採取クエストからはじまるAtoZ1
Eランククエストの『コウンソウの採取』が減らない。
いや、減ってはいるようだが、また同じ数だけ増えているようだった。
低級冒険者に斡旋してもしても、減らない。
もう最近は、こればかり斡旋しているような気がする。
「このクエスト、減らないな……」
俺が誰にでもなくぽつりと言うと、新人教育係になったミリアが反応した。
「あ~、『コウンソウの採取』……いろんなところからクエストになってますよね」
ほとんどが従量制のクエストで、持っていけば持っていくほど納品数に応じて報酬がもらえる。
コウンソウは、回復薬の素となる薬草の一種で、依頼主は、薬屋、道具屋が主で、たまに研究者もいた。
復興の中にあるバーデンハーク公国では、まだまだ物資は足りていない。
水、食料、医薬品……。
とりわけ不足しているのが医薬品だった。
メイリは、今日もロジェと黒猫ライラとともにFランククエストの最中だ。
メイリはもちろんそうだったが、ロジェもライラも楽しそうなのが何よりだった。
事務仕事を片付けていると、美少女戦隊の四人がギルドに戻ってきた。
例のクエストを今日斡旋したばかりだ。
「ロラン様、ただいま戻りました」
リーダーのイールが報告のため、向かいの席に着く。
「お疲れ様。どうだった?」
獣人のリャンが麻袋をカウンターにのせた。
一抱えもない、せいぜい両手にのせられるほどしか膨らんでいなかった。
「ロラン様、これだけしか採れなかったの……」
しょぼん、とするリャンの頭を撫でてやった。
「助かる。ここ最近では一番の量だ」
「…………これで?」
ドワーフのサンズが小声で言う。
「ああ。クエスト票を見たが、クエストが増えているんじゃなくて、納品数が落ちているみたいだ」
「ありそうな場所は探しているのだけれど、もう摘み取ったあとが多いのよ」
エルフのスゥがそう教えてくれた。
俺はEランククエストをまとめた紙束をめくる。
「ある程度を納品したあと、また依頼を出す依頼主や、納品されてもされても足りないからと、クエストを出したままの依頼主もいるな」
「リャンやスゥが森に詳しいから、コウンソウの新しい群生地を見つけるのに苦労はしないんですけど……見つけてもそれほど数がないんです」
イールが言うと、他の三人がうなずいた。
四人の話を聞くと、この近辺には見当たらないから、今日は少し足を伸ばしたという。
「回復薬がないと、色んな人が困っちゃいますよね……」
ううん、と頭を悩ませるイールたち。
彼女たちの仕事は終わったので、今日のところは別のクエストを一件斡旋し送り出しておいた。
「ということは、コウンソウ自体が減っているってことなんでしょうか?」
ミリアが話を聞いていたようで、ぽつりと言った。
「そのようですね」
回復薬は一般人にも冒険者にもよく使われる。
このままでは数が減り、買い占める者が出てくる。
そうなると価格が高騰し、本当に必要な者の手に渡らなくなってしまう。
実際の状況を確認するため、俺は王都イザリアにある薬屋に足を運ぶ。
店では回復薬がどれくらい不足しているのか、十分と言える量になるまで、どれくらいのコウンソウが必要なのかを聞いていた。
「……私も、自分で探そうとあちこち歩き回ったんだが、見事にないね、コウンソウ」
「はい。誰かが採り尽くしたのかと思うほど」
ははは、と店主は笑った。
「探し回ったとき、ツノラビをよく見かけたんだ」
「ツノラビ……? 角兎のことですか?」
「ああ。やたらと数が多いように感じた」
「雑食ですから」
「だから、あいつらが食ってるんじゃないかって思うんだ」
考えられなくはないが、コウンソウだけを食うというわけじゃないだろう。
俺は礼を言って薬屋をあとにした。
一度付近の平原を見て回ってからギルドに戻ると、そのことをアイリス支部長に相談した。
「なるほど……。それじゃあ、一度ツノラビをどうにかしたほうがいいのかしら」
「ツノラビが増えたからコウンソウが食べられてしまって無くなったというよりは、増えすぎて色んな植物を食べられた――その中にコウンソウも含まれる、という状況でした」
「むしゃむしゃ食べちゃうんじゃ、そりゃ餌になるコウンソウを含めた植物は減るわよね」
「ツノラビは、干し肉にできるウサギです。ギルドで一旦買い取るようにすれば、クエストとしても成立するかと」
「それよ! それそれ! いいじゃない! さっそくそうしましょう」
俺の案にアイリス支部長は乗ってくれた。
「困ってたのよ……。簡単に終わるはずのコウンソウ採取のクエストが増えたり減ったりして、他のクエストに回せたはずの冒険者たちに斡旋せざるを得なかったでしょう?」
よくご存じで。俺は一度うなずいた。
「そのせいもあり、他のクエストも滞りがちでしたからね」
「狩り好きな中級、上級冒険者って必ずいるから、彼らも協力してくれるはずよ」
ツノラビを狩ったからといって、コウンソウが生えてくるわけでもないが、犯人の数を減らしておくのは重要だろう。
さっそく『角兎狩り』というクエストとして、その日のうちに斡旋がはじまった。
「兄貴ィ、オレの本気を出すときが、来たみたいですねェ……!」
得物が弓のニール冒険者は、Eランククエストだったがかなりのやる気を見せた。
「ウサ公にゃ申し訳ないが……兄貴の一大事……! 自分も本気出すッスよ」
弟分のロジャーも、やる気十分だった。
「一羽、一〇〇〇リンでギルドが買い取ります。絞めたのであれば、血抜きを。できないのであれば、生きたまま持って来てください」
「「ウス!」」
二人を見送ると、美少女戦隊の四人もやってきた。
「う……ウサちゃんを狩るんですかぁ……?」
と、リーダーのイールが顔をしかめた。
「ロラン様……ボク、ツノラビちゃん見るの好きなの……飼っちゃダメ……?」
「いいが、報酬は出せないぞ」
「…………ツノラビちゃん、可愛いのに……」
リャンもサンズもショックを受けていた。
対照的に、エルフのスゥが淡々と言う。
「あなたたち、ロラン様の説明ちゃんと聞いてた? 回復薬がなかったら、あたしたちがヤバくなったとき誰が助けてくれるのよ」
治癒術師のいないパーティには、必需品も必需品。
それがなければ冒険にも行けないようなありさまなのだ。
回復薬が必要数手に入らなければ、冒険者の死亡率だって上がってしまう。
スゥが弓の弦を確認しながら言う。
「一羽一〇〇〇リン。あたしとリャンがいれば、二〇羽くらいあっという間なんだから」
「ロラン様、私、お金好きなので頑張りますっ」
イールが目を輝かせながら言うと、リャンとサンズも納得してくれた。
「四人とも頼むぞ」
そのあとは、俺たち職員は馴染みの冒険者たちに『角兎狩り』のクエストを斡旋していった。
「ロランさんに頼まれたら、私、断れない……っ」
「アタシ……ロラン様に言われれば、何だって殺す……誰だって殺す……」
「モブモブしてる場合じゃないわ……! ここでお役に立って、彼女候補に私はなる……ッ!」
女冒険者たちが何やら熱くなっていた。
「い、一番狩れたら、ご、ご飯に行ってくださいっ!!」
一人が顔を赤くしながら大声で言うと、その場にいた全員が固唾を飲んで俺の返事を待った。
「わかりました。そういうことでしたら、お礼を兼ねてお食事にでも」
「「「「「夢にまで見たワンチャンが来たッッッッ!」」」」
誰もがライバルの状況で、乙女たちが殺気立った。
「ウサギ、コロス」
「コロス、コロス、コロス」
「イッパイ、コロス」
「ダレヨリモ、コロス……!」
瘴気のようなものを放つ彼女たちは、ギルドから出ていった。
俺は個人的に気になることがあったので、アイリス支部長に事情を話し、許可をもらってギルドを離れた。
王都イザリアを出て、馬を駆って森を見て回り、確証を得た。
「天敵がいないんだな」
道理で増えるわけだ。
腐葉土にできた足あとは、どれも小さく、肉食獣や大きな魔物のそれではなかった。
それから、いくつか森を見たが、いずれも同じ状況だった。
ギルド職員マニュアルには、狩ってはいけない魔獣、動物、魔物も指定されている。
それは、無害な魔獣だったり、数が減って絶滅危機にある動物だったりした。
王都イザリアから一番離れた森にやってくると、魔獣を遠目に見かけた。
グレイウルフ。狼の魔獣だ。
人間に手を出すと痛い目を見る、と遺伝子に刻まれたのか、次第に学習するようになり、人を襲うことはなくなっていったという。
以前は狩猟の対象だったらしいが、個体数も減ったことで、今では世界的に禁猟指定の魔獣となった。
だが、あくまでもそれは人間に対しての話。
野生の動物にとっては脅威となる存在だ。
「……他の森で見かけなかったな」
ツノラビの天敵であるグレイウルフを狩れば、自然とツノラビの個体数は増えていく。
となると、グレイウルフを狩っているやつがいるな。
グレイウルフの様子を見守っていると、人の気配がした。
「……」
足音に耳を澄ませると、無精ひげの男がやってきて、大型の罠を設置していく。
小動物を対象にした罠でないことくらい、すぐにわかった。
「おい。グレイウルフ狩りをしているのはおまえか」
「っ!? なんだよ、あんた……」
「グレイウルフは、禁猟対象だ。そのせいで今町では回復薬不足で困ってるんだ」
「ハッ、知ったこっちゃねえな」
「そうか」
俺は一瞬で移動し、拾った小枝を眼球に突きつけた。
「じゃあ、おまえがここでグレイウルフの餌になろうとも、誰も知ったこっちゃねえ、というわけだ」
「っ、な、な、何なんだ、あんた……!」
「グレイウルフの毛皮は高級品だからな。密猟し売りさばいてるんだろ」
「っ」
「図星か。知っていることを教えてくれ。森にわざわざ罠を仕掛けに来るくらいだ。どうせおまえは下っ端だろ」
「はっ、誰がおまえなんかに」
「目はふたつある。片方なくなっても、視界がなくなるわけではないからな」
逆手に握った小枝を眼球にゆっくりと近づけると、汗をダラダラ流した。
「や、やめ……っ、やめて……」
「話したくなったか?」
男は両手を上げて降参した。
「い、言う、みんなしゃべる! だ、だからやめろ! や……やめてください……すみません……」




