採取クエストからはじまるAtoZ3
◆ベイル
彼女は、キャンディと名乗った。
「お菓子のキャンディ……と同じか?」
「そうよぅ。まだお名前を聞いてなかったわぁ。お名前、教えてくれるかしらぁ?」
独特の間延びするような口調の彼女は、ベッドで横になるベイルを覗き込んだ。
「おれは、ベイル、二六歳」
そーぉ、とニコニコと微笑みながらキャンディは相槌を打った。
「血だらけで倒れているから、助けてここまで連れてきちゃったの。ああ……、ここは、わたくしが寝起きしている宿屋のお部屋よぅ」
ベイルは、キャンディから意識を失ってからの話を聞いた。
あのあと、持っていた回復薬を使い、どうにか一命は取り留めたという。
それから、三日眠り続けたらしい。
あの日のことを思い出すだけで、恐怖でチビってしまいそうだった。
森のどこかから聞こえる仲間の悲鳴、断末魔、魔獣の鳴き声……。
爪を立てられた背中も、まだジクジクと痛む。
「魔物か何かにやられちゃったのぉ?」
「……ああ……。普段は大人しいのに……その日だけは、全然違っていて……」
「ダメよぅ、侮っちゃ。魔物は魔物、人は人。違う理で生きているのだから」
「そんなつもりはなかったんだが……」
「冒険者、というわけじゃないのよねぇ……?」
「ぼう、けんしゃ……?」
「ああ、この国では知らない人が多いのよねぇ」
うふふ、と笑う彼女の笑顔に、思わず見入ってしまう。
回復薬を飲ませてもらい、彼女の話を聞いた。
ここよりも北西にあるフェリンド王国からやってきた人らしかった。
「――だから、今はその冒険者になって、あちこちでクエストをこなして、お金を稼いでいるの」
「……こんなに綺麗な人が、そんな危険なことを……?」
「あらあら、お世辞なんて言ってもダメよぅ。ベイル君には口説かれないんだから」
「そういうつもりで言ったんじゃ……」
不思議な魅力がある女だった。
表情も、目も鼻も口の形も、視線の動きすらどこか気品がある。
元はどこかの貴族のご令嬢だったのでは、とベイルは予想した。
今まで出会った女の中で、ズバ抜けた容姿をしている。
口の中が渇き、鼓動が高鳴るのを自覚した。
目が合うと、さっと視線をそらしてしまった。自分の顔が少し赤くなったのがわかった。
「さあ。今度はベイル君の番よ。どこで何をして、何があってああなったのか、教えてちょうだい」
微笑の奥に、冷たい何かを感じた。
自分のことを語る上で、ウェルガー商会の存在は避けては通れない。
あまり他言していい話ではなかった。
「……おれのことなんて……別に……。話しても面白いもんじゃ」
手をそっと握られた。少し冷たいが、細くて柔らかい女の手の感触に、ドキリとしてしまう。
ここでだんまりを決め込んでしまえば、キャンディはもう二度と自分の前に姿を現さないのではないか。
「――わたくし、あなたのことが知りたいのぅ……」
甘い声に脳が痺れた。
◆ロラン
グレイウルフを狩ったウェルガー商会の下っ端らしき男たちを始末したあと、俺はギルドへ戻り、アイリス支部長へ報告をした。
「密売目的でグレイウルフを狩る者がいましたが、これを倒しました。ツノラビの天敵であるグレイウルフが減ることはもうないかと」
「報告ご苦労様。それなら、今ツノラビ狩りのクエストが順調に進んでいるから、じきにコウンソウがなくなる、なんてこともなさそうね。一羽につき一〇〇〇リンは、ちょっと高かったかもしれないけど、干し肉にしてギルドで売れば、十分利益が出そうね」
机に開いたノートを見ながら、アイリス支部長はうなずいた。
「食肉用の牛や豚もまだ足りないのが現状です。市場に出しても喜ばれるかもしれません」
そうね、とアイリス支部長が言うと、思い出したようにくすっと笑った。
「ロラン。王女様が捜してたわよ? 涙目で」
「……涙目?」
「ウサちゃんをやっつけないで、って」
「なるほど、そういうことですか。みんなのために、悪役になることにします」
「お願い。たぶん、あなたにしか無理だと思うから」
俺は一礼をして、支部長室から出ていく。
事務室は、ツノラビを倒した冒険者たちが順番待ちをしていた。生け捕りにした者もいるようで、誤って室内で逃がしてしまい大騒ぎになっていた。
「そっち、そっち行きましたよっ! 捕まえて下さ~い!」
ミリアが騒ぎながら、他の冒険者たちと一緒にツノラビをドタバタと追い回している。
なんとも賑やかな光景だった。
俺が自分の席に着くと視線を感じた。そっちに目をやると、涙を目に溜めたメイリが、黒猫ライラを抱っこしたまま、こっちを見つめていた。
背後には、ロジェもいる。
ちゃんと説得したんだろうな、と俺が目で訊くと、ライラもロジェもそっと目をそらした。
あの二人は事情を知っているはずなんだがな。
「ロラン……!」
「どうかしたか」
「ウサちゃん、どうしてやっつけるの……かわいそう……」
「メイリ、おまえはまだFランク冒険者で『ツノラビ狩り』はEランクからだ。おまえが退治することはないから安心しろ」
話の焦点をズラそうとするが、効果はなかった。
「ふかふかで、モフモフで、あったかいのに! なんでやっつけちゃうのっ」
今にも大号泣しそうなのを堪えているメイリ。
その弾みか、ぎゅうううと黒猫ライラを抱きしめた。
「うぎゃああああ!? つ、潰れる、潰れるっ!?」
「メイリ、やめろ。ライリーラ様が、ぺちゃんこになる」
目元を赤くして喉をしゃくらせるメイリは、口をへの字にしている。
「いいか、メイリ。レイテが、もし怪我をしてしまったとき、おまえはどうする」
「お母様が……? 助ける……」
「そのとき、薬を使うだろう」
「うん……」
「だが、そのウサちゃんが薬の素になる薬草を食べていて、薬が足りない。困るのは誰だ」
「お母様……。お母様、死んじゃうの……?」
収まっていたはずの悲しみにがぶり返してきた。
「死んじゃやだ……。死んじゃ、ひっく……う、ああああああああああああああああああん」
ギャンギャン泣き出したメイリを見て、ライラもロジェも大慌てだった。
「メイリ、落ち着け、レイテは死なぬ。死なぬぞ。もしもの話である!」
「そ、そうだ、メイリ。あ、あとでアイスクリームを食べに行くか? 冷たくて甘いぞ?」
「いぃぃぃぃらなぁぁぁぁいいいいいい」
堪らずライラがカウンターの内側に降りて身を隠した。
「み、耳が――」
ロジェがじろりと俺をねめつけた。
「――ったく、貴様が余計なたとえ話をするから」
「メイリにいい顔をしようとして、何も説明しなかったおまえたちに言われたくはない」
「ロランのばかぁぁぁぁぁぁぁぁ」
うわああああん、と依然として大泣きをするメイリ。
何事か、と事務室の冒険者たちは、こちらへ視線を寄越した。
「あ――! ウサちゃんがロランさんのほうに行きました! ろ、ロランさん――――っ!」
ミリアの声がすると、俺の足元をツノラビが猛スピードで駆け抜けようとする。
そこをガシッとの首根っこを掴んで捕まえた。
ツノラビは俺の手から逃れようと、前後の短い足をじたばたさせている。
「あ、ウサちゃん……」
すっとメイリの号泣がやんだ。
「……飼ってみるか? そうすれば、こいつはやっつけられることはない」
「うん……飼う……」
レイテにあとで説明しなくては……。
生け捕りにした冒険者に報酬の一〇〇〇リンを渡して、ツノラビを買い取った。
じいっとメイリがツノラビを見つめるので、「抱っこしてみるか?」と俺が言うと、こくん、とうなずいた。
「短いが、角があるぞ。あと、暴れるかもしれないから、気をつけるんだぞ」
「うん」
ずびびび、と鼻をすすったメイリに、ツノラビをそっと渡す。
幸いにも、ツノラビは大人しくメイリに抱かれていた。
「あったかい……モフモフで、ふわふわ……ウサちゃん、可愛い……」
足元から声がした。
「むう……貴様殿、妾のライバルをなぜ増やす……」
「俺の知ったことか。機嫌を取ることしかできない黒猫に言われたくない」
「今、妾が睨んだら睨み返しおったぞ、あのウサ公……! 魔王の妾をだぞ……? フン、誰が上で誰が下か、わからせてやらねば」
しばらくメイリの関心は、黒猫ライラより、ツノラビに寄せられることになるんだろう。
「そういえば、貴様殿よ、ディーの姿がまだ見えぬ。クエストか?」
メイリの冒険には、黒猫ライラとその護衛のロジェが付き添った。
ディーはいつも一緒というわけではないが、毎日顔を合わせている。
「ディーは長期クエストだ。……しばらくは戻れない」
ロジェが首をかしげた。
「長期クエスト? この国のクエストにそんなものがあったのか?」
「――ロジェ・サンドソング。おまえに教わった『被怨者』が役に立った。礼を言う」
「んぐっ……!? き、貴様に礼を言われると、体がかゆくなるな……」
「もっと言ってやろうか?」
「やめろッ」
メイリが新しいペットに夢中になっていると、迎えにやってきた騎士数人とよく見かける侍女のルーノが迎えにやってきた。
冒険が終わると、ここで迎えを待つことになっているのだ。
これは来るときも同じで、ライラとロジェはここでメイリと合流し解散する。
「あら、エイリアス様。そのウサちゃんはどうされたのですか?」
侍女が言うと、脇に手を入れたメイリが、ぐっとツノラビを突き出した。
「これ、飼うっ」
「然様でございましたか。以前はネコちゃんがいいと仰っていましたが……」
ぷるぷる、とメイリが首を振った。
「今はいい」
「っっ!」
ライラがショックを受けていた。
遠ざかっていくツノラビに「おのれ、ウサ公め……!」と恨み言をつぶやいていた。




