暗殺依頼3
ランドルフ王は、例の手紙に目を通し、驚くこともなく言った。
「まあ、私を恨む輩は出てくるであろうな。まったく、不正を暴いて罰しただけだというに……これだから貴族は……」
ため息交じりで愚痴を言うランドルフ王。
意外でも何でもなく、想定内の動きだと言った。
「おまえのような暗殺者なら対策は用をなさないが、対処可能な敵であることを祈って対策をしよう」
「その対策が敵う相手であることを俺も祈ろう」
「なんだ、ずいぶん感傷的なことを言うようになったな」
「親しい友としての言葉だ」
「……変わったな、ロラン」
ランドルフ王はにこやかにそう言った。
ライラとロジェとは、山奥の家を出て森を抜けたあたりで分かれた。
今ごろ、ラハティの家を目指しながらのんびり移動しているだろう。
「余計かもしれないが……」
昨晩のうちに書いたメモを渡した。
「……? これは?」
「暗殺者の基本的な手口だ。絶対の対策ではないが、知らないでいるよりはマシだろう」
「ほう。ほう……『普通の暮らし』とやらを通じて『親切』まで覚えたか」
「馬鹿にするな」
俺が言うと、がははとランドルフ王は笑った。
用件は伝えたので部屋から出ようとすると呼び止められた。
「ロラン。冒険者ギルドのことは、どれだけ把握した?」
「なんだ、急に」
「バーデンハーク公国のレイテ殿から、先日冒険者ギルドの話が出た」
先日俺の家へ遊びに来たのは、そのついでだったようだ。
「メイリの母の……。それで?」
「人魔戦争前、そういったシステムもなかったようで、是非取り入れたいとのことだ。とはいえ、それを運営する者も『冒険者』が何なのか教える者もいない。優秀な人間をお借りしたい、と仰せだった。どうだ、ロラン?」
「言っておくが、俺は出来上がったシステムを効率よく稼働させるのは得意だが、イチから作り上げるのには向いていない」
「もちろん一人で、というわけではない。職員を育成する者、冒険者の手本となる者、それらを合わせて何人か派遣したい」
これは、その場にいたらしいギルドマスターのタウロも承知らしい。
「後日タウロに呼び出されると思うが、ついでだったし先に言っておこうと思ってな。誰を派遣するか、レイテ殿が帰ったあと話し合ったが、真っ先におまえの顔が思い浮かんだ。それはタウロもそうだった」
「結構な信用を得たらしいな、職員のアルガンさんは」
「まあ、そう皮肉を言うな。人選については、こちらで決めるかもしれんし、おまえに一任するかもしれん」
「断る権利はもちろんあるんだろうな?」
うぐ、とランドルフ王は苦そうな顔をした。
「いや、まあ……それはそうなのだが…………おまえにとっても、縁のある国だろう? そこをなんとか一肌脱いでもらいたいわけなんだが……」
「もしバーデンハークに行くとして」
「ん! おお、うん! なんだ」
敗色濃厚な状態から俺が興味を示したせいで、ランドルフ王は大いに食いついた。
「全員じゃなくていい。何人か連れていきたい人たちがいる。冒険者も、職員も」
「ふむ。タウロに伝えておこう」
「仮の話だ、仮の」
そんなこと言うなよぅー、とランドルフ王が不満げな顔をした。
「……相談したい人がいる。それ次第で返答が変わる。……なんだ、ニヤニヤして」
「冷血の暗殺者だったおまえがなぁ~。相談したい相手……ムフフ。コレか、コレだろう?」
ピ、と小指を立てたランドルフ王。
「好きに勘繰ればいい」
「照れるな、照れるな」
つんつん、とその小指で俺を突いてくるので、小指の先を手の平で受けた瞬間、グッと押した。
「あでええええっ!? 突き指したあああああああああ」
「突き指程度で騒ぐな」
「……一国の王に突き指をさせるとは……なんたる所業……」
「王様扱いがお望みなら、今後はそのようにする」
「……いや、いい。そのままのおまえでいてくれ」
ふう、ふう、と小指に息を吹きかけながら、ランドルフ王は言った。
「今回の、職員派遣の本当の狙いはなんだ? 慈善事業を好んでやるタイプじゃないだろ」
「恩を売れるうちに売っておく――友好国であることを内外にアピールする。まあ、そんなところか」
「そんなことだろうと思った。真っ黒な腹だな」
「何よりレイテ殿が美人だしな!」
がはは、とランドルフ王は笑う。
まったく、抜け目のないオッサンだ。
それから少し雑談をして、俺はランドルフ王の下をあとにした。
「そんな話が」
ランドルフ王に聞いた話をすると、ライラが意外そうに目を丸くした。
俺が家に帰ると、ライラとロジェはすでに帰っていた。
今はロジェが用意した夕飯を三人で食べていた。
……マズくもないし、特別美味いわけではなかった。
「どうだ、ニンゲン。ワタシもこれくらいできるのだ!」
エプロンをつけておたまを持ったロジェが、わははは、とドヤ顔で俺を見下ろしてくる。
俺の料理が好評だったから、それに対抗心を燃やしたようだ。
ときどき、ちらちら、とライラにアピールをしているが、当のライラは「ふむふむ。なるほどなぁ」と、全然ロジェを見ていない。
「メイリの国で……」
「おまえがもし抵抗があるのなら、俺一人が『ゲート』で移動すれば済む話だ」
「いや、そういうことではない。そなたは、どう思うのだ?」
「仕事としては、面白いとは思う。苦労も多いだろうけどな。それに、メイリははじめて俺の技術を教えた子だ。気にならないと言えば嘘になる」
にこりとライラが笑った。
「で、あるな。……妾はどうすればいい?」
「? どういう意味だ」
「だから……その……」
もにょもにょ、と言うライラは、珍しく思ったことを言わない。
俺が言葉に困っていると、
「アホウめ!」
ロジェがおたまで殴りかかってくるが、俺はそれを手でぺしんと弾いた。
「害意を持った攻撃が俺に当たると思うな。……で、なんだ、いきなり」
「ライリーラ様は、おまえについて行きたいと言っている!」
俺が目をやると、ライラがうつむいた。
「ロジェ・サンドソング、そうとは言ってないぞ」
「だからアホウだと言っている! この唐変木めが」
「ろ、ロジェ、もうよいっ。そんなはっきりと言われると、恥ずかしい……」
「ほれみろおおおおお、ライリーラ様が恥ずかしがられてしまっただろうがあああああああ」
何度もおたまで殴ろうとしてくるので、その都度俺は片手で攻撃を弾いた。
「大声を出すな、アホエルフ。だいたい、おまえが原因だろ」
「ただひと言『俺について来い』と言ってほしいのがわからないのか貴様はぁあああああああ!」
またおたまで攻撃をしてくるので、ロジェの武器を奪ってベシと頭を叩いた。
「あ痛っ!?」
「……そうなのか、ライラ」
訊くと、ぼそぼそと小声で話しはじめた。
「妾とて、メイリのことは気になっておる。少しの間とはいえ、一緒に生活をした仲でもある」
「それならついて来ればいい」
「オイ、ニンゲン、そういう言い方じゃないと何度言えば……! ライリーラ様は――」
わなわな震えるロジェが、部屋から出ていくとすぐに戻ってきた。
バッと俺に本のようなものを見せつけてくる。
「ライリーラ様はこの恋愛小説を読んでキュンキュンされてしまわれたのだ! 似たようなシーンがここにあって――それに憧れているとちょうど今日――」
ミリアとこそこそと何かを貸し借りしていたな、そういえば。これのことか。
顔を真っ赤にしてライラが叫んだ。
「もおおおおお、よいっ、出ていけぇぇぇぇぇぇえええ! イチから全部説明しおってえええええ」
「フン。ついに愛想を尽かされたな、ニンゲン」
「おまえのことらしいぞ」
「え――?」
「出・て・い・け――――!」
「ライリーラ様、どうしてワタシがっ。奥ゆかしいライリーラ様のために、きちんとこのニンゲンに理由を説明したのに! なぜ!」
「だからだ!!」
捨てられた犬のような顔をしたロジェを、ライラが背を押して追い出した。
ふしー、ふしー、と呼吸を荒くしたライラが、おほん、と咳払いをして席についた。
「ライラ、もしそうなれば、俺について来い」
……これでいいのか?
「う、うむ。わかった。ついてゆく……」
また少し顔を赤くしたライラがうなずいた。




