バーデンハーク公国へ2
「おい、ニール。こっちに来い。……前に座れ」
仕事中、やってきたニール冒険者を呼び、俺の向かいに座らせた。
「あ、兄貴……ど、どうしたんですか。今日は様子がいつもと違うっていうか……」
ニール冒険者を見かけた瞬間、思わず暗殺者のロランが出てしまったので、職員のアルガンさんに戻ることにした。
その点、さっきまで一緒にいたロジャーは優秀だな。
俺の雰囲気がいつもと違うことに気づいて、そっと隠れた。
「ニールさん、『ロラン組』って知ってますか?」
「え? 知っているっていうか……へへへ」
「何照れてるんですか」
「オレが作ったんですよ、兄貴!」
「チッ……」
「舌打ちされた!?」
まあいい。
ため息をひとつ吐いて、俺は大規模クエストでバーデンハーク公国に向かうことを伝えた。
「えええええええ!? じゃ、兄貴……ラハティ支部からしばらくいなくなるんですか?」
「そういうことになります。期間は三か月ほどですが。……それで、本題です。あちらでは冒険者がほとんどいません。クエストがあってもそれをやってくれる冒険者がいなければ、ギルドは成り立ちません」
「確かに」
「『ロラン組』とかいう恥ずかしい名称の集団、ニールさんが声をかけたらどれくらい集まりそうですか? できれば、僕と一緒に現場に来てクエストをやってほしいんですが」
「あ、兄貴が、オレに……頼み事……!?」
聞き耳を立てていたロジャー冒険者が、さっと割って入ってきた。
「任せて下さい、兄貴! 三〇人……いや、五〇人は集められるッスよ!」
「オイ、てめ、オレが兄貴に頼まれたんだぞ!」
「では、お願いします。声をかけるにしても時間がかかるでしょうし、協力いただける方は、バーデンハーク公国の王都イザリアを目指すように言って下さい。そこで公国最初の冒険者ギルドを作る予定ですので」
レイテが協力してくれるという話だから、変な横槍は入らないだろう。
「魔王軍の占領地だった場所です。こちらに比べると、治安もよくありませんから、それなりの覚悟をお願いします。クエストも割安になるかと……」
大規模クエストだから報酬は最終的に入るが、今額を明言できないのでそれには触れないでおいた。
「大丈夫ッスよ、兄貴。オレたち『ロラン組』は、兄貴への忠誠と信義で成り立ってますから!」
忠誠や信義なんていわれても、簡単に信じられないが……ロジェを見ていると、それらの心は実在しているらしかった。
「おまえより、オレのが頭数揃えれっから!」
「先輩、なんだかんだで、オレのが優秀ってところを示すときが来たみたいッスね」
「そんなにいるんですか、その集団は」
俺が冒険者にした数も、クエストを斡旋した数もそこまでいないような気がする。
「いやぁ、兄貴が覚えてねえだけで、いるんですよ、それが。兄貴に恩を感じてるやつらがね」
「すぐ三桁くらいの冒険者を送り出してやるッスから!」
ニール、ロジャー両冒険者が張り切っていた。
二人が去ると、俺は人選の作業に入った。
バーデンハーク公国でも、いつも通りの仕事ができるようにする必要がある。
……大規模クエストとその概要は、今日朝礼でアイリス支部長がみんなに言った。
視線を感じるのはそのせいだろう。
「ロランさん、わたし、一応ロランさんの先輩なんですからね。経験は、それなりにあるんです、それなりに」
という、ミリアの直接的な連れていけアピールの他に、無言の圧力を主に女性職員から感じた。
「数か月の出張……!」
「協力し合って、苦難を乗り越える……!」
「良い所も悪い所も分かち合った二人は恋に落ちる……」
「職場恋愛の王道……ッ!」
獰猛な視線だった。
覚えがある視線だと思ったら、肉食動物のそれによく似ていた。
「どう? 人選は大変じゃない?」
アイリス支部長が声をかけてきた。
「ええ。ですが、七割くらいは決まっています。幸いにも、手伝ってくれる冒険者たちのあてもできましたし」
「そう。ならよかったわ」
俺が行くのなら、ディーもついてくるだろう。
汎用性も戦闘力も高く、俺の知っている中では一番頼りになる冒険者だ。
さて。改めて声をかけていくか。
「支部長」
「ん? どうかした? あ、私のほうでも行けそうな職員を当たってみるから」
「支部長、付いて来てくれますか」
一瞬の間のあと、アイリス支部長はぽふんと顔を赤くした。
「わ、私っ!?」
「ええ。タウロ……マスターにも許可をもらっています」
「……えと、えと……い、行く……行くわ……」
モジモジしながらイエスの返事をしてくれた。
「ありがとうございます。僕も支部長の仕事をしたことはないので、経験者を連れていくのが妥当だと思ったんです」
「し、支部長として………………?? 私が支部長だったから……? そう……ああ、そう……そうよねー」
鼻白んだように、目を細めた。
女性職員たちがそわそわしはじめた。
「ミリアさんも、お願いできますか」
「わっっっっかりましたぁああああああああ!」
元気いっぱいで大変よろしい。
「――――っとなりゃ? もう、オレを連れていくしかなくね? 他に選択肢、なくね?」
モーリーが、俺が声をかけるのを待っている。
だが俺は、他のお互いよく知る男性職員二人に声をかけ、オーケーをもらった。
あとは、王都の西支部で知り合った職員二人がリストにある。
俺とミリアを合わせると、平職員は六人。
まあ、十分だろう。
支部長としての仕事も最初はないだろうから、アイリス支部長にも下っ端の仕事を手伝ってもらえばいい。
「でも、ロランさん、バーデンって……まだ危ないんじゃ……?」
俺が説明しようとすると、アイリス支部長が代わりに言ってくれた。
「王都はずいぶんよくなったみたいよ。仕事中の危なさは、こことそう変わらないと思うわ。何より……ロランの仕事仲間だからっていう理由で、出張中は、お城で生活ができるの」
聞き耳を立てていた職員も冒険者も、「おおおぉぉ……」と感嘆の声を上げた。
「……何、アルガンさん、あっちの王族と繋がりあるの?」
「そうじゃね?」
「フェリンド王家ともつながりあるんでしょ」
「ギルド職員ロラン、のちに、王族になる男であった――」
「いや、マジでそれあるぞ……」
ミリアが目を輝かせている。
「お城っ! お、王子様と王女様が、恋する三秒前みたいなやつですかっ!」
「それはミリアの脳内にしかないと思うから諦めて」
アイリス支部長と、後任の支部長(仮)を話し合って決めていると、
「っべーわ。マジやっべーわ。オレ、出世の、階段? 上っちゃうかもなァー!? それでオレを連れて行かないわけね? なーるなるなる、なるほどなぁー?」
ごちゃごちゃうるさいが、モーリーではないことは確かだった。
アイリス支部長が挙げた候補に、俺も異存はなかった。
以前、俺を飲み会に連れて行ったシェーン職員は、今回連れていきたかったが、いてくれたほうがみんな安心できる。古株で堅実で有能な先輩だった。
「シェーンに私不在の間はお願いするわ」
「わかりました。任せてください」
プルプルしているモーリーがついに喚きはじめた。
「なんでっっっっっ!? なんで、オレじゃねんだよっっっっ!」
みんな、「うっわー……」な嫌悪感丸出しの目でモーリーを見ていた。
「バーデンに連れて行きもしねえしよぉぉぉ!」
アイリス支部長が頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「そんなんだから指名しないのよ」とでも言いたげだ。
安心してあちらさんの城に招けるような人間性ではないのである。
もちろん、留守中にギルドを任せられもしない。
「モーリーさん、連れて行かないのは、あなたが優秀だからです」
「あァん!? 何で!? 優秀だからこそ連れて行くんだろ!?」
「支部長やミリアさん、僕を含めた五人がしばらくの間抜け、一時的に人手不足となります……このギルドに、優秀な人間が残ってもらう必要があるんです」
「そ、そういうことだったのか――――!! なるほどなっ!!」
「モーリーさんには、僕たちのいない間の留守を頼みます」
「任せろ!」
面倒な男だが、扱いがわかれば転がすのは簡単だな。
「ん? ちょ――ちょっと待て。それなら俺が支部長(仮)でいいんじゃねえのか!? シェーンは、オレと同期……! なんなら、オレのほうがちょっと優秀……!」
(そんなわけねえだろ)と言いたげな目をみんなしている。
モーリーが誇っていいのは、プラントマスターの資格試験の点数だけだ。
タイムもスコアも俺に抜かれたが。
「管理者とプレイヤーは、求められる資質が違います。僕が思うに、モーリーさんは名プレイヤーの類い」
「憎い采配してくれるじゃねえか……適材適所ってことだな……!」
ちょっと褒めて自尊心をくすぐってやると、あっという間に説得完了。
チョロいな。
こうして、大規模クエストの人選を終えた俺は、出発日時を決めて先方に伝えた。




