彼女たちの事情⑤
鴉樹と佐助は、お互いの素性について話しあっていた。
「事情は理解しましたが…しかし、見れば見る程に面妖…というよりもコミカルですな」
『鬼ばb…祖母の代までは、もうちょっとリアルなデザインだったらしいのよね。
でも、あたしの母親の代から、こんなゆるキャラみたいな感じになっちゃって』
「時代の流れですかな?」
『さあ…と、とにかく、あたしは烏丸鴉樹の…記憶と、17歳の人格を、このカラス――うちでは”式神様”って呼んでたけど、これに転写して、魂だけこっちに攫われたお父さんを探しに来たのよ』
「はぁ、それはそれとして、先ずお聞きしたいのが…なぜ17歳なのですかの?」
『女子っていうのは、ずっと17歳なのよ』
「ご婦人は皆さん、年齢を気にしますなぁ…」
年齢を若く自己申告…というか、サバをよんでいるのだろうと納得する佐助。
『うちの神社、亡くなった人が迷わずあの世に行けるように案内するっていうご利益があったらしいのよね…まさか本物とは思ってなかったけど。
本当はうちの神様が、変な所に行っちゃいそうな魂を、追い返す役目なんだけど…』
「鴉樹様のお母様が、その力を悪用したと?」
『あたしも、祖母から式神様を実際に見せられるまで、全然信用してなかったんだけどね。
慌てて追いかけてきたけど、準備するのに5年も掛かっちゃったから…』
「もう既に、お二人はどこぞの誰かに生まれ変わっていると?」
『多分』
実際に転生したのは俊樹だけだが、その辺りの事情は知る由もない。
『手掛かりも何も無いから、取り敢えずこの式神様と似たような魂の波長を見つけて、飛んで来たのよ』
「そこにお嬢様がいらっしゃったと」
『…それにしても、佐助さんも、よくすんなりと信じる気になったわね。
普通はこんな話しても信じないとおもうけど』
そう話す鴉樹に向き直すと、やや真剣な表情に切り替えて語り出す佐助。
「緋ノ宮家はとても古い家柄なのです。
元々、約1000年前に都を護る武家だったと言われております。
その時、物の怪の類に対抗するために、自ら緋色の鳥の血を取り込み、不死鳥の如く戦ったと。
その勇猛な闘いぶりを称えられて、帝から”緋”の文字を与えられた――というお伽噺が残ってますじゃ」
「何か、和風ファンタジーみたいなお話しね」
「有名な家門には、箔を付ける為か、こういった武勇伝が少なからずありますからの。
ただ、それ以来一族の髪は赤くなり、代々短命になってしまい、その血を薄めるため、緋ノ宮家は積極的に国外の者と交わる様になったそうです」
「もしかして、だからこの子も…」
先祖返り、そんな言葉が鴉樹の頭に浮かんでいた。
「そうやっているうちに、海外に多くの繋がりが出来上がります。
後に緋ノ宮家が商いで成功出来たのは、その時の人脈のお陰という話ですじゃ。
ただのお伽噺だと思っておりましたがな」
『うちの式神様と似たような…いえ、こっちの世界からあたしの世界に伝わったのかしら』
「読み物としては面白い話ですな、しかし…」
『うん、多分この子…華凛ちゃんは、先祖返りみたいなものね』
「…それでは、医学ではどうしようもないと?」
顔を真っ青にし、項垂れる佐助。
華凛の病は現代医学でも原因が分からず、治療も困難だった。
そして、緋ノ宮家の人間は、髪の毛が赤い程に身体が生まれつき弱く、短命になりやすいとの言い伝えがあった。
佐助は以前から胡散臭い話だと思いながらも、奇妙な符号の一致に寒気を感じていた。
なので、この荒唐無稽な話もストンと腑に落ちてしまったのだった。
「お嬢様は、誰よりも鮮やかな赤い髪を持って、お生まれになりましたので」
『あたしも詳しくは分からないけど、多分魂の力が大きすぎるから…幼い身体に負担になってるのね』
「そんな、それではどうすればお嬢様は…」
『そうね…多分、なんとか出来るかも?』
「なんですと…!! そ、それはどうすれば!?」
『ち、ちょっと落ち着いて佐助さん!』
今までどんな治療も効果が上がらず、医者も匙を投げていたのだ。
そこに希望が出たのだ、流石に落ち着いていられる筈もなかった。
『もう…取り敢えず、やってみないと分からないわよ』
「少しでも希望があるのなら、なんでも言ってくだされ。
何でしたら、この佐助の命を使っていただいても――」
『重いわよ!! だから落ち着いてって、もう…まあ、そんなに難しい話じゃないのよ。
簡単に言っちゃうと、あたしが華凛ちゃんが大きくなって自分の魂に耐えきれるまで、くっついて支えてあげればいいのよ』
「それは…だが、よろしいのですか? お父様を探されなくても」
『そうなんだけど…ほら、お父さんどこにいるのか、手掛かり全然ないでしょ?
だから、華凛を助けてあげて、良くなったらその…見返りに協力してもらえばいいじゃない?
なんていうか…お金持ちの力で、ばーんと探してもらうとか、ね?
だ、だからこれはその…そう! 取り引きみたいなものよ!』
「鴉樹様…貴女も不器用で、良い方ですなぁ…」
『ちょ、やめてよもう…そんな優しい目を向けないで…。
それに、やってみないと上手く行くか分からないんだから』
結果として、鴉樹の思い付きに近いその提案は、華凛の容態を劇的に回復させる。
「さすけ! うごいてもくるしくないよ!!」
「えぇ、そうですなぁ…ぐすっ」
『よかったわねぇ…うう、ぐすっ』
走り回る華凛を眺めて、目に溜まった涙をこぼす佐助。
鴉樹は華凛に同化しているので副音声のみだが、やはり佐助と同じ思いだ。
「さすけ! ゴハンっておいしいね!!」
「ええ、そうですなぁ…ぐすっぐすっ」
『よがっだわねぇ゛…ぐすぐすっ、え~ん』
「はんばーぐが、こんなにおいしいなんて、しらなかったよ…うう、え~んえ~ん!!」
『泣かないで、これから幾らでも食べていいのよ?』
「えぇ?? いくらおかわりしてもいいの!?」
「ええ、おかわりも沢山ありますぞ…ううっ」
全員が泣いていた、喋ってないが後ろに控えるシェフも泣いていた。
ただし、良い事ばかりでは無かった。
身体に、ぱっと見て判る程の、劇的な変化が出てしまったのだ。
それは頭髪。
あれほど目立つ、癖のある赤毛が、艶のあるストレートな黒髪に生え変わり、一ヶ月ほどで肩口まで真っ黒になってしまった。
『ごめんね、髪の色変わっちゃったわね』
「ううん、あきちゃんのいろだから、すきだよ!!」
『ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ』
◇
『華凛ちゃん、いい? あなたの病気は完全に治った訳じゃ無いの』
「うん、しってる! あきちゃんががんばっておさえてくれてる!」
『そう、だからね? あなたはこれから、病気に勝つために強くならないといけないの…心も身体も』
「…どうすればいいの?」
『たくさん勉強して、たくさん身体を鍛えるのよ。
勉強はお姉さんがおしえてあげるから、身体は…佐助さんにお願いするしかないわね』
「わかった! さすけ!! わたしつよくなりたい!!」
その時だった。
佐助の目がギラリと光ったのを鴉樹が見逃さなければ、華凛は普通のご令嬢として成長していたのかもしれない。
「…強く、とはどの位ですかな?」
「じゃあ、ちじょうさいきょう!!」
『え、いやそこまでは――』
「…修行は厳しいですぞ?」
『いや、修行とかじゃなくて、エクササイズ程度で――』
「だいじょぶ! できるよ!!」
その返事を待っていたとばかりに、佐助は普段の好々爺から変貌する。
武術マニアの佐助は、日頃から自分の技術を誰かに教えたくてウズウズしていたのだ。
「よろしい!! では今日から修行を始めますぞ!!」
「わかった! さすけ!!」
『いや、だからね――』
「お嬢様、修行の時は”師匠”と呼ぶのです。
敬語も無しです、爺もお嬢様を”弟子”と呼びます」
「わかった!! ししょー!!」
「返事は”はい”!! では着替えたらまず走り込みを行う!!」
「はい! ししょー!!」
『あぁー、あぁー…』
こうして、病弱だった華凛は、健康な体で新しい人生を歩み始める。
武術も最初はごっこ遊びが混じっていたのだが、華凛は血筋故に天才だった。
故に佐助もどんどん遠慮がなくなり、次第に修業は本格的になっていき…そして現在に至る。
勉強の方も物覚えが良く、あっと言う間に鴉樹が教える事は無くなり、家庭教師を呼ぶことになるのだった。
『本物の天才よね、ちょっと羨ましいわ…』
「ほほほ、そうですなぁ!」
『佐助さん、すっごい嬉しそうねぇ…』
完全に孫を自慢するお爺ちゃんだった。
「…鴉樹様。この老体、御恩は命に代えてもお返しします」
『ああもう、そういうの良いから。
でも、本当に良くなって良かったわね』
父親の事は心配だったが、自分のやった事が間違いでは無かった。
その事が誇らしいと思う鴉樹。
『ごめんね、お父さん…もうちょっと待っててね』
もっとも、父がこの話を知れば、見捨てていたら後で怒られていただろう。
これでよかったのだ、と彼女は思うのだった。
◇
緋ノ宮華凛が中学三年にあがった頃だった。
あの頃から伸ばし続けた黒髪はトレードマークになり、今も彼女は人差し指でくるくるともてあそんでいた。
そんな彼女の前には、開封された一通の封書が置かれている。
「今まで十年近く、何も手掛かりすら掴めないと思って居たら…コレですのね、はぁ…」
その文面は、わずか二行だけだ。
内容は、高橋俊樹という、一人の男性の名前。
それと、ある高等学校の名前。
それだけだった。
だが、差出人の名前は――前世での俊樹の名前。
「封筒に印字が…出入国在留管理庁の○○○支局、ですわね」
『随分と手の込んだジョークね』
この手紙が示す意味を、華凛たちは正確に理解していた。
「ずっと、保護されていたと…考えるのが妥当でしょう」
『それしかないわよねぇ。しかも、国か…それに近い場所で。
いくら探しても見つからない訳よね…はぁ…』
「多分ですけど…この支局自体が、そのための部署なのでしょうね」
華凛たちの推測は、ほぼ正解だった。
実際には、国にすら秘匿されている、独立した部署だったのだが。
「こういっては何ですけれど、私は納得しましたわ」
『えっと…何が?』
「想像してくださいませ、”記憶を持ったまま若い身体に生まれ変われる”のですよの?
金持ちや権力者に、そんな情報の手がかりがあると知られたら…」
『碌な目に遭わないわね』
「良くて、一生飼い殺しですわよ」
実際の所、俊樹のような例はここ100年ほど無かった事例であり、現代では超常現象に対する認識も、娯楽の域を出ない。
発覚しても、むしろ精神の病を疑われて、病院に入れられる確率が高かっただろう。
それでも、二人の心配は杞憂ではあったが、間違いではなかった。
「でも、丁度良かったですわね。
多分、ここに書いてある高校に進学する、という事なのでしょう」
『そうだけど…何かの罠じゃないの?』
「たとえ国だとしても、緋ノ宮家に喧嘩を売る理由がありません。
それに、売られたとしても買えばいいだけの事です」
『ああ~、育て方間違えたわ…』
今更な話だった。
『でもね、一般の学校じゃ…絡まれても、間に入ってくれる人なんていないのよ?』
「私に勝てるとでも?」
『相手が心配なのよ!!』
「降りかかる火の粉も喰らって糧とする、それが私ですわ」
『…やっぱり、佐助さんにお願いするしか無いわね』
頭を抱える鴉樹、華凛の中に居るので見えないのだが。
「そうですわねぇ…良い事を思いつきましたわ。
あきちゃんのお父様と、ついでに私の夢の為に。
まずはこの学校を手中に収めて、支配いたしますわ」
『なにさらっと危ない事いってるの!? かりんちゃんの夢は学校の先生でしょ!?』
「学校で知識を教えたいとは言いましたけど、教師では限界があるでしょう?
なので学校という道具を遣い、庶民の愚かさを矯正するほうが効率的――」
『そういうあぶない事はやっちゃだめです!!』
「冗談ですわよ。
でもまあ、学校を支配っごほん…経営に興味があるのは本当ですのよ?」
『…とりあえず、佐助さん呼んでくれる?』
「信用ありませんわね」
そう言いながら佐助に連絡をした華凛は、目当ての学校に関する資料を集める指示を出す。
話を終えると、間を置かず今度は兄へとメールを送った。
こう、と決めたら華凛は動くのが早い上に、緋ノ宮家の力も遠慮なく使う。
だが、それはいつも自分の為ではない。
『…ねえ、かりんちゃん。
とりあえず、お父さん無事みたいだし…もういいのよ?
私が居なくても、もう大丈夫なんだし…後は一人で出来るから』
「…寂しい事言わないで、最後まで付き合わせて下さい。
あきちゃんに貰った恩は、まだ全然返せてませんのよ。
それに、私たちは…友達ですから」
『そう…うん、ありがとう…私の友達』
こうして、二人の友情と努力で、鴉樹の父親捜しはようやく実を結ぶ…二人は、この時はそう思っていた。
だが、この一年後に当の本人である俊樹が、勘違いと天然で、学校中を滅茶滅茶にかき回す事になるのだが。