採取クエストからはじまるAtoZ4
メイリを迎えにきた騎士数名と侍女のルーノと一緒に、俺は王城へやってきた。
「ロランが、お母様を説得してくれるの?」
ツノラビを胸に抱いたメイリが、こっちを見上げた。
「説得とは言うが、ツノラビ一匹飼うくらいで、レイテが反対するとは思えないが……」
溺愛している印象があった。生き残った唯一の家族で娘だ。
だが、侍女のルーノは首を振った。
「女王様は、エイリアス様を甘やかすことはされないのです。ロラン様」
「そうでしたか」
長い廊下を進み、玉座の間と呼ばれる広間を通り抜け、レイテの私室の前までやってきた。
メイリがノックして用件を伝えると、扉越しに返事があった。
「返してきなさい。命を軽々しく扱ってはなりません」
キツめの声音にメイリの表情が曇ると、こっちにそっと目線を向けてきた。
俺の出番、というわけか。
「レイテ様。ロランです」
「あら、ロランさんもご一緒でしたか。それならそうと、仰ってくださればよいものを」
扉を開けてレイテが出てくると、ルーノと騎士たちは一礼をして去っていく。
メイリと一緒に中へ入ると、ソファに掛けるように勧められ、そこに腰を落ち着けた。
天蓋付きのベッドと、あとはテーブルといくつかの椅子があるだけの、女王の私室というには質素な部屋だった。
「ロラン、こっち、こっちのほうがふかふか!」
ベッドに腰かけたメイリがベッドを叩く。
「エイリアス! そこは座る場所ではありません」
「はい……お母様」
しゅん、としたメイリが、レイテから隠れるように、俺の背後までやってきた。
「ロランさんを盾にして……もう。それで、今回はウサギですか」
レイテが呆れたように鼻息を吐いた。
「今回?」
「はい。今まで、猫や犬、小鳥、あれこれ拾ってきては飼いたいと……」
「なるほど。一度くらい飼ってみれば、どれほど世話が大変か身に染みるのではないですか?」
「それは、きちんとお世話をすればの話です。どうせ侍女に任せきりで、ときどき餌をあげるくらいのことしかしないでしょう」
俺の背後を覗き込むように首を伸ばすレイテ。
「し、します……ちゃんと、します。ウサちゃんのお部屋のお掃除と、お水をあげて、散歩をして、餌をあげて……いい子いい子、します」
ツノラビに散歩が必要だとは思えないが……。
倒したことはあるが、飼ったことはさすがに俺もない。
「エイリアス、あなたは冒険者なのでしょう? 朝から城を出ていき、夕方には戻って来ていますが、その間、誰がこのウサギを見るのですか?」
「それは……ルーノが……」
「そうやって、主だった世話はルーノ任せになっていくのです。だいたい、そのウサギは角があります。魔物の一種なのでしょ?」
眉を吊り上げるレイテに、俺はうなずいた。
「ええ。ですが、見ての通り角といっても短く、犬の牙に比べれば大した脅威にはなりません」
ルーノが言っていた通り、レイテはメイリを甘やかすつもりはないようだ。
「エイリアスにはいつも言っているのです。自分の手で世話をしきれないのであれば、飼ってはいけない、と」
「うううう、お母様のバカっ! ロランがくれたウサちゃんなの! 飼うの!」
「母にむかってバカなどという娘は知りません。出ていきなさい」
「っ」
ちらっと後ろを見ると、またメイリが涙を目にいっぱい溜めていた。
口をへの字にして、小さな鼻をひくひくさせて大号泣寸前だ。
「レイテ様、まだ飼ったことがないのなら、世話をするかどうかもわからないでしょう。メイリ……エイリアスは、レイテ様が思っておられるより芯の強い子です。僕が教えた鍛練も続けていたようですし、一度試してみてはどうでしょう。その間、冒険活動は控えればいい」
悩むように、レイテは目をつむった。
「お母様は、弟がほしいって言っても、妹がほしいって言っても、全然くれないです」
「エイリアス」
レイテが窘めるように言うが、メイリは続けた。
「あとで、あとでって言って、ずっとそればっかりですっ」
そういう話なら、そうなってしまうだろうな。
「レイテ様、エイリアスは家族がほしいのではないですか? たとえペットだとしても」
大きく息を吐くと、レイテが降参するようにゆるく首を振った。
「わかりました。いいでしょう」
「本当ですかっ」
「ただし、エイリアスがきちんと世話をしてない、とわたくしが思ったら、そのときは有無を言わさずそのウサギは野に返します。いいですね?」
「はいっ。お母様、ロラン、ありがとう!」
メイリは、大急ぎで部屋を出ていった。
「嬉しそうでしたね」
「これで、ちゃんと世話をすればよいのですが」
苦笑すると、レイテは俺の隣に座った。
「ロランさんからすると、あの子は芯の強い子に見えるかもしれませんが、わたくしからすれば、甘えん坊の娘です。城の者にも迷惑をかけてばかりで」
「妹や弟ができれば、もっとしっかりするのかもしれませんね」
「どうでしょう。けれど、ロランさんが仰った家族がほしいのでは、という考えは、的を射ているのかもしれません。エイリアスの行動が腑に落ちました」
侍女を呼んで、レイテは紅茶を用意させた。
一応まだ仕事中なので、一杯だけということで、俺もカップに口をつける。
「密かに耳にした情報では、別の王を擁立しようという動きもあるようです。議会制にして権力を分散させるのではなく、自分たちで牛耳ろうという有力者が多いようで、なかなかどうして、上手くいきません」
母であり、王でもある今、レイテの心労は絶えないのだろう。
ランドルフ王の話を聞いていてもそう思うが、権力闘争というのは一筋縄ではいかないらしい。
「ウェルガー商会という組織の名を耳にしたことは?」
「何度か。この国でもかなりの商人が、その商会の下で仕事をしていると……」
「表で言えない仕事をしている可能性があります。お気をつけください。過激な動きの裏に、彼らの姿があるかもしれません」
グレイウルフの一件だけが、たまたまそうなのか、それとももっと別種のことにまで手を出しているのか、それはいずれディーから報告があるだろう。
どんな組織で、規模はどれくらいで、敵には誰がいて、誰が敵ではないのか、その組織はどういうシステムなのか――。
全貌がわからないうちは、迂闊に動けない。
だから、情報を吸い上げて報告してくれる存在が必要だった。
「危ないときは、ロランさんが助けて下さるのかしら……?」
「そうならないよう努めますが、もしもの場合は対処させてもらいます」
「うふふ。それがお仕事なのだとわかっていても、嬉しいです」
するりと腕を絡ませてくると、俺の膝を触り、レイテが覗き込んでくる。
「先日の話、わたくし、別に冗談で言ったわけではないのですよ? エイリアスも、下の子がほしいと言ってばかりいますし」
どうしたものか、と答えに窮していると、キスをされた。
「はしたない女はお嫌いですか?」
一国の女王にそこまで言われると、ここで引き下がったり遠慮したりするのは失礼だろう。
俺は立ち上がって、レイテをお姫様抱っこする。
「――きゃ。お、降ろして。重いですから」
「レイテ様は軽いですよ」
「……二人きりのときに『様』はつけないで……敬語も、やめて……」
「わかった」
俺にしがみつくようなレイテをベッドへ運ぶ。
レースのカーテンをそっと引いて、中を薄暗くした。
誘ってきたくせに頬を染めるレイテが、緊張した面持ちでささやくようにこそっと言う。
「わたくし、その……、ごめんなさい……ずいぶん久しぶりで……不作法があったら……」
「構わない。楽にしていたらいい」




