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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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マニュアル対応

新章スタートです。


 メイリ誘拐事件を未然に防いでからというもの、これといって大きな事件が起きるでもなく、つつがない日々を過ごしていた。


『今は、これといった動きはないわ。前回の誘拐を完璧に防いだことが相当効いたみたいよぅ?』


 ウェルガー商会の動向を探っているディーは、クスクス笑いながら、そう言っていた。


『ただ、完璧に防ぎ過ぎて、商会側がかなり警戒しているわ。次はこう上手くはいかないかも』


 とも言っていた。そうは言っても、防ぐとなれば全力を尽くすし、次回から警戒されるのも致し方ない。

 内通者を疑われたり、内通者の炙り出しがはじまるかもしれない。そうなれば、火の粉が降りかかる前に、情報元を処分させディーを引き上げさせたほうがいいだろう。


「俺、もっとランクが上のクエストをしたいんです」

「ですから……採取系のクエストも重要ですので――」


 俺がカウンターで女性冒険者の受付業務をしていると、隣の窓口でこんな会話がはじまっていた。


「採取に向いているってのはわかるけど、もっと、こう、あるでしょ? 危険地帯に行って、何か採ってくる、みたいなの」


「いや、ですからぁ…………そんな戦闘能力ないじゃんか」


 ぼそっと職員が言ったのが聞こえてしまったらしい。


「オイ、ちょっと今なんて言った!」

「あ――えと――」


 今隣で冒険者に応対しているのは、バーデンハーク公国で雇いはじめた現地の職員だった。

 ぼそっとこぼした本音を聞いた冒険者が怒っている。


 俺は、目の前にいる女性冒険者に待ってもらうことにして、隣に声をかけた。


「あ――、先輩……」


 神様を見つけたような目でこっちを見てくる後輩職員。

 その冒険者は、殺気満点でこっちを睨んできた。


「先ほどは、こちらの職員が大変失礼いたしました。申し訳ありません」


 俺が頭を下げると、「も、申し訳ありません……」と後輩も同じように頭を下げた。


「僕でよければ、お話お伺いしますよ」

「いいよ。もう。どうせ、ランクが上がっても、俺みたいに戦闘能力がないんじゃ、ロクなクエストを受けさせてもらえねえんだから」


 この男も、現地の冒険者だった。見たところ、二〇をいくらか過ぎた年頃だろう。

 いい年をして人前で拗ねるのはいかがなものかと思うぞ。


「冒険証、失礼します」


 レンダー・ホーキンス。Dランク。クエストの履歴は……E、Fランクがほとんど。割合でいうなら、Fランクがその七割を占めている。


 スキルは『分裂』か。


「……」


 ちらっと俺は目の前にいる女性冒険者を見る。

 それから、手元の書類でレンダーの詳細な情報を確認した。


 ふうん。

『分裂』というのは、一定数まで自分の分身を作ることができるそうだ。

 ただ、戦闘能力は分身の数に反比例して下がる。


「Dランクなんだ、俺。なんでDランクのクエストを斡旋してくれないんだ?」


 カウンターの上にあるクエスト票を見ると、Eランクの採取クエストだった。

 魔物との遭遇頻度が低いものだ。

 後輩の斡旋は、マニュアル通りで、何も問題はない。問題があるとすれば、ぼそっと本音をこぼしてしまったことだろう。


「冒険者のみなさんは、仕事をこなすのが大切だとお考えでしょうが、ギルド職員はそうではありません。冒険者の方々の能力を考慮し、成功失敗、結果に関わらず、きちんとここまで報告しに来られるか――それを基準にしていることもあります。成功条件を満たしても、帰るまでに力尽きてしまえば、それは失敗以前の問題ですから」


「う……。でも、それはやってみないと……」


 戦闘能力の低い者に、敵との遭遇頻度が上がるDランククエストを斡旋することは難しい。

 だが逆に言えば、このレンダーの『分裂』というのは、自分だけで人手を作り出せるので、数が必要な採取クエストにはかなり向いている。


「態度には問題がありましたが、彼が斡旋したクエストは適正に思えます。己の能力を過信してクエストを受けた結果、報告に来られなくなった人は、珍しくありません。やってみますか?」


 ううう、とレンダーは唸り、黙り込んでしまった。

 まあ、これがマニュアル通りの対応というやつだ。


 ここからは、俺のオリジナルだ。


「やってみないとわからない――確かに、これには一理あります」


 話が終わったと思っていたのか、意外そうに後輩とレンダーがこっちを見る。

 Dランクを斡旋しないままだと、その危険度もわからない。

 そして、永遠にレンダーは不満を抱えることになる。


 だが、危険とわかっていて斡旋するわけにもいかない。


「僕がDランクを斡旋しましょう」

「先輩、い、いいんですか?」

「いいのか……?」


 俺はうなずく。


「はい。無暗に挑むことと挑戦するのは、話が別です。ただ、条件がひとつ。そのDランククエストは、こちらの彼女と組むことが条件です」


 蚊帳の外にいた俺の向かいに座る女性冒険者、ジュイスがびくんと反応した。

 目を丸くして、自分を指差している。


「え? わ、わたし、ですか? でもわたし、Eランクで……」


 マニュアル通りなら、もちろん無理だ。

 だが、組み合わせ次第では、お互いを引き立てる相乗効果が期待できる場合もある。


 単純な戦力の足し算ではなく、掛け算になる。

 今回はまさしくそれだ。


「ジュイスさんは、指定範囲を強化することが出来るスキルですよね」

「は、はい……広くはないというか、かなり狭い範囲ですが。でもポンコツで……使ったあとのクールタイムが長くて、連発できないんです……。持続時間も、クールタイムの半分ほどで……」


 自分で説明していくうちに、どんどん自信がなくなっていったようだ。

 俺も人のことは言えないが、弱スキルの部類だろう。


 手元の情報では、直径一メートルほどの円がその範囲。クールタイムは一時間ほど。


 魔法の素養も低く、Eランククエストを主に引き受けている冒険者だった。


「ジュイスさんがよろしければ、レンダーさんと組んで、Dランククエストをやってみませんか? お互いに、いい経験になると思います」


 情報では、レンダーは『分裂』というスキルだけあって、誰かと組んだことはないらしい。

 逆にジュイスは、組んでは解散し、組んでは解散することを繰り返している。強化スキルは魅力だが、使い勝手が悪いと思われるんだろう。


「じゃあ……よろしくお願いします」


 レンダーのほうを向いて、ぺこっと頭を下げるジュイス。


「こちらこそ」


 ぎこちなく挨拶をするレンダーとジュイスが握手をする。


 後輩は背筋を伸ばし、俺の対応を見学するつもり満々だった。


「こちらへどうぞ」


 俺はレンダーを自分の前の席に誘導し、席に着くと早速説明に入った。


「お二人に同じクエストをそれぞれ斡旋します。Eランクのジュイスさんは、本来受けることができないクエストですので、Dランクに上がったときに、はじめて実績としてカウントされます。報酬は、成功時に受け取ることができますので、ご安心ください」


 こうして俺は、二人に『ヤマバナソウの採取』というDランククエストを斡旋した。

 ヤマバナソウというのは、狩りに使われやすい痺れ薬の素になる毒草の一種だ。

 危険度はランク通り。


「お二人で力を合わせれば、問題ないでしょう」


 俺はそう言って二人を送り出した。


「……先輩。大丈夫なんですか? あの二人……」


 心配そうに見送る後輩がぽつりと訊いてきた。


「ヤマバナソウって、森の奥深い場所に生えている毒草ですし、二人になったからって危険度は変わらないと思うんですが……」


「レンダーさんは、採取系のクエストをこなし続けてきただけあって、森での知識や経験も豊富です。それらに裏打ちされる勘や予測はあながち馬鹿にはできないものです」


 肌感覚というべきか、俺も、暗殺(しごと)の経験を積んでいくにつれて、根拠のない『嫌な予感』というやつの精度は上がっていった。


「でも敵に対しての力は、お互い……」

「そうですね。それぞれが個人で戦えば危険です。ですが、『強化』使用後に『分裂』すれば、レンダー・マークⅡが複数出現します。数は力ですよ」


 分裂時に下がる能力は、三〇%ほどだという。

 個々の力は落ちて各個撃破されやすくなってしまうが、Dランククエストに出現する程度の魔物なら、囲んで数でゴリ押しすれば倒せる。


「なるほど……! 数は力、ですか」

「時と場合によりますよ? 今回は、事前に能力を底上げする存在がいるので、強気に出られる、ということです」

「マニュアル通りやってちゃダメなんですね」

「いえ、マニュアルは優秀です。それに従っていれば、ほとんど問題ないでしょう。ただ、何事にも例外はある、ということです」

「『数は力』『何事にも例外はある』……ふむふむ」


 後輩が、俺の発言をメモしている。

 復唱されると気恥ずかしいな。




 その日の夕方だった。

 レンダーとジュイスの二人が戻ってきた。


「お疲れ様でした。早かったですね。どうでしたか?」


 俺が尋ねると、二人はいい笑顔をした。

 斡旋されるクエストに不満だったレンダー、スキルに自信がなかったジュイス。


 二人の悩みは解消できたようだ。


 採取してきたヤマバナソウを俺が直々に鑑定する。

『プラントマスター』を取得してから、はじめての鑑定だ。


「はい。確かにヤマバナソウですね。状態もいい」

「レンダーさんが、茎の部分で手折るより土ごと掘ったほうがいいって、おっしゃって、それで」


 レンダーが照れくさそうにしている。


「戦闘もあったんですけど、ジュイスのおかげで、普段逃げてばかりの敵も倒せました」

「見たところ、苦戦もしなかったようですね。よかったです」

「はい。アルガンさん、鑑定もできるんですか」


「ええ。資格がありますので」

「何でもできるんですね」


「いえ、僕は何もできないですよ。だから、できることだけをしてるんです」


「か、カッケェ……」とレンダーが言うと、後ろのほうでぼそっと後輩も「カッケェ……」と言うのが聞こえた。


「ジュイスと、またアルガンさんに斡旋してもらおうって、帰り、話してたんです」

「また、お願いしてもいいですか?」

「もちろんです」


 それから、報酬を支払って帰る二人を見送った。

 今後も二人で組んで活動するようだ。


 俺の手が空くや否や、後輩がシュバッと頭を下げた。


「あの先輩、おれ、先輩の弟子になりたいです! 弟子にしてください!」

「……弟子にならなくても、教えられることがあれば教えますよ。一応、先輩なので」

「は、はい――――オナシャス!!」


 場所と環境、相方やパーティ次第で、弱スキルでも輝ける。

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