裏ギルドの裏冒険者2
俺とビックスは、そのクエストを受けることにして裏ギルドをあとにする。
入口と出口は決まっているようで、来たときとは違うルートで外に出た。
扉を開けたそこは、スラム街にある空き家の中だった。
「スレイド、おまえ、殺しが得意なのか?」
「まあ、そんなところです。ビックスさんは、どんなクエストをすることが多いんですか?」
「オイラは諜報活動よ。基本は情報収集。派手さはねえが、地道に活動するのが得意だ」
諜報活動……思ったより使えるかもしれない。
訊いていくと、他には民衆の扇動、対象をかく乱させる虚報などをよくやっているそうだ。
得意げに「あのときのあれ、実はオイラの仕業なんだぜ?」と言っていたが、興味がなかったので聞き流していた。
俺一人で暗殺対象のところへ行けば済む話。
だが、金次第で仕事を受けてくれるのであれば、今後、個人的に仕事を依頼する可能性もある。今回は腕前を知っておくいい機会だろう。
「まずは、海運王の居場所と生活リズムの把握です」
うんうん、とビックスは俺の話を素直に聞いてくれた。
新人の話をこうも聞いてくれるとは意外だった。
「オイラぁ、情報収集が得意だからよ、殺しはむいてねえんだ。だからそれが得意らしいスレイドの言う通りにしたほうがいいと思ってな」
得意分野以外は口を挟まないという方針か。
それから俺は、ビックスに細かく指示を出した。そこは諜報を生業にしているビックスだ。難しいときははっきりとその意見を言い、建設的な打ち合わせとなった。
「スレイド、おまえさんじゃなかったら、そのまま報酬を鵜呑みだったんだ。力の限り、やらせてもらうぜ」
「こちらこそ」
お互い、それ以上のことは話さなかったし、必要以上に訊こうともしなかった。
ああ、こいつは業種は違えどプロなのだな、と俺はこの無駄のない交流を心地よく感じていた。
「三〇〇万もいらねえ。準備金は一〇〇万でいい。オイラにゃ、これくらいで十分さ。すぐに海運王のクソする時間帯もどんな女を抱いてるのかも調べてきてやんよ」
次に落ち合う場所と日時を決めると、札束をひとつ懐に入れて、ビックスは空き家を出ていった。
俺は、暗殺を誰かと組んで行ったことがない。ああいった下調べが得意な存在がいれば、殺しは非常にスムーズだっただろう。
一週間後、待ち合わせ場所のスラム街にある空き家に、時間通りビックスが現れた。
「色々とわかったぜ」
挨拶なしに本題。
実に合理的で心地いい。
何が、なんて主語を問う必要もないだろう。
「生活リズムやパターン、人間関係は」
「任せとけって」
紙だったり布だったり、様々な物に何かをメモしていた。
見てみると、数字が羅列されている。
暗号か……。
「五〇音に数字を割り振っているんですね」
無秩序な数字の羅列に見えるが、そうだとわかるときちんと読み解ける。
淡々としていたビックスが、驚いたようにこっちを見た。
「一瞬でよくわかったな。クク、あっさり解かないでくれよ、他の誰かにも解かれるかもって心配になるだろ」
苦笑しながら、ビックスは仕入れた情報を教えてくれた。
「本名、ベスコダ・ルート。四三歳。独身。恋人の数は五人。ほぼ毎晩とっかえひっかえだ」
好色家ではあるが、性格自体は真面目なようで、毎日似たような行動パターンだったという。
「であれば、こちらも非常に動きやすいです」
ビックスは説明しながら、ベスコダの自宅の図を描いているメモを繋ぎ合わせた。
全体の七割近くに相当する地図だった。
話を聞いていて、不思議な点も矛盾点もない。嘘を言っているようには思えなかった。
俺の質問にも、的確に答えてくれた。
「自宅には、僕一人で――」
「実は警備を買収している。決行日、オイラがいりゃ、寝室までフリーパスよ」
「二人で行動すれば、危険度が上がります。買収した警備に、当日シラを切られたら困るのはこっちです」
「そ、それもそうだな」
ビックスに話を訊きながら、当日の侵入ルートと脱出ルートをいくつか用意しておいた。
決行日を決め、俺たちは解散した。
他人に調べてもらうのは便利だが、今まで一人でやっていたせいか、どうしても自分で見聞しないと気持ちが悪い。
だが、プロと見込んで調査を頼んだんだから、大人しく信じることにしよう。
決行日の夜、俺とビックスはベスコダの自宅がある街で落ち合った。
夜更けの静かな街を歩いていくと、ひっそりと佇む豪邸を見つけた。
「あれだ」
建物はビックスが描いた図通りで、遜色がない。この男、思ったより使えるな。
「警備には、今日に限り見て見ぬフリをしてもらう手筈だ」
「見られるような動きはしないつもりですが、わかりました」
「オイラは、あんたの合図を待って中に入るぜ」
俺はうなずき、予定したルートを使い、高い塀を身ひとつで上っていく。
音もなく飛び下りた先は庭だった。月に照らされてできた影を利用して移動していく。
そのときだった。
庭全体が淡く光ったと思った瞬間、魔力の輪が素早く俺のほうへ集束してくる。
ガシン、と両腕と両足を魔法で拘束されてしまった。
「……」
屋敷からは、わらわらと男たちが武器を持って出てきていた。
合図を待つとさっき言っていたビックスが、正門から堂々と入ってくる。
侵入ルートは、ビックスにしか教えていない。
「ふうん。そういうことか」
どうやら、騙されたらしい。
「だから、言ったじゃねえか、買収してるって。しかし……この状況に眉ひとつ動かさねえとは……おまえ、何者だ……?」
「事ここに至って、俺が誰かはそんなに重要なことじゃないだろ。どうした、俺の分け前が欲しくなったか?」
「ああ。そうだ。それ以外に何がある?」
これはこれで、プロの姿とでも言うべきか。むしろ、こういうやつのほうが、俺もやりやすい。
声を上げて男たちが、手にした剣で斬りかかってきた。
「『ディスペル』」
魔族の浄化魔法を発動させ、俺は拘束を解いた。
「な――!?」
遅い。遅い。
一人一人顔を見て、驚いている表情を確認する時間さえあった。
「複数で襲うのなら、得物はそれぞれ長短分けることだな」
一人の剣を奪うと、そのまま袈裟に斬り倒す。
吹き出した返り血をさっと避け、剣を返す。
襲ってきた二人目の両腕を、握った剣ごと夜空に斬り飛ばす。
俺の剣術も捨てたもんじゃないな。
背後から雄叫びが聞こえた。
「オォォォォ!」
「気合いのつもりなんだろうが、動きがバレバレだ」
振り向きざまに剣を投げると、顔面を貫きそのまま仰向けに敵が倒れた。
「や、やれ! 何してんだ! たった一人だぞ! 殺した者に五〇万だ!」
この警備の男たちを使って標的を殺すつもりでいたんだろう。
目の前にぶら下がった大金はよほど強いらしい。さらに四人が襲い掛かってくる。
その男たちを一人ずつ躊躇なく殺していった。
心臓を突き、首を刎ね、喉を裂き、胴を両断する。
気づけば庭が一面血に染まっていた。
戦った時間は二分もなかったが、立っているのは、俺とビックスだけとなった。
「そ……そんな……。返り血すら浴びない、だと……」
「血なまぐさい姿で帰るわけにはいかないからな」
死体に突き立った剣を足で押さえて引き抜いた。
「はいはい、と俺の話に従っていたから気持ち悪かったが、ようやく合点がいった。信用を得やすいように、ということか」
「ま、待ってくれ……お、オイラの分け前の半分をやる……! な? それでいいだろ」
「元々、報酬がほしくてしている仕事じゃない」
報酬を上げるように言ったのは、暗殺の仕事をはした金でやらせているのが癇に障ったからだ。
「全部、全部だ! み、見逃してく」
剣を横に一閃。月明かりが血濡れた刃を映し出した。
刎ね飛んだビックスの首が地面に落ち、頭のない体が、糸の切れた人形のように倒れた。
「少し遅くなってしまったな」
想定外の戦闘が入ったが、仕事に支障はない。誤差の範囲内だ。
まあ、想定外など、よくあることだ。




