裏ギルドの裏冒険者3
予定通り、俺はベスコダの部屋を目指す。
さっき俺が殺した警備は、あれが全員だったようで、屋敷の中にそれらしき気配はしなかった。
ベスコダの寝室へやってくると、扉には鍵がかかっていたが、それを蹴破った。
外の『運動会』が聞こえていたらしく、ベスコダは寝間着姿でベッドの脇に立ち、剣を構えていた。
さて。ようやく本来の目的を話すときがきたな。
「誰だ」
「おまえを助けにきた」
「何? 警備の者は……」
「悪党に買収されていた。次がもしあれば、金に目がくらまない者を雇うことだな」
俺は敵意がないことを示すため、両手をベスコダにむける。
まだ疑いは晴れないようだったが、話を聞いてくれる気にはなったらしい。
「助けにきた、とは?」
「あんたの命を狙っている輩がいる。何か心当たりは?」
ベスコダの目が、その輩がおまえなのでは、と言っている気がして、俺は小さく苦笑する。
「少し長くなるが」と、前置きして、俺は目的を一から説明した。
ウェルガー商会と裏ギルドの繋がりがあることは以前わかった。
調べたかったのは、裏ギルドがウェルガー商会の外部組織なのか、それとも、ただ裏ギルドをウェルガー商会が利用しているだけなのか、という点だ。
「なるほど……。ウェルガー商会のことはもちろん知っている。裏で何か動いているとは思っていたが、そんなあくどい商売を裏でしているとは……」
「バーデンの議会を牛耳り、商会が意のままに国を動かす――。その商会の目論見に手を貸す裏ギルドの存在があったから、今回両者がどれほどの繋がりなのか、その調査を兼ねて裏クエストを受けた。だから、俺はあんたを殺すつもりはない」
裏ギルドが誰から依頼を受けているのかはわからないが、ベスコダは海商を生業にしている。
今回の仕事は、何か繋がりがあるのでは、と俺は踏んでいた。
剣を鞘に収め、ベスコダがベッドに腰かけた。
「……ウェルガー商会のマスターから、ふた月ほど前、業務提携の話があった。業務提携と言えば聞こえはいいが、実質買収に近かった。契約は一方的なもので、いい話とは思えなかった。もちろん断った。心当たりは、そんなところか」
「他に恨みを買った相手は? 恋人が何人もいるらしいが」
ベスコダは「そんなことも知っているのか」と低い声で笑った。
「もし彼女たちの誰かが依頼者なら、そんな回りくどいことはせずに、ナイフで刺しにくるよ」
「じゃあ、この暗殺の依頼者はウェルガー商会か……」
「君、私をどうするんだ。このままでは、また違う殺し屋が私のところへ来るんだろう?」
「ああ。成功以外の報告をすればな。偽装が上手いやつを一人知っている。そいつのところへ死体を持っていって偽装し、ベスコダ・ルートを死んだことにする」
ベスコダは納得したように何度かうなずいた。
「仕事は好きだったが、ここらへんが潮時か……金はあの世には持って行けないからな」
「理解が早くて助かる」
「私をここで殺せば、大金が手に入るんじゃないか?」
「俺は、仕事の正当な対価として金をもらうが、金のために殺したことは一度もない」
「死神だと思ってビクついていたら、救世主だったわけだ」
しゃべりながらベスコダは寝間着を着替え、バッグに服と金とナイフを詰め込んだ。
今回の暗殺依頼は、ウェルガー商会からの依頼だと予想されるが、他の依頼もそうなんだろうか。
俺は庭に下りると、転がっている死体の中から、背丈がベスコダに近い物を選んだ。
屋敷の隅に『ゲート』を設置し、ベスコダとともに王都イザリアまでジャンプする。
偽装できる知り合いは、威勢だけはいいエルフしか知らないので、彼女がいる王城まで死体を担いでベスコダを連れていく。
メイリの護衛になってからというもの、隣の部屋がロジェには与えられていた。
「夜中に来たと思ったら……何だ、この死体とオッサンは」
いつも通り、ロジェは機嫌悪そうに俺を迎えてくれた。事情はあとで話すと言って、俺は死体を偽装してもらい、『ベスコダの死体』を作った。
それから、ベスコダをフェリンド王国の王都フィンランまで『ゲート』で送り、そこで別れた。死体はベスコダの寝室に置いた。
あとは、クエスト報告を残すのみだ。
夜明け前に、前回と同じ方法で裏ギルドへとやってきた。
ロランではなく、スレイドとして来ているので、風貌も前と同じだ。
俺が奥の個室で待っていると、先日の担当者が席に着く。
一瞬俺を見て、意外そうに眉を動かした。
「今回は何だ?」
「報告です。『海運王ベスコダの暗殺』が完了したので」
「スレイド、あんたが報告に来るとはな」
「どういう意味ですか?」
「ビックスは?」
「殺しましたけど」
ガハハハ、と強面の職員は声を上げて笑った。
「そうか、そうか……クハハハ、ついに死んだのか」
わけがわからないでいると、笑っている理由を教えてくれた。
「あいつぁ、『裏切りのビックス』つってな。複数で臨むクエストでは、裏切って仲間を殺して取り分を独り占めしてきたやつなんだ。だが、裏切りも騙しも殺しも、ここでは優秀な証。こっちはクエストを完了させてくれりゃ何だっていいんだから」
「だから、取り入りやすいように最初から腰が低い?」
「その通り。諜報の腕もいい。それに性質が悪くてな、右も左もわからねえ新人捕まえて『親切な男』だと信じ込ませるんだ。新人はやつの手口を知らねえからな」
俺に近づいてきた手口とまったく同じだな。
ビックスの手口を知っていて俺に教えなかったのは、裏切りが認められている手段だからだろう。
「ついに返り討ちに遭って死んだか。クカカカ」
愉快そうに職員は肩を揺らして笑う。
報酬は、ベスコダの死亡確認を別の人間が行うそうだ。そこではじめて報酬が支払われるという。
偽装魔法は、森の一族特有の魔法らしいから、人間には見抜けないだろう。
「依頼人は誰だったんでしょう。ベスコダが邪魔だと感じる存在、ということになりますよね」
「誰か詮索するのはご法度だ。知る必要はねえ」
ピシャリと言いきられた。
今回が初仕事だし、不審がられるのはよくないだろうと俺はそれ以上訊かなかった。
「スレイド、ありがとよ」
「どうしてお礼を?」
「もうずいぶん前だが、オレの昔の仲間が、あいつに騙されて死んだんだ」
俺は事もなげ言った。
「よくある話です」
「……ああ、その通り。よくある話だ。こんな裏稼業、騙し騙されるのが常……とは言い聞かせていたが、どこかでオレも思うところがあったんだろうな……ちょっとスッキリしたぜ」
仕事として、裏切り殺し騙し――それらは容認しているが、感情はまた別ということなのだろう。
こっちの用件はもうないので、席を立った。
「おまえが何者かは訊かねえよ。美味い話があれば振ってやる。スレイド……また来なよ」
職員が気に入る冒険者がいるのは、当然だろう。
俺だってそうだからな。
俺は小さく会釈をして、背を向けて歩き出した。




