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バツイチ高校生 高橋俊樹くん  作者: 竹天
【風紀委員会の日常編】
9/68

絢歌の傷心

「橘先輩、好きです! 僕と付き合って下さい!!」


 橘にとっては突然の事だったが、その一年下の後輩、【多嶋(たじま) 勝谷(かつや)】が彼女に特別な想いを寄せていたのは、弓道部内では周知の事実だった。


 橘自身は、三年生に上がる前に引退するつもりで打ち込んだ最後の大会が終わり、張り詰めていた糸が緩んでいた時。

 引退すれば自然と弓道部にも来なくなり、一緒に居られる時間も無くなる。


 それに、凛とした雰囲気の見た目に反して、少し天然な性格の(たちばな) 絢歌(あやか)は密かな人気があり、他の男子生徒でも告白する機会を窺っている者もいる。

 同じ部というアドバンテージを活かすには、ここしかないというタイミングで告白した多嶋だった。


 橘としては自分より背の低い、未だに中学生らしさが残る彼を、弟の様に思って居たのだ。

 だが、悪い気もせず素直にその好意を受け入れて、付き合う事になった。


「来年からは僕もレギュラーですから、先輩の分まで頑張りますよ!」

「ふふ…でも、勝谷君も、勉強もしなきゃ、駄目だよ?」


 手を繋ぐまで人一倍時間をかけ、しかしゆっくりと距離を縮めながら、交際は続いていた。


「ごめん、ね…キスは、まだ少し、怖くて」

「いえ、僕こそすいません、少し焦っちゃって」


 冬休み辺りからだろうか、橘が3年に上がる少し前から、多嶋の予定が合わない日が多くなった。


「すいません、今日は部活あるんで」

「ううん、大丈夫、頑張ってね」


 橘自身も大学受験に向けて勉強が有り、そんな日は一人図書館などで勉強していた。

 ある日、ふと寂しくなり弓道場に向かった、だがそこに多嶋は居なかった。


「練習、早く終わった、のかな…?」


 そう思い電話を掛けるが、電源が切れて居るらしく繋がらない。

 大方、充電するのを忘れたのだろと思い、少し寂しさを感じながらも、その日は帰宅した。


 後日、本人に聞くとやはり電池が切れて居たのだと説明されたので、安心する橘。

 だが、そうやって安心して、ほっとすると言う事は、何か違和感を感じていたからだという事を、この時本人は自覚していなかった。


 それから特に多嶋との接し方は変わらなかったが、例えば橘の受験勉強を邪魔するのは悪いから、例えば部活で大会に向けて練習したいから、そういった理由で以前より会う時間は減っていく。

 相変わらずキスまで進展しない仲だったが、多嶋の方は以前ほどそういった事に積極的では無くなり、橘も会話やメールのやり取りをしている方が好きだったので、表面上は問題なく二人の関係は続いていたのだった。



 そして、あの事件は起こった。


「なん、で…浮気、なんて……」


 橘の顔は真っ青になり、拭くことも忘れた涙の筋が幾重にも連なっていた。


「なんでって、いや橘先輩、ちがうんですよ……。

 別に浮気するつもりなんて無くて、ただ、あの。

 そ、そう! ちょっと練習っていうか、高校生なら誰でもその位経験してるからって!

 彼女にも黙っててあげるから、あまり難しく考えなくていいって!

 だからその、僕は悪くないんですよ! あの女が全部悪いんです!

 僕は被害者なんです! 浮気するつもりじゃなかったんですよ!」


「…なに…それ……?」


 今まで信じていた物が、全て崩れ落ちた瞬間だった。

 これまで彼女が多嶋と過ごした日々、楽しかった思い出、全てが反転し、刃の様に橘の心にキズを付けた。

 だが、そんな橘に多嶋は更に追い打ちを掛けるように叫ぶ。


「だ、大体先輩だって悪いんだよ!

 僕だって他のカップルみたいにベタベタしたかったんだよ!

 でも嫌がるじゃないか!

 いつまで経ってもキスだってさせて貰えないし、毎日メールやら電話やらで同じような話ばっかりしやがって!! たまに他の女子と話すだけで怒るしよ!

 正直アンタと付き合ってても、束縛だけされて重いしつまらないんだよ!!

 こんな、つまらない女だって知ってたら、最初から告白なんてしなかった!!

 いいよもう! こっちから別れてやるよ!!」


 身勝手で言いたい事だけを言い、多嶋は走り去る。

 茫然自失の橘は、その言葉を理解出来ずに何も言えなかった。

 多嶋が走り去った後も、彼女は暫くその場に立ち尽くしていた。




 橘は、それから暫くは抜け殻の様に過ごしていた。

 何故、多嶋は自分を捨てたのだろう、彼に対して未練は無い。

 ただ、自分は何を間違えたのだろうか、そんな後悔が頭から離れない日々が続く。

 それは、それまで恋愛などしたことが無い橘に、出せる答えでは無かった。


 女子の中でも凛とした女性らしさを持つ橘は、男子に人気がある。

 好意を寄せていた相手は多嶋以外にも居たのだが、2年生当時まで学校では、表向き()()()()()()()()()されていた。

 その為、同じ部活という接点でもなければ、余り社交的ではない橘に、告白までする男子は居なかったのだ。


 だが現在、設立されたばかりの風紀委員会が打ち出した、”生徒の自主性を重んじて節度ある男女交友を促す”目的で掲げられた『恋愛推奨条例』のお陰で、今校内では空前のカップルラッシュだった。

 すぐに風紀委員会が飛んでくる為に、あまり派手に振舞うカップルは居なかったが。


 そんな風に、周囲は恋に沸いていた。

 だが、裏切られたばかりの橘はそんな気にもなれず、何度か来た男子からの告白も全て断っていた。

 あの一件以来、近寄る男子が、欲望の塊の様に見えていた。

 中には、さほど事情を知らない男子が、多嶋を悪し様に罵る事もあったが、かつて付き合った男への、軽はずみな悪口に怒りが湧いてくる。

 それが、多嶋を吹っ切った筈の彼女にとっては、余計に惨めだった。

 そうして橘は、自然と周囲から距離を置く様になった。


 その日も、特に何をするでもなく、空いた時間を学校の図書室での勉強に充てていた。

 ふと、受付に座る図書委員の男子の姿が目に映る。


 彼は確か自分の一個下、今は2年生の図書委員で、文芸部にも所属していたはずだ。

 比較的受付にいる機会が多いその男子――佐々木とは、知りたい本の場所を聞いた事が切欠で、たまに会話する程度の中ではあった。


 そんな彼の思案顔が視界に入る。それほど深刻な表情ではないが、何かを思い悩んでいる様子ではあった。

 話を聞けば、今付き合っている彼女の誕生日が来月であり、何を贈るか悩んでいるらしい。


 一個下の学年という事、優し気な雰囲気などが、一瞬かつて幸せな恋愛をしていた頃の、多嶋との時間を思い出させる。


 彼も最初はこんな顔をしていた。初々しくて、どうしていいか分からずに落ち着かない様子だったり、初めて手を握った時は、顔を真っ赤にして笑っていた。

 自分に魅力が無かったせいなのか、もっと自分から積極的になるべきだったのか。

 自暴自棄と自信喪失で正常とは言い難い彼女は、目の前の佐々木を見て思う。


 佐々木だって結局は、言い寄られたら受け入れてしまうのでは?


「佐々木君、悩んでる、なら…一緒に、選んであげよっか?」


 そこから、彼女の暴走は始まった。

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