魔眼を発動させた。


 左右に激しく移動し、的を絞らせないようにしていた敵だったが、魔眼は敵をしかと捉えた。


 対異性特化の魔眼。

 夜明けで能力が下がっていると言えど、コンマ数秒程度なら自由を奪う自信があった。


 その瞬間の初撃に、己のすべてを懸ける――。


 だが。


 ヂッ、と小さな魔法音――。対策されたのだとディーは即座に理解した。


 魔眼対策などではもちろんない。おそらく、異常状態の対策。


 能力が落ちているとはいえ、その程度に種族の特性である魔眼を防がれてしまったことが――ニンゲンの男に効かなかったことが――ディーのプライドを酷く傷つけた。


 敵の口元がかすかに笑んだのがわかった。


 それがディーの神経を逆撫でした。

 構えた吸血槍で敵を攻撃する。


 リーチ差を活かした吸血槍の刺突は、空を切った。


「ッ」


 二本の短剣を構えた男が、あっさりとディーの懐に潜り込む。


 それを想定していないわけがない。

 ディーが吸血槍を消すと、素早く新しい吸血槍を召喚した。

 長槍になりきる前の短い柄を握り刺突する。


 一瞬で槍が現れると予想してなかった敵の虚を突いた。


 胸を穂先が穿つ――確実に殺った。


 と思ったと同時に、敵が何かのスキルを発動させる。すると、胸にあった傷口が左手に移動した。


「……あらあら……そぉ……」


 小さくため息をついたとき、すっと左右と背後を追っ手に囲まれた。


「キャンディス・マインラッド討伐の誉れは、一体誰が手にするのかしらぁ……」


 くすっと微笑み、握り直した吸血槍を手に、正面の敵を再び攻撃する。

 だが、呆気なくかわされた。


 その瞬間、暗闇に浮かぶ蝋燭の灯火が吹き消されるように、後ろの気配がフッと立て続けに消えた。



「俺の断りなく勝手に死のうとするな」



 背後から呆れるような低い声がした。

 ディーの刺突を再びかわした敵が力なく倒れると、そこには夜明けに不似合いな元暗殺者が立っていた。

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