誘拐事件5
ビクターから話を聞いたあと、俺はツノラビと一緒にギルドまで帰ってきた。
その頃には、ライラとロジェはギルドにいて、メイリと一緒に職場見学をしていた。
ロジェは、俺と目が合うとさっと視線を逸らした。
「ぐぅぅぅぅ……」
そう唸ったロジェだったが、小声で小さく頭を下げた。
「……すまない」
「いや、いい。保険が役に立ってよかった」
不思議そうな顔をするメイリにツノラビを渡す。
「わぁぁ……ウサちゃん、連れてきてくれたのー?」
「ああ。おまえに会いたそうにしていたからな」
俺は、ぎゅっとツノラビを抱きしめるメイリの頭を撫でた。
今回の件は、レイテに報告しておく必要があるだろう。
俺ならいつ来てくれても構わない、とレイテは言ってくれたので、遠慮なく私室の扉をノックした。
「ロランです。レイテ様にご報告をしたいことがあります」
「どうぞ、中へ」
扉を開けて入ると、レイテは何かの書類とにらめっこをしていた。
「お忙しいですか?」
「敬語はやめて。今は二人きりよ?」
微笑を浮かべながらレイテが言うので、そうだったな、と俺は口調を普段通りのものにする。
「端的に言うと、メイリ――エイリアスが誘拐された」
「え――っ!? でも、さっき……」
「ああ。事前に敵の動きを察知していたので、あらかじめ準備はしていた。正確には、メイリの偽物が誘拐された」
今日あった出来事を、一から俺は教えていった。
「一時間ほどとはいえそんなことが……。未然に防いでくれたのね。ありがとう、ロラン」
「礼は不要だ」
「ううん。それでも、お礼は言わせて。それが突如起きたら、わたくしは何も手につかないでしょうし……精神的にも、かなり参ってしまうと思うから……」
「気にしないでいい。あの子は……俺にとって大事な存在だ」
確か、こう呼んだほうがわかりやすいとディーに言われた。
「ふふ。エイリアスは、すごい人に目をかけてもらっているのね」
ビクターの話では、失敗した標的をもう一度攫うことはないそうだ。
警備側の警戒度が跳ね上がるからな。もう一度攫おうとするくらいなら、別の人間を狙ったほうが効率的だ。
だが、警戒しておくことに越したことはない。
「嫌がるだろうが、今後はロジェの他にも護衛を用意しよう。護衛っぽくない護衛のほうが、メイリも気楽だろう。俺がよく知る冒険者でいいのなら手配しよう」
その提案をレイテは承知してくれた。
城内はその護衛たちが守り、城外に出るときは、それに加えて騎士の数を増やす、ということにした。
その護衛役で思い浮かんだのは、美少女戦隊の四人だった。
あの四人なら、メイリとも仲良くできそうだ。
個人の力量ではまだまだだが、護衛を複数人にした場合、重要視されるのは連携だった。
『守る』には、いくつか種類がある。
迫ってくる敵を撃退するのも『守る』だし、迫ってくる敵に負けても対象が無事ならそれは『守る』だ。
複数ならやりようはいくらでもある
「犯人たちのことを、そのうちの一人であるビクターという男から聞いた」
ビクターの情報と、ディーが情報をベイルから吸い上げているおかげで、全貌が見えてきた。
「今回、メイリの誘拐には二種類の人間が絡んでいた。以前話した、ウェルガー商会が裏でやっている密かな商売を行う実働部隊と、そのウェルガー商会から依頼を受けた腕利きの人間。この二種類だ」
ベイルは商会側。ビクターは依頼を受けた、いわゆる裏ギルドの『冒険者』といったところだ。
ビクターも詳しくは知らないが、メイリを直接誘拐した人物も同じく依頼を受けた『冒険者』だそうだ。
そして、俺があの家で殺したのは商会側の人間だったという。
ビクターが受けた依頼は、誘拐した人物を奪還に現れる人物から守るというものだった。
『姫様を攫ってきたのは、若い女でマリアと名乗ったよ。そいつがそのままここにいればいいじゃないかって思うだろう? 当初はそうだったけど、そういう契約に変えたらしい。ワガママな女だった。攫うところが面白そうだから受けた、そのあと守るのはつまらない――なんて言っていた』
マリア……聞かない名だった。
勇者パーティに参加して以来、業界を離れて四年になるが、最近名が売れはじめた人物だろうか。
裏社会では、ある程度腕を上げ仕事をこなしていくと、名前は変えない者が多い。
ネームバリューがあると、依頼も増えるからだ。
もっとも、業界で広まるのは、偽名や本名などではなく通り名のほうだが。
俺は、師匠がそうしていたように、信用できる相手以外は常に名前を変えた。
通り名なんてものもない。業界で何と呼ばれているのかも知らない。
『俺は何々って一部では呼ばれてる。あいつを殺ったのも俺さ』と自ら口にしてイキがるやつに、一流はいない。少なくとも俺は知らない。
半年もすれば耳にしなくなる通り名ばかりだから、覚える意味もなかった。
内容次第では、意識的に記憶から仕事の情報を消した。覚えていてもリスクが高まるだけだからな。
覚えていてそれを隠そうとするやつと、まったく記憶にないやつでは、行動がまるで違ってくる。
忘れる、というのが一番のカモフラージュになった。
まあ、過去の依頼主の顔を見れば、思い出す仕事も中にはある。
「ウェルガー商会のことを少し調べさせたわ。四割ほど不透明な資金があるみたい。とは言っても、さすがに潰すまでは……色んな商人を束ねている商会だから」
「どこまで腐っているかにもよる。最初から潰すつもりでなくてもいいと思う」
そうね、とレイテがうなずく。
「ビクターは、今回商会の案件を仲介する組織経由で仕事を受けた男だった。こいつらは確実に素人ではない。今、商会は色々と裏では活発だから、今後もこの手の人物が現れるだろう、と言っていた」
「今後も……」
レイテは不安そうに表情を曇らせた。
「俺たちも常に動向を把握していく。大事に至らないように努力する」
「ありがとう。本当に頼もしいわ、ロランは」
こうして、俺はレイテに今回の件の報告を終えた。
城からギルドへの帰り道、ビクターのことを思い出した。
どこまでしゃべってくれるのかと思ったら、知っている限りのことをほとんどしゃべってくれた。
『いいのか。こんなに話しても』
『構わないよ。僕を殺せる人間は、きっと君だけだろうから』
『「絶対防御」か……実に便利なスキルだ』
『でしょ? 冒険者ギルド……だっけ。僕も、そっちの仕事をしてみたいな。こっちよりも楽しそうだ』
『裏の仕事より報酬は割安だぞ』
『構わないよ』
ビクターは、メイリの誘拐を企図してもいないし、実際攫ったのも別人物。
奪還阻止のためにそこにいたが、『メイリ』がいない以上、戦う理由も殺す理由もなかった。
俺は『興味があるなら、王都の冒険者ギルドに来い。おまえの能力なら歓迎する』そう言い残して、ビクターと別れた。
ビクターは、きっと俺と違って根は善人なのだろう。だから、どこかで冒険者ギルドにふらっと現れるのではないかと期待した。
……だが、ビクターは来なかった。
一週間後、死体として見つかった。湖のほとりにいたところを釣り人が発見したそうだ。
状態を確認したところ、刺殺されていた。
短剣か、それよりも短い刃渡りの得物で、胸をひと突き。
惚れ惚れするような技だった。苦しむこともなかっただろう。
それが不幸中の幸いだろうか。
ビクターは、スキルを過信する自信家でもあった。過信するのも致し方ないほど、強力なスキルだった。だが『絶対防御』には穴がある。
防御に、絶対は存在しないのだ。
身から出た錆びだろうと思うのと同時に、裏社会というのはそう甘いものではないというのを、俺は改めて思った。




