暗殺依頼2
「暗殺者の暗殺依頼? エイミーに?」
俺が不審そうに尋ねると、ほれ、とライラは便箋を寄越した。
丁寧な文字で、ライラが言った通りの内容が書かれている。
『モイサンデル家の没落や、少し前に西部の港町を領地としたクーセラ家の没落があったと思うが、知っているだろうか。貴族間では、陛下が公にはできない子飼いの諜報員……情報を集め、必要があれば殺す暗殺者を放っているのではないか、と噂されている。大都市イーミルでは、モイサンデル家没落に隠れ、治安を預かる騎士団長が往来で殺されたという。エイミーは何か知らないだろうか。報酬は弾む。噂の調査と、それが本当であれば処分を頼みたい』
ふうん。なるほど。
貴族の間では、俺が適当に名乗った特務公安課が、王命を受けた暗殺者だと思われているのか。
どちらも没落はしたが、二人とも生きている。
情報源はそこだろう。
「貴様殿を逆恨みする輩は多いのかもしれん」
「地下闘技場を理由に没落に追い込んだからな」
裏でやましいことをしている貴族からすると、警戒しないではいられない。
追い込んだのは俺で、王命ではなく独断で動いている。
……だが、それを王命だと思うのは無理もない。
そこを勘違いすると、逆恨みのベクトルが違うほうへ向く。
「その諜報員とやらの影に怯えているうちは可愛いものだが、もしかすると……過激な者は……」
さすが、元は魔族の王。察しがいい。
「王城にはアルメリアがいる」
俺は自分で言って少し不安になった。
アルメリアか……。
どうしても、戦場でチビっていた小娘のイメージがあるせいで、どこか頼りなく思ってしまう。
「うむむ……アルメリアか。貴様殿のような者が、他にいるとも思えぬから、大丈夫であろうが」
謀殺が起こる可能性は、否定できない、か……。
ここ最近、ランドルフ王が貴族を公に処罰することが多かったせいで、明日は我が身と貴族が疑心暗鬼になっているんだろう。
不安だったり神経質だったりすると、妄想が捗るからな。
近いうちに、この件はランドルフ王に報告したほうがよさそうだ。
差出人が誰なのかがわからないようにしてあった。
便箋に仕掛けがあるのは確かだが、それを明らかにすることはできなかった。
『エイミー』の名を知っているということは、依頼主はそれなりに信用している相手だとわかる。
おそらく、依頼主との間でしか使えないキーがあるんだろう。
魔力も指紋と同じく、個人を特定するための魔力紋がある。
魔力を注ぐ必要があるなら、それはもう師匠にしか差出人を知ることはできない。
「誰かはわからないが、暗殺対象になると怯えているあたり、この差出人も、後ろ暗いことをしているんだな」
「戦が終わったと思えば、我が身の保身……ニンゲンの貴族は阿呆ばかりであるな」
廊下の奥で、ロジェがはりきって掃除をしている。
どたばた、という物音が静かなリビングによく聞こえた。
「……思わぬ情報を得てしまったな?」
ククク、とライラが笑う。
「暗殺されるかもしれないから、暗殺者を護衛として雇うというのは、非常に理に適っている」
「餅は餅屋、ということか」
「まあ、俺がその対象が誰なのか知らない限り、暗殺しようにもできないがな」
食事の準備をするため、キッチンに立つ。
道具は一式揃っていて、ここに来る途中に摘んだ山菜や捕った魔物、角兎を下処理していく。
「今日は貴様殿が作ってくれるのか?」
「当時食っていた物だ。味には期待しないほうがいいぞ。ピクニックは楽しかったか?」
「疲れたが、知らぬ一面を知れてよかった。そなたも、人の子なのだな。安心したぞ」
「俺を何だと思ってたんだ」
ライラは、ロジェが掃除してくれたテーブルに頬杖をついて、俺をじいっと見ながら微笑んでいる。
「こういう生活も、きっと楽しいのであろうな」
「かもな」
だが、ギルド職員を辞めようとは思わなかった。
そのことが脳裏をよぎるたびに、思い浮かぶ顔がかなり増えてしまった。
ミリアにアイリス支部長、冒険者のみんな。
暗殺以外のことで頼られているというのは、思いのほか嬉しいものだった。
掃除からロジェが戻ってきた。
「貴様……そうやってライリーラ様のポイントを稼いでいるのか……!? 姑息な男めッ」
よくわからないが、俺が料理をしているのが癪だったらしい。
ライラが持ってきた葡萄酒とパン、あとは俺が作った料理がテーブルには並んだ。
俺が作った魔物肉の塩焼きかなり好評だった。
「程よい脂と、塩加減が抜群である……前菜の山菜のソテーも、付け合わせとしては上出来。肉と交互に食べるようにすると、脂のしつこさが消えて、また美味く肉を食べることができる」
うんうん、とライラが饒舌に語った。
「くそう……美味い……」
複雑そうな顔で、ロジェはガツガツと俺の出した料理を食っていた。
夕食を済ませると、移動の疲れを考慮して早々に寝ることにした。
一人一部屋としていたが、ライラがこっそりとやってきた。
朝ロジェが何と言うか、二人で小声で予想し合っているうちに、余程疲れていたのか、ライラが先に眠った。
ライラの穏やかな寝息を聞きながら、天井を見つめた。
ここに来ると、思い出さなくていいことまで思い出してしまう。
『最初は、こんなつもりじゃなかったんだ』
一五歳になる年だったか。
師匠は俺を一人前だと認めた。
どうしていきなりそう認めたのかはわからない。
当時の俺が直接戦って師匠に敵うはずもないし、難易度の高い仕事を果たしたというわけでもなかった。
『けど、あんたは思いのほかイイ暗殺者に育った』
ぺちぺち、と俺の頬を叩いた師匠は、ニッと笑った。
『仕事をこなし続けて向上心を持っていれば、一〇年後は、アタシを倒せる男にきっとなるよ』
『……一〇年後きっと死んでる。もし生きてたとしても、あんたを倒すなんて想像できない』
『あはは。今はそうだろうさ。でも、そうじゃなきゃ困るんだよ』
『……どうして』
『夢だから』
『は?』
いつの間にか、背は俺のほうが高くなった。
何か粗相をしたとき、殴られる前に逃げれるようになった。
抱きしめられても、師匠の胸に顔を埋めるようなことは、もうなくなっていた。
あれは、師匠なりの別れの挨拶だったんだろう。
俺を抱きしめて、背をさすっていた。
『アタシがそばにいちゃ、あんたは伸びない。アタシのそばにいてそれを吸収し続けるだけじゃ、アタシの劣化版暗殺者になっちゃうからね』
『……だろうな』
『相変わらず可愛げのない。ふふ。進化じゃなくていい。深化するんだ。自分を深めるんだ』
何を言っているのか、そのときの俺にはピンと来なかった。
それが別れの言葉だった。
ちゅ、と頬にキスをして、師匠は姿と気配を同時に消した。
いや、視認できなかっただけかもしれない。
まさか、俺があれから一〇年生きるとは、想像すらしていなかった。




