バーデンハーク公国へ5
王都をあとにして、長く続く街道を歩いていく。
「こうきたら、こう!」
シュバッ。
「で……、こっちにきたら、こう!」
シュバッ。
メイリは素振りに余念がなかった。
「俺たちと別れてから、戦ったことは?」
「ううん。ずっと、お母様について、一緒に町を見て回ったりしていたから」
「では、メイリは、これが初陣というわけだな」
雛鳥を見るような目でライラがメイリを見ている。
「ロランのういじん? はどうだったの?」
「ん。妾もそれは知りたい」
「面白くとも何ともないぞ」
それでも二人がせがむので、俺は話してやった。
「すべて予定通りで、想定内の出来事しか起きなかった。対象と接触し二〇秒ほどで絶命させ、用意しておいた四本ある退路のうちひとつを使い、引き揚げた。……それだけだ」
ライラもメイリも半目をして不満そうだった。
「つまらん」
「つまんなぁーい」
「だから言っただろ」
そうやって雑談をしているときに、道に爪痕を見つけた。
「これは……ビッグアントの爪痕か」
「……で、あろうな」
「何、それ?」
きょとんと首をかしげるメイリに説明をしてやった。
「蟻の魔物だ。地中に巣を作りそこで生活をする。中型犬くらいの、大きな蟻だ」
「女王がその巣におってな。そやつの下へ、ビッグアントたちは餌を運ぶのだ」
「女王様がいるの?」
「ああ、そうだ。……この近辺に巣を作ったのなら、襲われるのも納得がいく」
見つけた。少し離れた場所で、動物の死骸に三匹が集っている。
「メイリ、あれだ。やれるか?」
「うへえ……し、知っている蟻と違う……」
まだ小さいメイリからすれば、巨大な化け物に見えるだろう。
巣があるであろう地中には、目を覆いたくなるほどの数がいるはずだ。
「ろ、ロラン、やっつけれる……?」
「俺がやってもいい。だが、俺は職員で、おまえは仮にもライセンスを取った冒険者だ。魔力量も戦闘技量も十分と判断された、な」
ビッグアントは、顎で死肉を千切り、鋭い二本の前足でグサリと刺している。
やつらの動きは遅い。
あの顎と鎌のような前足にさせ気をつければ、メイリでも余裕を持って倒せる敵だ。
弓や魔法と違って暗殺技術は、どうしても敵に接近する必要がある。
得物はナイフと己の体のみ。
先手必勝ではなく、先手必殺の技術。
どんな攻撃技術よりも、その胆力と勇気が問われる。
「おそらく、あいつらだ。ここを通る商人やその荷物を襲っているのは。やめておくか? じきに、俺がよく知る冒険者たちが来る。そいつらに、任せるか?」
リーナと同い年か、ひとつ上だったか。
俺が鍛えたとはいえ、王女様。
訓練ではできても、実戦ではキツいのかもしれない。
と思ったが、メイリの目はまだ死んでない。
「メイリ、よく見ろ。もうすぐ二体が離れ、一体が残るぞ」
「う、うん……」
「安心しろ、俺よりも、メイリよりも弱い」
一度メイリが息を呑んだのがわかった。
その緊張感がこっちまで伝わってくる。
ライラはずっと不安そうにメイリを見守っている。
メイリに漂っていた緊迫感が、まだ幼い闘気へ変わる気配がした。
合図を出してやろうかと思ったが、その必要はなかった。
死肉にまだ夢中になっているビッグアントへむかって、メイリが一直線に駆け出す。
俺からすればまだまだの『バックスラッシュ』は、魔物からすれば、十分脅威と言えるレベルだ。
体に馴染んだ動きを見せたメイリ。
ん。これは決まったな。
「『ば、バッしゅ、ラッシ』!』
カミカミだった。
ふい、と振り返ったビッグアント。
「ギ?」
技名は噛み倒したが、ビッグアントの背中から頭にかけて、メイリの刃が走る。
ザシュン。
小気味いい音を立て、メイリがビッグアントを斬った。
「ギイイイ……ギイイ……」
ぴくぴく、と何度か動いたが、ビッグアントは動くことをやめた。
肩で息をするメイリが、俺を振り返った。
「やっつけた…………。ロラァァァァァァン、やっつけたよぉぉぉぉぉ」
だだだ、と走ってくるメイリが俺の腰に抱きついた。
「いい一撃だった」
「でしょお」
えへへ、と笑うメイリを撫でて褒めてやった。
やはり技名は言わないほうがいいんじゃないか。
「周囲に見えるだけで、他に三〇匹近くいる。頼んだぞ」
「え」
メイリの表情がカチーンと固まった。
「あ……あと、二匹じゃないの……?」
「メイリ。荷物を襲う魔物を倒さなければ、みんなが困ったままだ」
「ううう……」
よっぽど腹が減っているのか、餌がないのか、巣穴らしき場所から一匹、また一匹と出てくる。
巣穴の周囲がもこっと盛り上がり、穴から鋭い前足が出てきた。
ビッグアントなんて目じゃないほどの大きさだった。
「クイーンが出てくるようだな」
他人事のようにライラが言った。
周囲の地面を前足で崩すようにして、その巨体を巣から現した。
「ギィィィィイイイ!」
クイーンアントのお出ました。
「ひいい、ひえええええ……お、おっきいよぉぉぉう……」
恐れおののくメイリに、あれをやれと言うのは、少々酷だ。
魔物を見慣れないメイリにすれば、大怪獣と言っても差し支えがないだろうし。
「ライリーラ様ぁぁぁあああ」
声が聞こえて俺たちがそっちへ目をやると、ロジェとディーが手を振りながらこっちへ歩いてきていた。
「ちょうどよいところに来たな、ロジェ、ディー」
「どうかしたのですか、ライリーラ様ぁ?」
二人が不思議そうにしている。
クイーンアントが目に入っているが、視認した上で訊いていた。
「この娘っ子、メイリが、ビッグアントを倒すのをサポートしてやってくれぬか」
「これが、あの、メイリですか……」
じいっとロジェに見つめられたせいで、メイリが俺の後ろへ隠れた。
「おい、ヘンタイエルフ。怖がらせるな」
「怖がらせてなどいない」
「ディー、メイリのサポートを頼めるか? ロジェ・サンドソングだけでは心もとない」
「何をッ!?」
「うふふ。もちろんよぅ。……可愛い子供。食べちゃいたいくらいだわぁ~」
「というわけだ、メイリ。この二人のお姉さんがおまえを助けてくれる」
「わ、わかった……。よろしく、お願いします」
「はぁい」
「いいだろう。ライリーラ様の命だからな。特別だぞ」
相変わらず面倒なエルフだった。
「あっちの蟻さんをやっつけましょぉ?」
ディーがメイリの手を引いて敵のほうへと歩いていく。
「お姉さん、手、冷たい」
「そうなのぅ。お姉さん、もう死んでるから、体温は真冬のバナナと同じなのよぅ?」
「????」
意味がわかってなさそうだったので、詳しく解説しないで済みそうだ。
しかし、ディーはあまり教育によろしくないな。一応動く死体だし。
「おい、吸血鬼! 貴様、勝手に子供を連れ出して――ワタシもサポート役を賜ったんだぞ!」
「あらあら、まあまあ、うるさいエルフが来てしまったわぁ」
ガミガミ言うロジェを、あらまあ、とのらりくらりとディーがかわしていく。
案外、あの二人はいいコンビなのかもしれない。
「さて。愛弟子が頑張っておるのに、師はただ見ているだけか?」
くふふ、とライラが俺を焚きつけるようなことを言う。
思惑にハマるのは癪だが、いいだろう。
「うふふふふ。はぁぁぁぁぁ~。弱い物を蹂躙するのは、どうしてこんなに楽しいのかしらぁ」
離れた場所では、ディーが吸血槍を自由自在に振り回しビッグアントを殺している。
「おい、ちゃんとサポートをしろと言われただろ」
それを見て注意をしているロジェがいた。
そばでは、メイリがナイフを構えて、ビッグアントを攻撃して、少しずつ倒していっている。
むこうは大丈夫そうだな。
軋むような鳴き声を上げているクイーンアントは、付近にいるビッグアントを爪で刺して食べはじめた。
「今まで餌を運んだ部下が、その最期じゃ浮かばれないな」
一瞬にしてクイーンアントのそばまで接近し、背中を駆け上がった。
武器は何もない。
ずぼっと腕を体に突き入れても、サイズがサイズだ。大したダメージにはならない。
俺は首筋にむけて、手刀を放つ。
物理的な攻撃では、やはり致命傷にはならない。
だから、最大速度で放った手刀が巻き起こした風に、魔力を付与してやる。
『魔鎧』という体を魔力で覆う技術のほんの応用だ。
ザン――――ッ。
「ギィィィィィエエエエエエエ!?」
首筋から後頭部にかけて、一撃で深く抉った。
致命傷だった。
二発目、三発目が要るかと思ったが、案外柔かったな。
倒れるクイーンアントから飛び降りる。
自分のことはそっちのけだったメイリが、はぁぁぁぁぁぁ、と俺に尊敬の眼差しを送っていた。
「ロラン、おっきいのやっつけた!」
「さすが、ロラン様ねぇ。残酷で素敵……」
「おい、おまえたち! 手を休めるな! くッ、この蟻どもめ! どうしてワタシにだけ寄って――うぎゃあ!? お、お尻を噛まれた!?」
尻を半分くらい出しながら奮戦するエルフが可愛そうだったので、手を貸してやることにして、蟻退治は完了した。




