採取クエストからはじまるAtoZ2
男は、ウェルガー商会というグループに所属していると言った。
聞いたことのない商会だった。
商会というのは、地域によっては商業ギルドと呼ばれ、多数の商人が在籍する。
この男は、どう見ても商人面には見えなかった。
「何でもだ。何でも売買できるように、オレたちは要望に応じて品を揃えるんだ」
密猟、密売をする組織……?
いや、表と裏とでは顔が違うのかもしれない。
「それで、今はグレイウルフの毛皮、ということか」
「あ、ああ……」
いまだに小枝を眼球に突きつけているせいで、男の声はどこか震えていた。
特定の獣は禁猟にしているのに、人間の売買は禁止されていない。
今にして思えば、なんとも不思議だが、まあ、人間は腐るほどいるからな。
「今某国では、グレイウルフの毛皮を持っていることが、一種のステータスらしくってね。それで、こっちまで話が転がってきた。相手は金持ち。結構な商売になるんだ」
「それは、騎士団の詰め所でもう一度詳しく聞かせてもらおう」
罪人の処遇を決めるのは俺の仕事ではない。
「いいぜ……だが、兄さん、覚えておいたほうがいい。オレたちの商会は、仲間を見捨てない。必ずオレを助けに来てくれる」
「情報をベラベラしゃべったおまえを、か?」
「そのことは、ホラ、仲間は知らねえから」
思ったより強かな男だった。
下っ端のこいつを消してもいいが、問題の解決にはならない。
このままではグレイウルフは森から姿を消す。すると小動物の楽園となり餌が不足し、コウンソウに限らず、色んな薬草が食べ散らかされてしまう。
冒険者も困るし、彼らが困ればギルドも困るし、医薬品なので一般市民も困る。
「玉突きのように連鎖するな」
困ったものだ。
「報復や奪還は、どんな町の騎士団相手でも行われるのか?」
「もちろん」
さて。合理的に素早く事を解決するためには、どうすべきか……。
「……」
俺は小枝を突きつけるのをやめ、敵意がなくなったことをアピールした。
「それなら、捕らえておく意味もないだろう」
「ほ、本当か!?」
「その代わり、俺にも一枚噛ませてほしい。グレイウルフのいそうな場所を、冒険者から情報を集めてあんたに流す」
「へへへ。兄さん、あんたも悪いなぁ」
「俺は悪くない。俺は知り合いのあんたに、そうとは知らず気軽に仕事の話をしてしまうだけだ」
「わかった。情報料は……成果報酬ってことで、一頭につき五万リン。これでどうだ」
結構な額だな。
どうせピンハネしているのだろうが、それでも分け前が五万もあるのか。
「……いいだろう」
「野生の魔獣なんだ。あんたの情報を聞いて、森に罠を仕掛けてもかかりませんでした、なんてこともあるだろう。それに、あんたは知り合いのオレに、そうとは知らずこぼしちまうだけだ」
「それもそうだな」
誰がどこで毛皮にしているのかわからないが、それを某国とやらに密輸し、そこから人間の手をいくつか経て希望者の手元に届くのだとしたら、末端価格でいくらになるのか。
金持ちが相手らしいから、十中八九貴族や富豪で間違いないだろう。
「あまり冒険者が足を踏み入れない森がある。そこはまだか?」
「どこだ? 教えてくれると助かる」
「冒険者も入らないだけあって、グレイウルフも多数いる。実数までは確認できないが、そこらへんの森よりはかなり多い」
馬を引いて歩きながら森の位置を説明する。
「さすがギルド職員! 頼りになるぜ」
「これが今知っている情報だ。その商会の動ける人間を連れて来たほうがいい。冒険者が寄りつかないだけあって、危険を伴う」
「確かにな。罠を仕掛けるのにも、広大な森なら一人二人じゃ手が足りねえ」
「森に入る当日は教えてくれ。俺なら、効率のいい罠の設置場所を教えてやれる」
「助かる」
じゃあな、と男は俺の肩を叩いて去っていった。
意外と人を疑うことを知らない男だったな。
俺は報告のため、ギルドへと戻った。
「森にいるグレイウルフの数が、減っているみたいです」
それによって起きるツノラビ増加の相関関係を、アイリス支部長に説明しておいた。
アイリス支部長にはウェルガー商会のことは伏せた。個人的に、あとで調べたい。
変に教えてしまうと、何かあったときに巻き込む可能性が出てきてしまう。
「どうしようかしら」とアイリス支部長は机を指でとんとん、とノックする。
「減っている原因の調査と、それを取り除けるようにしてみます」
「んん~、職員のお仕事じゃないような気もするけれど……冒険者にとっては死活問題だものね。お願いしていいかしら」
「はい」
いつその当日が訪れるかわからないので、準備だけはしておくか。
三日後。
ギルドまでの道の途中、無精ひげのあの男がいた。
すれ違う寸前に小声で会話をした。
「今日。正午森へ入る」
「わかった」
「頼んだぜ」
俺たちは目を合わせもしなかったから、他人から見れば、ただすれ違っただけのように見えただろう。
……害虫が何人集まるのやら。
朝礼が終わると支部長室にむかい事情を説明する。
許可をもらうと、午前中の業務が終わったあと俺は例の森まで馬を走らせた。
森の入口には、ゴロツキのような男や、武芸を嗜んでいそうな男たちが集まっていた。
数は五〇人ほどで、かなり大掛かりな作戦のようだった。
無精ひげの男の気合いの入れようがよくわかる。
「兄さん、こっちだ!」
あの男が手を挙げて呼んだ。
「集めましたね」
「ああ。そうだろ」
この男のように、別の地域でグレイウルフ狩りをしているメンバーらしい。
一見して、狩りをするときの興奮や、グレイウルフへの恐れは見て取れない。かなり手慣れている印象を受けた。
一人、他とは風格が違う男がいた。
まだ若いが、体格がよく筋肉がしっかりあるのがわかる。
「兄さん、この商材の責任者の、ベイルさんだ」
紹介された俺は、魔法を発動させてベイルと握手する。
初対面の人間の手を容易く握ってしまう――。
なんと危機感がないのか。
自分は狩る側で、狩られる側ではないという認識があるせいか無防備らしい。
「ウチの部下が世話になってるようで」
「いえ、ギブアンドテイクなので」
「……この魔法は?」
「気配を薄くする加護のようなものです」
「ふうん。あれこれ詳しいらしいな?」
「ええ。この森は、餌が豊富なので、グレイウルフもよく育ちますよ」
俺は集まった男たちの装備を確認するついでに、『加護』をかけていく。
先日、準備のためロジェに教わった魔法だ。
「よぉーし、兄さん、もういいだろ。日が沈むまでに罠を全部仕掛けよう」
仕掛けた罠にかかってるのはそっちだがな。
今ここで全員を殺してもいいが、死体処理に時間も手間もかかる。
戦わずに四方八方に逃げられたら、全員を始末できないからな。
それなら、森の中で『事故』が起きるほうが効率がいい。
数人が一組になり、森へ入り散っていく。
俺は、無精ひげの男とベイルと同じ組で森の中へ入った。
「夜の森は何があるかわかんねえから、昼間のうちにこうして罠を仕掛けておくんだ」
何組にも分かれ、森に入って一〇分ほどすると、『加護』の効果が出はじめた。
遠吠えや雄叫びが次々に聞こえはじめた。
「「「「うぎゃぁぁぁぁああ!?」」」」
断末魔が森に響いた。
木々がそれらを反射するせいか、悲鳴が四方八方から聞こえる。
「今、悲鳴が――?」
「ああ、聞こえた……」
俺以外の男たちが警戒していると、四頭のグレイウルフが姿を現した。
「っ、で、出やがったな」
「落ち着け。あいつらは人間を襲わない習性があるんだ――」
「「「「ウゥゥゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオン!」」」」
グレイウルフはかなり殺気立っている。
俺の知っているそれとは、目つきがまるで違う。
「ふん。なかなかの効果だな」
肩を乱暴に掴まれた。
「オイ! あんた、何かしたのか!?」
「こいつらに最初に手を出したのは、そっちだろう」
「は――? 何を言って」
グレイウルフたちが、一斉に駆け出しこっちへむかってくる。
個体差はあるが、体格は大型犬よりも大きい。
「ワンちゃんに噛まれないように気をつけるんだな。人間の頭蓋骨くらい簡単に噛み砕くぞ」
「何を――何しやがった!!」
ベイルが俺の胸倉をつかんだ。
「『加護』と言ったな。あれは嘘だ。本当は『被怨者』というエルフが狩りをするときに、獲物と出会いやすくするための魔法だ。戦争中は、壁役……頑丈で大柄な、最前線の盾を持つ者に付与された」
槍を構えていた一人が、腕を噛みちぎられ悲鳴を上げた。
「それを使われると、標的にされやすくなる。今、俺以外の全員が狙われている」
「ヴォオオオウウ!」
飛びかかってきたグレイウルフがバグンッ! と無精ひげの男の首を噛みついた。
「あッ、が……!?」
グレイウルフが頭を振ると、首が胴を離れた。
「騙しやがったなテメェェェェェェェェェエエエ!?」
「どうして騙されないと思った。自分たちは常に騙す側だからか?」
この、クソッ、近寄んじゃねえ! とベイルは剣を振り回している。
「罠にハメられ、狩られる側の気分はどうだ?」
一人は食われ、一人は左足をもがれ、一人は首を噛み砕かれ、立っているのはベイルだけだった。
様々なところで、悲鳴と断末魔が反響している。
森の中は阿鼻叫喚だった。
『被怨者』は長時間効く魔法ではないそうなので、それが解ければ、グレイウルフはいつも通りに戻る。
とはいえ試したわけではなかったので、きちんと効果があるかどうかは、実際にやってみなければわからなかった。
だから万が一のため、森には怖い怖い吸血鬼のお姉さんを待機させている。
きっと今ごろ、瀕死状態の男たちに止めを刺して回っているところだろう。
それとは別に、ひとつ役割を与えたが、喜んで受けてくれた。
「なんでこんなことを――」
「ぬるい悪は、本物の悪に駆逐される。それだけのことだ」
ベイルが背をむけて逃げはじめた。俺は追いかけようとしたらグレイウルフたちに殺気を放つ。
口の周りを朱に染めたグレイウルフたちは、びくんと体を震わせ怯えたような目で俺を一瞥すると、ベイルとは別の方向へ逃げ出した。
あとは、上手く立ち回るであろうディーの報告を待つだけだ。
「まあ、上手くやるだろうな」
夜に特化している種族でもあるが、異性に対しても特化している種族だからな。
――森から逃げ出したベイルは、膝が笑うのにも構わずひたすら走った。
背中にはグレイウルフの大きな爪痕が残っているが、腕や足ごと引き千切られなかっただけ、僥倖ともいえた。
出血のせいか、酷い寒気を感じた。
激しい息遣いのせいでやたらと呼吸音が大きく聞こえた。
殺気立ったあの魔獣の恐ろしい顔が脳裏をよぎり、恐怖で他のことは何も考えられなくなった。
次第に、今どこを走っているのか、なぜ走っているのか、どこへ向かっているのかもわからなくなってきた。
動いていた視界が、地面を映し、そこでようやく倒れたことに気がついた。
みんなと同じように死ぬのだと、悟った。
「あらあら、まあまあ。こんなに血だらけで……。死んでしまったらそれはそれで困るのだけれどぅ……まだ生きてるかしらぁ……? もしもぉ~し?」
ベイルの意識が途切れる寸前、美しい女の顔が一瞬だけ見えた。




