誘拐事件2
ちょっとだけ時系列が前後します。
◆ロラン◆
『メイリ』が誘拐される数日前――――。
「メイリに危険が及ぶかもしれない」
俺は宿屋の一室で、ライラとロジェにウェルガー商会のことを説明した。
「ディーから情報が入った。ウェルガー商会という商業ギルドが裏で多額の資金を集めている。密猟による密売や危険薬物の売買で資金を得ているようだが、手っ取り早くまとまった金を得ようと現在動いている」
ディーの話では、ベイルの『仕事が忙しくなる』らしい。
「この国の貴族の子供を標的にしても、引き出せる金は高が知れている。他国の貴族を狙うのであればいいが、どうやら、王家に目をつけたそうだ」
ふむふむ、とライラがうなずく。
「そこで、妾たちがメイリの護衛をする、ということか」
「ライリーラ様、頑張りましょう!」
「うむ。妾の采配があれば、悪党などメイリに指一本触れることはできぬぞ」
「はいっ、その通りです! さすがライリーラ様です!」
自信満々な主と、頭の悪い太鼓持ちの部下だった。
「ライラ、おまえは猫の姿でペットのように付き添え。そちらのほうが小回りが利いて便利だ」
「猫の姿は狭いところも楽々通れるからな。それに敵を欺くことも容易い」
「ライラはメイリのペットとして常に一緒にいてもらう。冒険活動も休止してツノラビの飼育期間に入る――という体でいく。ロジェ・サンドソング、おまえは護衛だ」
二人は同時にうなずいた。
「メイリの影武者を作る。ロジェ・サンドソング、おまえの手が必要だ」
「……貴様、ワタシとライリーラ様を見くびっているな? 少々の悪党など敵ではないぞ」
ロジェはそう言うが、ライラは得心が言ったらしい。
「万が一の保険、ということか」
「そういうことだ」
「保険などと……近衛隊長だったワタシもナメられたものだ」
心外そうにロジェはフンと鼻を鳴らした。
「並みの敵なら問題ないだろうが、心配事がひとつだけある。もしそれが当たれば……取り返しのつかないことになる」
「慎重なんだな、ニンゲン」
まあな、と俺は言う。
「敵にどんなやつがいるのか知っておきたい。可能ならディーが調べられないような情報を得たい」
俺の目的を話してもロジェの表情は硬いままだ。
ライラを巻き込んでしまう可能性があるからだろう。
「『シャドウ』を影武者にする。ダークエルフに化けていたおまえなら、『メイリ』を作れるんじゃないか?」
そういう魔法があると、以前聞いたことがあった。
果たして、その返答はイエスだった。
だが、『シャドウ』から俺へ情報を送ることはできないという。
「その誘拐犯が現れワタシが撃退した場合、貴様には土下座をしてもらう! ワタシの実力を侮った罰としてなっ!」
目尻を吊り上げて、ロジェが俺を指差した。
「いいだろう。未然に防いだなら、何でもしてやる」
「その言葉、忘れるなよ」
ともかく、護衛が本職のロジェは自信満々だった。
◆ライラ
「ううむ……妾ごと見事に囚われてしまったな……」
ロランの目的は、誘拐を未然に防ぐというより、敵の力量や戦力を測る、いわば情報収集にあるようだった。
本気で未然に防ぐつもりであれば、自分が終始護衛をしていればいいのだし。
現に、本物のメイリは今ギルドにいるようだし、未然に防いでいるといえばその通りだった。
「しかし、本物と何ら遜色がなかったな、偽メイリは……。妾が教えたとはいえ『シャドウ』をここまで見事に操るとは……恐ろしい男だ」
ベッドにいる偽メイリは、どうやら眠っているだけのようだった。
ほとんど本物にしか見えないので変に感情移入してしまう。
「このまま放っておけばいいが、ウサ公はどうなるかわからぬ。ロランのところへ行き、報告をせねば……しかし、届くか……?」
出られそうな場所は嵌め殺しの格子窓だけ。
壁に爪を引っかければ、猫の姿ならどうにかよじ登れそうだが、いかんせん高い。
ライラは、まだ何か食べ物を探して床をくんくんと嗅いでいるツノラビを呼んだ。
「おい、ウサ公。手を貸せ」
くりっとライラを見たツノラビは、また食べ物探しに戻ってしまった。
「くッ。バカウサギめ……! 妾一人で何とかするしか……」
ベッドに上って、唯一のテーブルにジャンプ。着地と同時に、壁へと飛んだ。
ぺしゃん、と壁に全身を打ちつけたが、爪が壁に引っ掛かってくれた。
「よし、この調子で……」
後ろ脚を動かし、とっかかりを探すがなかなか見つからない。
「うぐぐぐぐぐ……」
そうしているうちに、ずるずると下へ落ちてしまった。
のん気に餌探しに夢中になっているツノラビをライラは睨んだ。
「ウサ公、そなたはメイリに命を救われた身! 放っておけば、そなたは干し肉にされておったのだ。そこをメイリが飼うと言い出したのだ。ここで恩を返そうとは思わぬのかっ! 今回はよかったが、あの悪党どもを放っておけば、やがてメイリに害をなすぞ!」
じいーっとツノラビはライラを見つめてくる。
「フン。下級の魔物は言語を理解する知能は持たぬようだな」
恨み言をこぼして、もう一度ジャンプするため、ベッドへ上がる。すると、ぴょん、とツノラビがジャンプしてテーブルの上にのった。
「おぉぉ……妾の熱意が通じた。うむうむ。貫くは仁義なり。これぞペット道である」
ライラもテーブルへ飛ぶと、ツノラビの背にのった。
サイズは同じくらいなので、飛べるのだろうかと心配になった。
「妾が乗っても問題ないか?」
返答は何もなかったが、拒否しないのでオーケーということにしておいた。
「よいか。そなたが、あの壁へジャンプをする。そのあと、妾がさらにジャンプをする。踏み台にしてすまぬ。そうすれば、あの小さな窓にも届くであろう。何、心配は要らぬ。妾は今は猫。しなやかなバネと脚力で届かせてみせよう。そなたのジャンプ力に期待しておるぞ」
モフモフ、とライラはツノラビの頭を撫でた。
「三、二、一、の一で、ジャンプす――」
全然聞いてないツノラビがぴょーんっ、とテーブルからジャンプした。
「うにゃあああああ!? 今ジャンプしてどうするっ!」
だが、自分で飛んだときよりツノラビは高く飛んでいた。
「うぅ――――にゃっ!」
ツノラビの背を踏み台にしたライラは、そこからさらに上めがけてジャンプ。
ガシッと窓の縁を爪でひっかけ、足をじたばたさせながら登り切った。
「すべて事もなく済んだあかつきには、褒美を取らす。魔王からそなたにレタスふた玉だ。光栄に思うがよい。妾は助けを呼んでくる。それまで、偽物ではあるがメイリを頼む」
尻尾をふりん、と翻し、格子をすり抜けてライラは外へ出た。
「ロランにこのことを伝えねば――! しかし、ロジェは一体何をしておる!」
全速力でライラはロランのいるギルドを目指した。
一方、ロジェはというと――。
ライラと偽メイリが、ルーノと城内の廊下を歩いていたところまでは、見守っていたのだが……。
「あれっ……!? あれれれ? あるえええええええ!? いないっ!? ライリーラ様と偽メイリが!! ルーノもだ! いない!?!?!? なぜ!?!?!?」
彼女たちの姿が一瞬にして消えてしまい、テンパっていた。
「護衛が対象を見失ってどうする! いや、きっとおトイレに行っているだけだ! ……る、ルーノ! ルーノはどこだ!? ら、ライリーラ様ぁあああ? どこですかぁぁぁぁぁぁぁあ? 侮るなとあの男に大見得を切ってしまったのにぃ、ま、まずい……! ……い、いや、まだだ! まだ見失ってなどいない――ッ!!」
完全に見失っていた。




