誘拐事件1
◆ライラ
ライラはロランから、メイリがしばらく冒険を休むと報告を受けていた。
それと同時に、一緒にいてやってくれ、とも言われていた。
「今日は、散歩しましょうねー」
メイリの隣の部屋は、丸ごとツノラビの小屋……もとい部屋となっており、飼うことに決まってからというもの、メイリはここでツノラビの世話をしていた。
茶色のツノラビを抱き上げて、ぎゅうとメイリは抱きしめる。
それを、ライラはつまらなさそうに見ていた。
「まったく……この妾がお守りをしなければならぬとは……」
気だるそうに言って、足で耳の後ろをかいた。
不満を口にしつつも、メイリが冒険をしないのであればどの道暇になってしまうので、一日を昼寝で過ごすよりはマシではあった。
「ライラちゃん、この子の名前、何がいいと思う?」
「妾のペットではない。そなたの好きにすればよいであろう」
「だって、ライラちゃん、お名前つけるの上手なんでしょ?」
「ウサ公でよい。そのような下級の魔物、森で困ったときの非常食みたいなものぞ」
実際、ロランの生家を訪れたとき、捕まえたツノラビをロランが調理をして美味しくいただいた。
「しかし、上手いな……何の遜色もない……」
メイリを見て、ぼそりとライラはつぶやく。
「ウサちゃんは、非常食じゃないよ。わたし、食べないもん。ウサコだとそのままだから、ウを取ってサコにする。サコちゃん……サコちゃん?」
呼ばれたツノラビは、くりっとメイリのほうへ顔をむけた。
ツノラビにメイリは頬ずりをする。
「えへへ、ふかふかであったかくて可愛い……。反応したから、これでいいよね」
「忘れておるかもしれぬが、この姿の妾も、それはそれは、ふかふかであったかくて、抱き上げれば心地よいものであるぞ?」
「うん。知ってるー」
生返事をするメイリは、ライラのアピールをさらっと流し、ツノラビに首輪をつけてそれに繋がる紐を持った。
「サコちゃん、お散歩行こうー?」
メイリが歩くと、四肢を動かしぴょんぴょん、と跳ねながらツノラビも移動する。
「ううむ……」
茶色の丸い尻尾に、短い脚、ふわふわの毛と柔らかそうな尻……。
「ぐう……。み、認めたくはないが、可愛い……妾も、一匹ほしい……」
ぽろっと敗北宣言をしたライラも、一人と一匹のあとについていく。
余計な混乱を招くため、この姿でしゃべるのはメイリの前だけにしていた。
城内をメイリは楽しそうに散歩させていき、中庭に出てツノラビを放し、追いかけっこをして遊びはじめた。
「あら、エイリアス様、何をしておられるのですか?」
廊下を通りがかった侍女のルーノが窓から顔を出した。
「サコちゃん……この子と遊んでるの」
「それは大変楽しそうでございますね」
にこにこ、と穏やかそうな笑顔を浮かべるルーノは、城からの送り迎えをしていたのでライラもよく知る女だった。
「エイリアス様、そのツノラビのよい餌があるのですが」
「えーっ、ほんと!?」
「ええ、もちろんです。レイテ様には内緒ですよ?」
「うんうん! お母様には、内緒……」
「では、こちらにいらしてください。ご案内いたします」
「サコちゃん、よかったね。美味しいご飯が食べれるよ?」
メイリの言葉なんて聞いてないツノラビは、短く刈り揃えている芝を食んでいる。
いい餌……? 草なら雑草でも好物と言えるツノラビに?
内心首をかしげたライラだったが、そういえば、と自分の過去を振り返る。
姫の機嫌を取りたがる侍女はよくいる。
ルーノもその類いの侍女なのだろう。
あらかじめ仲良くしておけば、機嫌を悪くしたときや我がままを言って駄々をこねたときに、話を聞いてもらいやすい――。
そういった、小ずるい打算がどこかにあるのだろう。
「…………だが、そういう女であったか……?」
記憶にあるルーノと照らし合わせ、ライラは花壇の陰を利用してメイリに近づき、スカートの中に入る。
「ひゃ。ライラちゃん、何してるの……?」
「静かにせよ」
不思議そうにしたメイリには構わず、ライラは服の内側でメイリの背をのぼる。
「爪が痛いよ、ライラちゃん」
「我慢せよ」
ルーノがまたひと言「さあさあ、エイリアス様」とメイリを促した。
ツノラビを連れて廊下へ戻ると、ルーノの案内で歩いていく。
「どんな餌なの?」
「これがバレてしまうと、わたくし、レイテ様に叱られてしまいます。『世話はエイリアス一人でやるものです』と。なので、その場に着いたときにご説明申し上げます」
和やかにルーノと話しながら、先を進む。
今どこにいるのか、とこっそりとライラが顔を出す。
周囲に誰もいない日に陰った廊下は、それまで日向にいたせいか一層薄暗く見えた。
またメイリの服の中に隠れた瞬間だった。
ふっ、とメイリの力が抜けるのがわかった。足下から崩れるメイリを、誰かが支えた。
「……」
他に人はいないはず。ルーノが何かをやったのだろう。
「……ウサギと服の中の猫、どうしようなぁ……」
ギクッ、とライラは身を硬くした。
ば、バレている。
口調も砕けたもので、ライラの知っている彼女の声音とはかけ離れていた。
「まあ、姫様が可哀想だし一緒に連れて行ってやるか」
軽々とメイリの体を抱えて、ルーノが移動をはじめた。
おそらく、一〇も数えなかったのではないか。
「服の中にいると潰れっぞー?」
ルーノにそう言われ、ライラは服の外に出た。ベッドの上に着地し、そこから下りてあたりを見回す。
粗末な部屋で、少しカビくさい。古そうなベッドにルーノがメイリを寝かせていた。
ツノラビは、まだ食い足りないのか、埃っぽい床に顔を近づけて、鼻ひくひくと動かしている。
嵌め殺しの格子窓のむこうには、うっすらと王城が見えた。
今いる場所は、城の外にあるどこかの部屋らしい。
魔法を使えば、さすがにこの姿で魔力を失ったライラでもわかる。
だが、そうした気配は一切ないまま、城内からここまで移動してみせた。
この『ルーノ』は、何者だろうか。ライラの知る彼女が、こんな芸当ができるとも思えない。
コキコキ、と首を曲げて鳴らした『ルーノ』が、後ろのライラとツノラビを振り返った。
「猫とウサギって何食うんだっけ? ま、いっか。アタシの仕事はこれで終いだしな」
人差し指にかけた鍵をくるんくるん、と回しながら、彼女は部屋をあとにし、鍵をかけた。
「あやつが想定した通りの誘拐、か。このことを報告せねば――」
「あぁぁ! やーっぱりか!」
「っ!?」
声にライラはびくっと肩をすくめた。
そっと振り返ると、扉にあるのぞき窓から『ルーノ』がこっちをじっと見つめている。
「なんか変な気配するなーって思ったんだよな。ただの猫じゃないってのは、アタシもすぐわかったんだけどよ。城の人? 姫様の護衛?」
「……似たようなものだ」
「ふうん。ま、手荒なことはしないはずだし……悪いようにはしないから、変な真似しないでくれよ? 誰も死にゃしないって話だから」
「何故この子を攫った」
「まとまった金が欲しいんだってさ。んなことよりもさあ、それって何? 魔法? スキル? 何で猫なの? 乗り移ってる? それとも猫に変身してんの?」
「誘拐犯に語る言葉はもたぬ。失せるがよい」
「まあまあ、そう言うなよ」
ライラの体の周囲を、何かの気配が走る感触があった。
『スキル看破』に似た魔法を使われたとわかった。
もし『鑑定』に類するスキルを使われていれば、猫の中身が何なのかバレる――。
「……なんだ。スキルや魔法で猫になってるわけじゃないのな」
つまらなさそうに『ルーノ』は言うが、ライラは安堵のため息をひとつした。
どうやら、使ったスキルは『鑑定』ではなかったらしい。
「スキルを持ってなくて、猫でしゃべれるってことは、アンタ、人間じゃないな?」
「……」
ちらり、とライラはメイリを見る。
ロランの『シャドウ』を見破ることはできなかったらしい。
ずいぶん察しのいい誘拐犯だが、魔族の上位魔法にまで精通しているわけではないようだ。
「猫がしゃべれるようになったパターンか……いや、猫によく似たしゃべれる魔物……? にしては魔力を感じないんだよなぁ……。てことは、しゃべれるようになった猫か。…………ステキかよ……」
まあいいか、とひと言言うと、のぞき窓から見える彼女の顔や瞳の色が、がらりと変化する。
「さっきアタシが演った女は、ちゃんと生きてる。安心してくれ。じゃあな。珍しい猫ちゃん」
そう言い残して『ルーノ』だった女は扉に鍵をかけて立ち去っていった。




