バーデンハーク公国へ6
蟻退治を終えた俺たちは、王都へ戻って食堂の主人にその旨を報告した。
「はぁぁぁ~。姫様が?」
「そう! やっつけた!」
目を丸くする主人に、メイリがえへんと胸を張った。
「メイリ……姫様は、特殊な訓練を受けた方ですので、それはもう見事に魔物を退治されました」
間違いではないので、俺はそう付け加えておいた。
こうして市民との距離の近いメイリが、広告塔になってくれれば、『困りごとを解決してくれる存在がいる』と、認知されるようになるだろう。
「中央区に三階建ての古い建物があります。また何か困りごとがあれば、そこにある冒険者ギルドをお訪ねください」
「へえええ。こいつは便利だ。困りごとってのは、どんなんでもいいのかい?」
「物にもよりますが、そこは要相談、ということで。相談料はかかりませんが、正式に依頼するとなれば多少費用がかかります」
「費用、か……慈善事業じゃねえってことだな。ちなみに、今回の料金は……?」
「今回はこちらから申し出たことですので、料金は不要です。ただ、相談した際、今回と同じ条件、状況でしたら……一時的な退治でしたら五万~八万ほど。完全に原因を除去するのであればその倍があれば、十分かと」
今回、俺たちがやったことをクエストにしたなら、クエストランクはC~Dくらいになる。
んんん、と主人は唸る。視線を宙にやって何かを考えていた。
「待てよ……? 問題を放置して高値でブラッディオレンジを仕入れ続けるより、安くつく……?」
店の一角には、さっそく相談箱が設置されていた。その脇に、ペンと紙もあった。
「では、ときどきあの箱の中を見にきて、困りごとを解決させてもらいます」
「……姫様が解決してくれるのかい?」
主人がメイリを覗き込むと、メイリが目線で俺に尋ねた。
「それも、内容次第です。危険な内容や受付できない物もあるでしょうから」
そりゃそうか、と主人は納得してくれたが、メイリが頬を膨らませた。
「できるよ、わたし。冒険者だもん。危なくないよ」
「そうだったな」
よしよし、とメイリの頭を撫でてやる。
初陣を成功させたあとは、誰でも強気になりがちだからな。
本来の冒険者ランクならメイリはFで、戦うクエストはできないが、俺がついていたということで、今回だけ特例としよう。
しばらくは、この食堂とメイリに冒険者ギルドのことを広めてもらうことになりそうだ。
相談箱の中を検め、冒険者ギルドへ誘導、初回は無料でクエスト依頼を受け付ける――。
こんなところか。
俺の一存で決められないので、あとでアイリス支部長に相談する必要がありそうだ。
バーデンハーク公国のギルド本部は、システム上は整いつつある。
ミリアや他の職員たちと観光がてら町を歩いているアイリス支部長を見つけ、相談箱と冒険者ギルドの認知度を上げる方法を話した。
「なるほど……。それはいい手ね。冒険者って言っても、みんなポカンとしていたし」
「ナイスアイディアですね、ロランさん! クエストがなければ、ギルドは機能しませんし」
こんなふうに、即了承をもらった。
町には、『ロラン組』という恥ずかしい名称を隠しもしない冒険者たちも、ぼちぼち集まりはじめていた。
それから数日が過ぎ、冒険者ギルドで仕事をしていると、顔見知りの冒険者たちが次々に俺の下を訪ねて挨拶をしていった。
「兄貴ぃぃぃぃい! 愛弟子ニール――現・着! 致しましたぁぁぁぁぁあ!」
「弟子にしてませんし、弟分にした覚えもありません。あと、大声を出さないでください。周囲の迷惑です」
「く、相変わらずの塩加減だぜぇぇ……」
「兄貴、先輩は嬉しいんスよ。兄貴の力になれることが」
相棒のロジャーが苦笑しながら言った。
俺は彼らに今回の件を詳しく伝えた。
これは、大規模クエストの責任者としての説明だ。
「今回は、大規模クエストという特殊なクエストです。なので、『ギルド設立と運営クエスト』に参加してくれた方には、最終的に報酬が出ます」
食堂の主人に説明したように、慈善事業ではないので、こちらで達成したクエストの報酬は、運営資金に回すようになっていた。
「誰にどう報酬を割り振るかは、責任者である僕次第です。みなさんのことをよく見ていますので、張り切って頑張ってください」
よおおおし、と気合を入れたニール、ロジャー冒険者に、また後日来るように言っておいた。
美少女戦隊の四人もこちらへ到着した。
「ロラン様ぁ! 団長に言われて、大急ぎで駆けつけたんです!」
今では立派に魔法使いをやっている美少女戦隊の少女イールが言った。
「団長……ニールのことか」
「そうなの。だんちょ、みんなを集めて、マジな顔で『兄貴に頼られちまった』って延々と言ってたの。ちょっとウザかったの。でもその顔が面白かったの」
獣人のリャンが耳をピコピコ動かしながら言った。
「……ここまで、遠かった。でも、ロラン様のため」
ドワーフのサンズは、相変わらず口数が少ない。
「恩返しするって言って、この子たちが張り切っちゃって……」
三人を一瞥して、エルフのスゥが肩をすくめた。
「ロラン様、こんなこと言ってますけど、一番やる気だったのはスゥなんですよ?」
「――ちょっと。今そんなことはどうでもいいでしょ」
「スゥは、いつもロラン様の前だといいカッコしたがるの」
「……(こくこく)」
「おほん……」
バツが悪そうにスゥは目をそらした。
みんなの冒険ランクは、すでにCになっており、四人一組で色んなクエストを達成してきた。
すぐにBランクになるだろう。
そのすぐあとには、スコップ使いのゼペット少年がやってきた。
他支部で冒険者試験で落ちていたのを、スキルを見初めて合格にした少年だ。
「職員さぁ~ん。お久しぶりですー!」
「お久しぶりです。背が伸びましたね。それに、ずいぶんとたくましくなった」
ひ弱な母思いな少年は、成長期も相まっていい体格に成長していた。
背中には巨大なリュックを担ぎ、そこからはスコップらしき持ち手が三本生えており、手には以前持っていなかった槍を持っている。
がっしりと握手を交わす。
今やBランクになった話題のルーキーだ。
「建築ギルドの人にやたらと誘われてずっと断っていたんですけど、職員さんが困っているって耳にして」
「協力ありがとうございます。今や立派な工兵ですね。槍も覚えましたか」
「えへへ。はい。穴掘りが得意というのもあって、色んなパーティに参加することができて、そこで教えてもらったり、戦ったりしたんです。ソロで行動するのもずいぶん楽になりました。スコップのお陰で森や山でも長い時間活動できますし、鉱石を発掘するのもお手の物で。……全部、職員さんのお陰です」
「いえ、ご自身の努力の賜物です。最初は、剣を振り回していましたからね」
「あはは。やめてくださいよぉ。戦うことが冒険だと思ってたんですから。ずいぶん昔のような気がします」
「まだ一年も経ってないですよ」
そうでしたっけ、とゼペット少年は笑う。
それだけ冒険者になって濃い時間を過ごしたということだ。
「キャンディさんもそうですし、ゼペットさんもそうですけど、業界で有名になりつつある冒険者って、半分くらいは『ロラン組』なんですよねぇ」
どこか納得したようにミリアがつぶやくと、アイリス支部長が言った。
「そのうち一大勢力を築いたりして」
「ありえそうです」
「ねー」
その勢力とやらができたとしても、あの名称である限り俺が認めることは永遠になさそうだ。
その日、ギルドに入り浸っているメイリがやってくると、俺と二人であの食堂へ行った。
「どうです? たくさん入っていますか?」
相談箱を指差すと、主人はにやっと笑った。
「確かめてみるといい」
メイリが箱を手にとって、蓋をパカッと開けた。
「ふわぁぁぁ……! ロランっ! いっぱいっ!」
見せてもらうと、中は相談が書かれた紙でいっぱいだった。
きちんと、依頼主がどこの誰なのかも記されている。
「あれからまだ一週間ほどなのに」
「何でもいいって話だったから、オレがみんなに言っておいたんだ。そしたら、便利そうだなってことで、どんどん増えていったんだ」
「依頼をすると解決してくれる存在がいる、ということは認知してもらえそうだ。ご主人、お手数ですが、次からは冒険者ギルドへ案内をお願いします」
「おう。任せときな」
「ロラン、これ全部わたしがするのっ?」
「みんなで手分けしよう」
ぴょんぴょん、小さく跳ねるメイリを宥めて、一緒にギルドへ戻った。
内部のシステムも整っている。
クエストも冒険者も揃った。
メモをクエスト票に書き起こし、職員数人でランク分けしていった。
「ロラン様ぁ~。お昼ご飯はどうするんですかー?」
美少女戦隊のイールが戻ってきた。
「ご一緒できたら、わたし嬉しいです!」
「ちょうどよかった」
「あ、お腹空いてます? でしたら――」
「これ、他の三人で手分けしてくれ」
クエスト票を四枚イールに渡した。
「……お仕事……ですか……そうですよね……」
しょぼんと肩を落としたイールは、ギルドをあとにした。
「ロラン、わたしは、わたしのクエストはっ!?」
「メイリのはこれだ」
「『子供たちのお世話』……ぼ……ぼ、冒険じゃないっ!?」
ガガーンとショックを受けていた。
クエスト票にある子供の年齢は、一番上がメイリと同い年。
一番下は赤ん坊の四人兄弟だ。
大人からすると、戦うよりキツいかもしれない。
だが、メイリにはイージーだろう。同年代の子たちと遊ぶだけでいい。
「戦うだけが冒険じゃない。……そんなおまえに、相棒をつける」
足元で丸くなって寝ていた黒猫ライラを掴んだ。
「食う寝る文句を言う、を繰り返しているだけの黒猫ちゃんだ」
ライラをメイリに渡した。
「うにゃ……?」
ぎゅっとメイリが抱きしめた。
「うぎゃああああああ!? 痛いっ! 加減をせよ、加減をっ!」
「ライラちゃんは、わたしと一緒にクエストするんだよ」
「ふむ? まあよい。退屈しておったところだ」
黒猫が行くのであれば、自動的にオマケもついてくる。
建物の外から様子をずうううううっと窺っていたロジェが中に入ってきた。
「――話は聞かせてもらった!! ライリーラ様が行くのであれば、ワタシが行かぬ道理はない。行くぞ、メイリ」
ロジェがいれば、護衛も不要だろう。
今後は、メイリ&ロジェWith黒猫のユニットで活動してもらうことにしよう。
それからは、こちらに到着し挨拶に来た顔見知りの冒険者たちに、相応のクエストを斡旋していった。
こうして、バーデンハーク公国の冒険者ギルドはスタートした。




