誘拐事件6
偽メイリ誘拐事件を解決したあと、俺はギルドでタイミングよく見かけた美少女戦隊の四人に個人的な護衛クエストをお願いした。
リーダーのイール含め、全員が二つ返事をしてくれた。
それ以来、城内は賑やかになった。
「ロラン様、聞いてほしいの。メイちゃんがボクの尻尾、掴んで引っ張ろうとするの」
朝食後、出勤しようと準備をしていると、半泣きのリャンが俺の部屋にやってきた。
よしよし、と頭を撫でて慰めようとしていると、慌ててメイリも駆け込んできた。
「ロラン、違う、違うの。引っ張ってない、引っ張ってないもん。モフモフだから触ってただけだから」
「どっちでもいい。仲良くしてくれ」
メイリに付きっ切りなので、護衛全員が部屋に来ることになった。
「……メイちゃんは、飽きっぽい……サコちゃんの次は、リャン」
小声でドワーフのサンズが言う。
適当に名付けられた『サコ』が、ツノラビの名前として定着してしまったようだ。
「飽きっぽくない。ちゃんとお世話してるもん」
「この前、餌をやり忘れてたので、わたしがやっておきましたよ?」
イールが微笑しながら言うと、餌を与え忘れに心当たりがあるメイリが、はっ、と顔を上げた。
「お、お母様には、内緒……内緒……サコちゃん、捨てられちゃうから」
「大丈夫です。レイテ様には何も言ってませんから」
ほう、と胸を撫で下ろすメイリに、イールは続けた。
「ですが、冒険だけじゃなく、ちゃんとお勉強もしてもらいますよ?」
「うっ……」
「でないと…………これ以上は言わなくてもおわかりですね?」
迫力のあるイールの笑顔に、メイリはこっちを見た。
「ロラン、イールが意地悪する……」
「してないだろ。おまえが、やるべきことから逃げているからそうなるんだ」
俺の後ろに隠れたリャンが顔を出した。
「そうなの。メイちゃんはすぐサボろうとするの」
「……でも、そのすぐ後ろで、リャンはいつもサコちゃんと遊んで、騒いで、邪魔してる」
「リャン、メイリの邪魔をするな」
「サンズ、どうして本当のこと言うの。ダメなの、ロラン様に告げ口しちゃ」
サンズの思わぬ裏切りにあったリャンだった。
というか、一番最初に告げ口をはじめたのはおまえだろうに。
「さ、エイリアス姫様はお勉強の時間だ」
俺が追い出そうとすると、メイリがぷうと膨れた。
「ロランは、すぐ仕事行っちゃう。帰って来ても全然遊んでくれない」
「ふふふ、ロラン様、レディが拗ねてしまいましたよ?」
イールが面白がって言った。
ロジェとスゥは、この様子を部屋の外から見ている。
「今、おまえの仕事は、勉強をすることだ」
「い、イヤっ。遊んでくれたら、勉強する」
「勉強したら遊んでやろう」
「むぅ……じゃあ、いいよ。抱っこして。お部屋まで連れてって」
これ以上譲歩はしてくれそうになかったので、俺はメイリを抱き上げて片腕で支えた。
「ずるいの。ボクもロラン様に抱っこしてほしいの」
「…………ロラン様の背中は、もらった」
サンズが俺の背中におぶさった。
「それじゃあ、わたしは片腕をお借りしますね」
イールが腕を組むと、ロジェが俺を指差した。
「ライリーラ様、あのだらしない顔をご覧ください。様々な女に囲まれて鼻の下を伸ばす……あれがあのニンゲンの本性です」
相変わらず、俺の好感度を下げようと必死だった。
その足下にいるライラは、くわぁ、とあくびをして、意に介してない様子だ。
「ロラン様は、いつも通りキリリとしていると思うけれど」
「スゥ、貴様……エルフでありながらあのニンゲンに与するのか……!」
「種族は関係ないでしょ。ロジェ様はお考えが古いのよ」
外では、ロジェとスゥが険のある視線を交わしていた。
エルフ同士なら気が合うと思ったが、そうじゃないらしい。
みんなが口々にしゃべりだし収拾がつかなくなったので、何も聞いてないフリをして、メイリだけを連れて俺は部屋までやってきた。
「勉強、頑張るんだぞ」
「うん」
するり、とライラが部屋の中に入る。
「護衛どもが今はおらぬが、しばしの間なら問題ないであろう。ウサ公と妾でどうとでもなる」
相当な自信だな。俺はそうとはとても思えないが。
「あれであのウサ公は、ペット道を弁えたアツい魂の持ち主ぞ」
「おまえとツノラビの間に一体何があったんだ」
「言わぬが花である。メイリのことは妾たちに任せて、そなたは行ってくるがよい」
ひょこっとメイリも顔を出した。
「ロラン、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
ライラとメイリに見送られ、俺は廊下を進む。ついでに、まだ騒がしく言い合っている護衛たちに、仕事に戻るように伝えた。
城の正門前ではミリアとアイリス支部長が待っていた。
「ロランさん、遅いですよー? 何してたんですか?」
「子守です」
「ふふふ。大変ね、ロランも」
「いえ、それほどでもないですよ」
俺たちは城下続くゆるやかな坂道を下りはじめた。
まだこの国は落ち着きそうにないが、冒険者ギルドがもっと広まれば、治安がよくなったり困ったりする人も減っていくのだろう。
そう思うと、この仕事にやりがいを感じないわけでもなかった。
◆
「……エイミー、どうやらエイリアス王女の誘拐は失敗したらしい」
バルバトス・ゲレーラ伯爵が、執務室でぼそっと独り言のようにつぶやく。
その背後に、ふっと女が姿を現した。
「知ってる。落とし前つけたの、アタシだし」
「そうだったな。同じことを同じ人間に言ってしまうのは、私の悪い癖だ」
羽ペンを動かしながら、書類にサインをしていくゲレーラ伯爵。
女は、机の端に尻を乗せた。
「ビクターの話じゃ、救出に来た男は、誘拐を知っていたかのように迅速に動いたらしい。あと、エイリアス王女は捕らえた部屋にいなかったそうだ」
「捕らえた部屋にいない? やれやれ、エイミー、君は空気でも攫って来たのかい?」
「確かに王女だったんだが……。それよりも、問題は事前に誘拐を知っていたやつがいたことだ。そいつに何らかの対策を立てられた――」
「見苦しいね、いいわけは」
「商会が一枚噛んでるから面倒なことになるんだよ。知ってる人間が多ければ多いほど、情報は漏れやすくなる。失敗がアタシの責任だとは思わない」
「まあ、ごもっともだ。あちらさんは、頭数は多いが質は悪い」
「救出に来たそいつは、ものの一分程度でビクターのスキルを破った。未知の相手に、しかも実戦中の一分程度で、ビクターの能力を分析して攻撃を成功させた。相当な手練れだ。かなりヤバい。アタシでも警戒するレベルだよ」
淀みなく動いていたゲレーラ伯爵の手が、ぴたりと止まった。
「……珍しい。君が、他人を褒めるとは」
机に尻を乗せたエイミーに構うことなく、ゲレーラ伯爵は書類を黙読する。
「連絡がつかないから最終手段の手紙を送ったのに、それも読んでないんだろう? 私は悲しいよ、エイミー。せっかくのラブレターなのに」
「そいつは、惜しいことをした。だが、運がよかったな、バルバトス。もしアタシが読んで、中身がラブレターだったら、そこらじゅうに晒してたよ」
まったく話を聞いてないゲレーラ伯爵は、書類を見て独り言をぼそぼそとつぶやきながら、羽ペンを動かす。
「アタシが選んだ護衛用の暗殺者、使えるだろ? 『特務公安課』だったか? そいつが来ても安心だよ。あんたを守ってくれるさ」
「私は、君に護衛をしてほしいのだけれどね。ま、ジョーカーはこき使うのが私のやり方だ。場に出ない切り札に価値はないからね」
「金は集まりそうかい?」
「すぐに、というわけじゃないが、目途は立ちつつある。誘拐が成功していれば、もっと楽だったんだけれど」
「嫌み言うなよ。目途立ったんだからいいだろ。しかし、久しぶりに会って、あれこれ話を聞いたときにゃ、びっくりしたよ。いつの間にか野心家になっちゃって。クス」
「フェリンド王国を潰すことが、君にはそんなに野心的に映ったのかい?」
「規模のデカさと周到さに驚いたんだ。バーデンの議会を牛耳らせて、後ろ盾を得るつもりなんだろ? よく考えてんなーと思ってさ。フェリンドの貴族のくせに」
「ランドルフ王が不正を糺して罰している今が、国内の貴族連中を味方につける好機なんだよ、わかるかい、エイミー。不正をしてない清廉潔白な領主のほうが少ないんだ。粛清対象が、明日は自分になるかもと怯えるのは当然だ。そんな男がこの国の王なら……」
「……この国の王なら? 何?」
ゲレーラ伯爵が羽ペンの手を止めると、エイミーと目が合った。
「消えてもらおう」
「つっても、一筋縄じゃいかないだろうに。王都フィンランの城には英雄がいる。世界を救った、正真正銘の大英雄だ」
「その通り。かの勇者王女様はいずれ『フェリンド崩し』の障害となる。この件は、直接会って相談したかったんだよ、エイミー」
「……」
「私はね、ジョーカーはこき使う方針なんだ。取っておくのはもったいないからね。だが、君でもさすがに荷が重い仕事かもしれない」
「はっきり言えよ。その仕事が面白そうならやってやんよ」
「誘拐なんて中途半端な仕事じゃない。今度は、英雄殺しだ」
「面白ぇじゃん」
今回で第4章終了です。




