採取クエストからはじまるAtoZ5
◆ベイル
ウェルガー商会は、表向きは商人を束ねるギルドとして知られているが、裏の顔は別。
各国で禁止されている薬物の流通、売買、他には、禁猟指定の魔物や魔獣、動植物を盗り一部の収集家に売買することをしている。
「とまあ、おれが知っているのは、それくらい」
ベイルは、わかる範囲内でウェルガー商会のことをキャンディに教えた。
それが一端なのか、全部なのか、ベイルにもわからなかった。
命を救ってくれた礼として情報を提供したが、ふと我に返り、言ってしまってよかったのかと自問した。
「そうなのぅ。危険なことをしていたのねぇ」
「これは内緒で……二人だけの、秘密」
慌ててベイルが言うと、キャンディはくすっと笑った。
「大丈夫よぅ。わたくし、口は固いから」
「でも、もう、おれはどうせ商会からは死人扱いされているだろうし、自由なんだ」
危険なことはもうしないと、暗に伝えたつもりだった。
「まあ、自由どころか、元々、おれはそんなに大したことはしてなかったんだけど」
自嘲に頬をゆるめると、キャンディに鼻をパシン、と指で弾かれた。
「ダメよぅ、そんなこと言っちゃ。ベイル君は、自分で思っているよりも、とぉーっても優秀なんだから。いっぱい働けるわよぉ」
「そ、そうかな」
真面目な目で見つめるキャンディの視線に耐えかねて、ベイルは視線を手元に落とした。
キャンディに助けられて一週間。まだときどき痛むが、怪我の具合はずいぶんとよくなり、身の振り方を考えているところだった。
「キャンディ」
「なぁに?」
「君は根無し草なんだろ? ルーベンス神王国の田舎町が、おれの故郷なんだ」
「あらあら、そうだったのぅ。ルーベンス神王国は、行ったことないわぁ」
「だ、だから……その、おれと一緒に、故郷に戻ってほしい――」
自分で言っておいて、思いきったことを言ったな、と思った。
冒険活動を休んでいるのか、彼女は、ずっと看病をしてくれた。きっと怪我が治れば、どこかへ行ってしまうんだろう。
「きちんと、お礼もしたい。君は命の恩人だから」
「そうねぇ……」
考えるようにキャンディは目を伏せる。
何かに思い耽る横顔を見ると、睫毛が長いことがよくわかる。それは、微笑とはまた違う美しさがあった。
「考えておくわぁ」
「え。本当に? 考えてくれるの?」
「さっきそう言ったと思うけれどぉ」
頬に手を当てて、微笑む姿は女神のような尊さがあった。
「あ、ありがとう。返事は、いつ頃に……?」
「ううーん。あなたがお仕事を頑張れるようになったら……かしらぁ?」
「そ、そっか。おれ、頑張るよ! ちゃんと元通り体を動かせるようになるし――」
「ベイル君は、危ないことはしないって遠回しに言ったけれど、わたくし、悪い男が大好きなのぅ……無慈悲で、残酷で、とっても悪い男が」
恍惚の表情で語るキャンディが、うっとりとため息をひとつ吐いた。
「じゃ、じゃあ、おれが世間的に悪いことをしても、気にしない?」
「全然気にしないわぁ」
「それなら、よかった」
珍しいタイプの女だと思った。
だが、それでいいなら、ウェルガー商会に戻って仕事をしたほうがいいのかもしれない。
稼ぎだって、他の仕事に比べたらずいぶんといい。
キャンディが悪い男が好きなのであれば、なおさらだ。
それからさらに三日。
キャンディの看病のかいあって、痛みは少し残るものの、日常生活を送ることに支障はなくなりベイルは仕事に戻った。
キャンディを故郷に連れて帰るためでもあるし、帰郷してしばらくは困らない金を稼ぐためでもあった。
怪我をしたあの日から、キャンディが使っている宿で生活していたベイルは、彼女の厚意に甘え、仕事に復帰してからもその宿を利用していた。
「お帰りなさい。お疲れかしらぁ?」
遅くに帰ろうが昼過ぎに帰ろうが、キャンディは、女神のような微笑でベイルを迎えてくれた。
自分たちのこの関係は何なのだろう、と疑問に思ったベイルは、気の置けない仕事仲間に訊いてみた。
「宿に帰ったら美人が出迎えてくれるだァ? ハァ? 自慢かよ……死んでくれ……」
「自慢とかじゃなくて、真面目な話なんだ」
「美人な女神と半同棲……ヤりまくりってか。カァー、うらやましい」
酒場で酒を飲んでいたせいか、下世話な話題もお互い抵抗はなかった。
「全然。ヤってねえから」
「え。何……美人過ぎて気が引けるとか? 宿屋ってことはベッドひとつだろ」
「ふたつだよ」
「は? 何でふたつなんだよ。冒険者? だっけか? そんな仕事してる根無し草が、元々取ってた宿でおまえらは暮らしてるんだろ?」
「あれ……? 冒険者で根無し草……でも、宿はベッドがふたつの部屋……?」
「妄想は勘弁してくれよぉ」
「違う! 妄想なんかじゃない」
「じゃ、パターン1。おまえと同じような男が、元々その女神には何人かいる。これは、ありがちなやつだな。おまえがいない間、クソビッチな女神はその宿で他の男とイイコトしてるんだ」
「言わないでくれよ。聞きたくもない」
「次、パターン2。たまたま、ベッドがひとつの部屋が空いてなかった。パターン3も似たようなもので――狭い部屋はあまり好きじゃなく、広めの部屋にしたら偶然ベッドがふたつだった」
「じゃあパターン2だよ、2。あの宿、結構繁盛してるみたいだし」
「おい、まだパターン4がある。もしこれなら最悪。……都合よすぎねえか? って話」
「都合いい? 何が?」
「怪我をしたおまえの命を救う――ここまではいい。面がよくても中身がゴミなんて女腐るほどいるが、まあそんな聖女みたいな女も稀だがいないことはない。オレも、仲のいいおまえが死ぬこともなく、胸を痛めないで済んだ」
皮肉っぽく言って、麦酒の入ったジョッキをぐいっと傾け、一度間を開けて先を続けた。
「オレが引っかかったのは、そのあと。……なんで、おまえが仕事をはじめても女神サマはいなくならねんだ? それどころか、仕事から帰れば出迎えてくれる……不自然じゃねえか?」
「バカ……決まってんだろ。きっと彼女が、心を決めてくれたからだよ。だから、離れることなく見送りも出迎えもしてくれるんだ」
「なあ……おまえ、大丈夫か? …………騙されてねえか?」
「そんなわけないだろ」
「オイオイオイ、大事な情報……漏らしたりしてねえだろうな?」
「そんなことするかよ」
「まあ、そうだよな。さすがに……新しい『仕事』の話をしたりなんて……なあ?」
ガハハと笑う同僚に、とベイルは肩をバシバシと叩かれた。




