賞金首2
殺した男は全員暗殺者のようだった。
いつか俺が、ランドルフ王に護衛のことで提案したことがあった。
蛇の道は蛇に訊く。
暗殺を防止するために、暗殺者を護衛に置く――これが一番理に適っている、と。
俺は見当をつけていた主の部屋の前まで行き、扉を開けた。
「だ、誰だ……!?」
隠れているらしく、机の下から声がする。
「僕の質問にお答えいただければ、手荒な真似はしません。約束します」
そおーっと机の上から顔が出てきた。
目が合うと、俺は敵意がないことを示すため、両手を上げた。
怯えたような表情で脂汗をかく男は、ようやく机の下から出てきて椅子に座った。
俺はソファを指差した。
「掛けても? アムステル元伯爵でよろしいですか?」
「あ、ああ。私だ……」
何から話していいか迷ったが、単刀直入に尋ねることにした。
「裏ギルドの職員から、あなたの名前を聞きました。賞金首の件です。地下闘技場が破壊され、何か不利益を被ったんですか?」
「そ、そっちか……」
そっち?
ふう、と大きく息をついたアムステルは、ハンカチで汗をぬぐった。
「君は、裏ギルドとやらの斡旋でここまで来たのかい?」
「そんなところです。それで、標的のことをどこで知ったのか教えてほしくて」
そういうことか、とアムステル。
「質問に答えよう。私は、何の不利益も被っていない。それどころか、そんな地下施設があるなんてそもそも知らなかった」
「待ってください。じゃあ、どうしてあんな依頼を」
「私はただの代理だ。標的のことや詳細はまったく知らない。名を貸してほしいと頼まれて……」
「誰に?」
「何も知らないようだね。私は、最初、君はそっち側の人間だと思ったんだが」
そっち側? 話がまったく見えない。
それを察してか、アムステルは一から俺に事情を説明してくれた。
「二か月前のことだ。私の娘が誘拐され、行方不明になったのは」
「娘を?」
「うむ。さらった者は素性を明かさなかった。あちらの要求は、裏ギルドの依頼を私の名前ですることだった。……もちろん承諾した、するしかなかった。その依頼が達成されたとき、報酬の支払いをする。そうしたら娘は返してやる、と……」
俺を知っているやつは別にいる、ということか。
どこかで見られたとしたら、地下闘技場だろう。
観衆の前で俺は一度スキルを使っている。
その中に、俺のことを知っている存在がいた……?
「あの護衛たちは?」
「ああ……彼らは、護衛でもあるが、監視役でもあった。私におかしな真似をさせないための」
「その護衛は、どこから送られてきたんですか?」
アムステルは首を振った。
「わからない。いつの間にかこの屋敷の中にいて……。ここに君がいるということは……監視のやつらはもういないのかい?」
「はい。全員殺しました」
「もしかして……君、強い?」
「自分でそう思ったことはありません」
どこか納得したような顔でアムステルは何度かうなずいた。
「どうか、頼む。娘を助けてほしい」
本来の依頼主と繋がりがあるのは、その誘拐犯たちか……?
「お礼はできる限りする……! 頼む……! まだ四つなんだ」
アムステルは立ち上がって、机にぶつかりそうな勢いで頭を下げた。
俺を知る誰かがいる――。
たったそれだけで、言いようのない気持ち悪さを感じる。
そんな人間がいることを知ってしまった以上、排除しておきたい。
「情報が足りません。まずは、どこにいるのか。そこから調べていきます」
「……い、いいのか?」
「僕にとっても、まったく無駄というわけではないので。ああ、ただ、ひとつお願いがあるのですが」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「三人の死体処理をお願いします」
「安請け合いをするからだ。たわけめ」
王都イザリアの城に帰って早々、ライラに毒づかれた。
部屋に戻ると、黒猫ライラが待っていたので、今日あったことを話した。
「安請け合いをしているつもりはない」
「今度は人質救出か。最近何かと忙しそうだな、貴様殿は」
つん、と黒猫ライラは顔を背けた。
「忙しいうちには入らない。昼間はギルド職員。他の時間は裏ギルドの裏冒険者だ」
「それでは、眠る時間がないではないか……」
たしたし、と後ろ足で首輪を引っかく。元の姿に戻せと言いたいらしい。
首輪を触ると、淡く体が光りライラが魔王の姿に戻った。
「何だ、心配してくれているのか」
「そなたに心配などしても、無駄ではあろうが……そう思うことは止められぬからな」
ベッドに座ったライラが、自分の膝を叩く。
「妾の膝を貸してやろう」
「体を休めるなら枕のほうが」
「妾の気遣いを何と心得る」
なぜかプリプリとライラが怒るので、膝を借りることにしてベッドに横になる。
「妾には、そなたが焦っているように感じる」
「焦っている? そんなつもりはないが」
「杞憂ならよいのだ」
ぎゅっと耳を引っ張られた。
「何をする」
「……他の女に呆けて、妾を構わぬ罰だ」
しおらしいことを言って、ライラは俺にキスをした。
「ゆ、許しているからと言っても、気分がいいというわけではないからな……」
ライラはまたちゅ、とキスをしてくる。
「そなたは、何をしようとしておるのだ?」
「俺が感じるこの嫌な予感を放置していると、後々害をなすかもしれない。不安の芽は摘んでおきたい。それだけだ」
「『普通』を脅かす何か、ということか」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「……貴様殿が描く『普通』とやらの中に、妾はいるのか?」
「今さら何を。そのつもりだ」
しかつめらしい表情を崩したライラは、膝枕をやめて隣に寝ころんだ。
くるん、とこっちを向くと、俺の鼻をつまんだ。
「何をする」
「ディーはずいぶん可愛がっているらしいな」
「何が言いたい」
「言ったであろう。どこで何をしようが構わぬ。だが、それ以上に妾を可愛がるように、と」
じいっと見つめると、頬や目元が赤くなるのがわかった。ライラは、くるんと転がって背をむけてしまった。
思っていることを口にしたはいいが、恥ずかしくなったらしい。
俺は後ろから抱きしめて、服の下に手を入れた。
「あ……っ」
「脱がすぞ」
「あ、愛をささやいてからだ……手順を守れ、この大たわけめ……」
ライラの声が尻すぼみになっていった。
強引にこちらを向かせ、華奢な肩を抱いたままキスをする。
服の下に入れていた手を抜いて、顔を離した。
ライラは物欲しそうな上目遣いでぽつりとこぼした。
「な、なぜやめる……」
「すぐわかる」
ドンドン、と扉が何度も強くノックされた。
「ライリーラ様ぁぁぁぁあ? お戻りが遅いようなので、このロジェ・サンドソング、お迎えに参りました!」
「そういうことか。……ぐう、ロジェめ……! 空気というものを……むう……」
おほん、とライラは咳払いした。
「よ、よい、今日は。こ、ここで朝を迎える……だから部屋には戻らぬ」
「ほえ。どうしてですか?」
「ど、どうしてもだっ!」
「は、はぁ……?」
全然わかってなさそうだったが「そう仰るのであれば……」と言って、ロジェの気配が遠ざかっていった。
「まったく。まったくである。フンス」
そうこうしているうちに、今度はディーの気配がした。
「あらあら、まあまあ、今日はライリーラ様と……」
外からディーが中を覗いていた。
「――――!」
ライラがずんずんと窓に近寄って、シャッとカーテンを閉めた。
「まったく。まったくである。ムードも何もあったものじゃ」
「――ライリーラ様ぁ? どうせなら二人同時に可愛がってもらうというのは」
「一人でよいっっっっ!」
色ボケ吸血アンデッドが、とライラが目を吊り上げながらボヤいた。
「そういうことでしたら、わたくし、音だけを楽しませていただきますので、どうぞお楽しみくださぁい」
「帰れぇぇぇぇぇえ!」
ディーを追い払うと、ふしー。ふしー、と肩で息をしてライラが戻ってきた。
「俺は三人でも構わ――」
スパーン、とスリッパで頭を叩かれた。
「何をする」
「他の者の倍、妾を可愛がれという話をさっきしたと思うが」
「倍とは言わなかったぞ」
「やかましい。そなたは、部屋にいても忙しいのだな……」
切なそうに言うライラの頭を撫でると、すり寄ってきて俺の胸の中に収まった。
「これでよい。これだけで、妾は嬉しいのだ……」
朝まで二、三時間程度だが、その間、一緒に眠ることにした。




