裏ギルドの裏冒険者1
王都イザリアにある場末のバーに、俺は仕事終わり、一人でやってきた。
いつも仕事でかけている伊達眼鏡は外し、髪の毛も適当に乱し、服も粗末な物を着ていた。
客は様々だった。
安酒をちびりと飲む男、バカ笑いを響かせる若者たち。尻の軽そうな女が流し目をしてきたが、無視をした。
「いらっしゃい。何にする?」
カウンター席についた俺に、店員が声をかけてきた。
「オススメ、何かある?」
「……葡萄酒かな。最近は、温めたものが流行りでね」
「じゃあ、ミルクをもらおうか」
「……」
店員がちらりと俺を見て、納得したような顔をして、グラスに注いだミルクを出してくれた。
そのグラスの下には、紙片があった。
「お客さん、トイレはそっちね」
「ああ、ありがとう」
聞いていた通りだな。
偽メイリ誘拐事件のときに戦ったビクターの話では、この案内されたトイレが、別の入口に繋がっているという。
グラスを空けて、紙片を開く。数字が三つ並んでいた。4、5、1。
代金をカウンターに置いて、席を立ちトイレへと向かう。
トイレは個室が二つあり、片方には鍵がかかっているのか、開けられない。その扉に紙片にあった回数ノックすると、かたん、と小気味いい音がし、鍵が開いた。
音に反応する魔法や結界の一種なんだろう。
扉を開けても誰もおらず、中に入ると扉が自動的にしまり、かたん、とまた施錠された。
薄暗い階段が目の前にあり、それを下へとくだっていく。
くだりきった先の扉を開けると、そこは大部屋となっていた。
人相の悪い男たちが何人も酒を飲んだり、壁に張り出されている紙をじっと見ている。
一人が首を振ったり、またある一人はその紙を壁から剥がし、どこかへ持っていく。
あれが、ここのクエスト票というわけか。
「兄ちゃん、見慣れない顔だな。ここははじめてかい?」
歯並びの悪い中年の男が話しかけてきた。吐息が酒くさい。
「はい。死んだビクターからの紹介で」
「……ビクターの?」
この界隈では名が通っているらしいな、ビクターは。
あいつが言うには、基本的にはここでクエストをしている誰かの紹介でないと、この部屋には辿り着けないらしい。
まあ、合言葉が必要な時点でそうなのだろうが。
「ビクターから話だけは聞いているので、僕のことはお気になさらず」
「そうかい?」
部屋の様子を観察しながら、壁に貼ってあるクエスト票をいくつか見ていく。
殺し、盗み、誘拐、詐欺、密猟、諜報――。
内容はこのいくつかに分類されていた。
依頼主の名前はない。報酬額と依頼内容、参加人数が記載されている。
まさしく裏ギルドだな。クエスト票もよく似ている。
「お? 兄ちゃん、このクエストが気になるのか?」
「いえ……そういうわけでは。このクエストは、誰が斡旋してるんでしょう?」
「斡旋してるやつ? 知らねえな。オイラたちゃ、ここに張り出されているクエストをただこなして金をもらう、それだけさ」
誰かいるはずだろう。この裏クエストを斡旋している裏ギルドマスターが。
さすがに末端の裏冒険者にはそこまでわからない、か。
「何だかんだで兄ちゃんわかってねえだろ? オイラが色々と教えてやんよぉ」
人のいい男だ。そういうやつほど死んでいくから、頑張って生き延びてほしいものだ。
違う場所を男が指さして言った。
「この『海運王の暗殺』なんていいんじゃねえか?」
海運王ベスコダの暗殺か。
ベスコダといえば、フェリンド王国でも名をよく聞く海商で財をなした男だ。
成果報酬で五〇〇万か。
「二人が適当とありますね」
「どうだい、兄ちゃん、オイラとやんねえか?」
ビクターから聞いてはいるが、細かいシステムややり方はまだ不透明な点が多い。
今回だけは厚意に甘えることにしよう。
「いいですね。是非お願いします」
「決まりだな」
ビリッと男が貼り紙を剥がし、奥へ向かう。
「ああ、名乗ってなかったな。オイラ、ビックスてんだ。よろしくな」
「ビックスさん、よろしくお願いします。僕は……とりあえずスレイドで」
「スレイドか、いい名だ。よろしくな」
ビックスと握手を交わし、いくつかある個室に入る。ここで詳細を裏ギルド職員から聞くようだ。
現れた強面の職員がドカっと向かいに座った。
「よぉ、ビックス。調子はどうだ」
「まあまあってとこだ。こっちのは、スレイド。あのビクターの紹介でここに来たそうだ」
職員が俺を真っ直ぐ見た。
「へえ。あのビクターの」
「皆さん、驚かれますが、それがどうかしたんですか?」
「ルーキーにはわからないだろうが、ここは特定の人間しか入れない。だから、紹介したやつはメンツを気にする」
職員の言葉をビックスが補足した。
「ああ。腕のねえやつを紹介しちゃ、紹介した側の沽券に関わるんだ。当人だけじゃなく、そいつの評価にだって響く。逆に、スゲーやつを連れてくりゃ、『あんなやつと繋がりがあるのか』って、紹介した側も評価される。まあ、死んじまったんだからメンツも評価もクソもねえが」
「ビクターはここじゃ最上位の評価を得た男だ。今まで誰かを連れてきたり、ここを教えたりなんて一度としてなかった。鼻につく野郎だったが、実力はピカイチだったからな」
ビクターは、裏冒険者としてはかなり優秀だったようだ。
あのスキルなら、さもありなん、といったところか。
「ビクターが死ぬ前日、はじめてスキルを破られたって言ってたな……」
「オイラも聞いたぜ、その話。あの『絶対防御』をどうやって破るのか興味はあったが、そんなの想像もできねえ」
「まさか……スレイドって言ったな。あんたか?」
職員の質問は、ビックスの言葉も代弁したようで、二人は興味津々にこっちを見つめてくる。
その通りだが、そうだと言えば、俺がビクター殺しの犯人にされるな。
「スレイド、いいんだぜ。もしおまえさんがビクターを殺していたとしても、それは咎めない。むしろここじゃ、最高に評価されることだ」
なるほど。さすが裏ギルド。
強いやつを殺せば、それが評価されるのか。
「まず、殺したのは僕じゃないです。けど、死ぬ以前にスキルを破ったのは僕で間違いないかと」
「おぉぉぉ……! そりゃ、ビクターだってここを教えたくなるってもんだ」
「スレイドがそんなスゲーやつだと思わなかったぜ。声をかけたオイラの目も捨てたもんじゃねえ」
驚いた二人の見る目が、少しだけ変わったのがわかった。
「さて、本題だ。ビックスと二人で『海運王の暗殺』をやってくれる、ってことでいいんだな?」
俺たちは同時にうなずいた。
「あの、ひとつ、確認いいですか?」
「何だ?」
「成果報酬が五〇〇万ですが――安すぎませんか?」
「……何だと?」
職員が殺気を滲ませ、低い声で凄んだ。
おいおい、とビックスが俺を肘で小突く。
「スレイド、これは割高なほうだ」
ビックスは顔を引きつらせているが、俺は無視して続けた。
「海運王ベスコダは、様々な国で名が売れている男です。……暗殺とは、ただ対象を殺すだけに非ず。消したあとの社会的な影響込みで評価されます。……それなのに報酬が安い。しかも成果報酬。二人分の必要経費に報酬を割れば、手元に残るのは二〇〇万がいいところ」
バァン、と職員が机を叩き立ち上がった。癇に障ったらしい。
「ルーキーがイキがんじゃねえぞ、オイ」
「座れ。話ができないだろ」
俺が職員と目を合わせると、瞳が怯えたのがわかった。
「……っ」
職員は押し黙って、すっと椅子に腰をおろした。
一瞬出した俺の殺意に気づいてくれた。
「命を賭ける仕事だからこそ、妥協はしません。ただ、僕も無茶を言うつもりはありません。前金で三〇〇、成果報酬で七〇〇。『ここで』の初仕事ですから、こんなものでどうでしょう」
「…………ちょっと訊いてみる。待ってろ」
職員の男はクエスト票を手に、席を立った。
「無茶言い過ぎだぞ、スレイド。頼むぜ……。死ぬかと思った……値段交渉するやつなんて、オイラははじめて見たぜ……」
「いえ、明らかにおかしいですよ」
「おかしい?」
「はい。相場から考えて安すぎる、ということです」
「相場っておまえ……この手の仕事してたのか」
俺は答えず続けた。
「他の報酬額を見ましたが、この一件に限らず、美味い汁を相当量すすっている存在がいる、ということです」
俺が現役で、もし海運王ベスコダを暗殺するという依頼があったなら、報酬は総額一億以上でないと受けなかっただろう。それくらい社会的影響が大きい相手だ。
対象が消えると得をする存在がいる。そいつに転がり込む利益を考慮すれば、安いくらいだ。
すぐに職員は戻ってきた。納得してない表情で、ドスンと椅子に座る。
「スレイド、おまえの要求を呑もう。前金で三〇〇――」
帯のついた札束を職員が三つ並べた。おぉぉ、とビックスが感嘆の声を上げた。
「成果報酬で七〇〇。あのビクターの紹介というのが効いた。だが、失敗したり逃げたりすれば、わかるな?」
「もちろん」




