出発
大変お待たせ致しました。
「自分の骨が軋む音で目が覚めたのは初めてでするよ……」
花火との、お泊りイベント翌日の那由の自室では、やや憔悴した彼女と瑠琉子の二人が寛いでいた。
寝不足と疲労でぐったりとする友人を呆れた様子で見るのは、相変わらず左側だけ装飾過多なゴスロリ少女、菊田瑠琉子だった。
「一晩中抱き枕代わりにされたのね……。
まあ、那由と花さんの体格差では、それだけで相当なダメージでしょうけど…アナタも随分残念な性格になったわねっ。
もう大人しく別々に寝てればよかったんじゃないのっ?」
「花ちゃんを独りで寝させる? お前なぁにケンカ売ってるでする??」
いきなりキレはじめた友人に、やや顔を引きつらせる瑠琉子。
あまり特定の人物と親しくなろうとせず、被ったネコの上辺だけで友人関係を取り繕う事が殆どだった那由の、デレデレな態度に困惑していた。
「はぁ、円環の破壊者と恐れられた、アナタらしくも無いわねっ」
「バスケ部の事でするか。あれは調子にのってるリア充に少しだけお灸をすえただけでするよ、るんるん」
「るんるんって呼ばないでっ」
今日は、一応明日出発する事になっている旅行の打合せなのだが、移動や宿泊などに関しては全て華凛の家に任せる形になっている為、中学生2人が話し合う事は少ない。
内容の半分以上が雑談になるのも当然だった。
「荷物は多くても大丈夫だけど、勉強道具を忘れない様にでする」
「私思うのだけど、これ旅行というより泊まり込みの夏期講習ねっ。
まあ、我が知識を更なる深淵へといざなうのも、やぶさかではないのだけれども」
「お嬢様も俊樹さんも頭いいから、良い機会だとは思うでするよ」
「ほら、年上の男の人でしょ? 慣れてないっていうか……滅多に話さないし、何か苦手なのっもうっ」
「お前、時々可愛いのやめろでする」
基本的に瑠琉子は内向的でぼっち体質である。
その上まだ中学生、男性に対する経験値も圧倒的に少ない。
「龍成は見た目アレでするが、割と面倒見良いヤツでする。
俊樹さんも基本年下には甘いから、滅多に怒られるとかは無いでするよ。普通にしてろでする」
「ふっ、そんな事を言われてもね…闇に堕ちた堕天使たるこの私に、一般的な中学生のコミュ力を期待しないで頂戴っ」
「まあ、旅行中に嫌でも慣れろでする」
面倒になり対応を放棄した那由。
彼女が寝不足だった事もあり、その日は早々に切り上げ帰宅する瑠琉子。
それぞれが明日に向けての準備をして、その日は過ぎて行った。
◇
旅行出発当日の早朝、待ち合わせの場所である華凛のマンションの駐車場には、俊樹達9人が定刻通り揃っていた。
既に気温は上がり始めており、日光を遮るものが無いアスファルトの上では、立っているだけで汗が噴き出てくる。
そんな暑さの中、夏仕様になったいつも通りの白いワンピースで日傘をさす華凛の隣には、ボーイッシュなサロペットショートパンツ姿の芽々が並んで立っていた。
「大型観光バスですかー、かりんさんの事だからヘリでも使うのかと思いましたよ」
「荷物も多いのに、そんな無駄な事しませんわよ」
「それもそうですね。それにヘリは落ちるモノと相場が決まってますからね!」
「何ですの、その物騒なジンクスは」
そんな会話をする芽々の荷物は、メンバーの中でも一番多い。
真夏日特有の暑さの中、Tシャツに膝丈のパンツ姿で積み込みを手伝う龍成が、一際大きいキャリーバッグを押し込んで一息つくと、首に掛けたタオルで汗をぬぐいながら話す。
「つーかメメよ、お前こんな大荷物で何持ってきてんだ」
「着替えや水着はもちろんですが、あとはカメラとかの簡単な撮影機器と、タブレットにVRゴーグルとゲーム機、それから――」
「電子機器ばっかじゃねぇか、んなもんスーツケースに詰め込んでたら壊れるんじゃねぇか?」
「そのへんは考えて、手厚く緩衝材で保護してますよ!」
「だから余計に荷物のかさが増えてんじゃねぇか! 運ばされたオレの身にもなれ!」
暑い中で余計な労働をさせられてイライラした様子の龍成は、ドヤ顔で胸をはる小柄な少女の両側のこめかみを、ぐりぐりと拳で挟み込む。
響き渡る騒々しい悲鳴を聞き流しつつ、龍成とさほど変わらない恰好をした俊樹は、荷物の最終確認をしている。
「お前達も忘れ物は無いか? 何かあっても流石に戻って来れんからな」
そう声を掛けられたのは、すっかり仲良くなった女子中学生3人組。
切り揃えられた前髪の下に大きめのメガネを掛けた菱方那由は、スカートにニーソックスを合わせた可愛らしい恰好。芽々は「オタサーの姫っぽいファッション」との評価を下している。
対照的に全身を黒で統一した菊田瑠琉子は、やはり左側だけレースやチェーンの装飾がうるさい、ゴシックロリータファッションである。
左から見ると暑苦しいが、右側からだと肌の露出が多い服装は、バランスが悪くて歩き難いらしい。
そして一番テンションの高い花火は、相変わらずノースリーブとホットパンツの機動力だけ重視した様な恰好。
動くたびに揺れる長いおさげの根元では、トレードマークの赤いスカーフが結ばれている。
「大丈夫でするよ〜、なぁ今日が楽しみ過ぎて寝付けなくて、何回も確認しましたでする〜えへへへ」
「ふっ、我が闇の魔力を封じた魔導書もこの手にっ……あ、えっと宿題もちゃんと持ってきました」
「セルフ通訳したでするね」
「はーい! お兄ちゃんが全部用意してくれました!!」
いつも通り元気な妹と、明るい笑顔を見せる那由に比べると、やや表情の硬い瑠琉子。
どうも俊樹や龍成と話すときに少し距離を感じるのだが、この年頃なら女の子として普通の反応なのだろう。
新入社員の女子に微妙な距離を取られるオジサン管理職、それに似た寂しさを感じる俊樹。
そして、そんな彼らから少し離れた場所では、橘絢歌と日下部咲良の年長女子高生ペアが、真剣な表情で話し合っていた。
「アヤ、ちゃんと処理してきたでしょうね?」
「抜かりはない」
「あとは水着に着替えた時に最終チェックね…アヤ、下着は大丈夫なの」
「全部、新品…そして決戦仕様」
「パジャマも大丈夫でしょうね、一時だって気を抜ける時間は無いのよ」
「わかってる…さらちゃに借りた”お泊りデート対策”の本、きちんと読んだ」
「いつ見られても大丈夫、という心構えが大事よ」
「ん…失敗はゆるされない、常在戦場の心」
「いやそこまで力まないでよ」
話の内容は聞こえないが、何となく寒気を感じて背筋を震わせる俊樹。
流れる汗の質が、冷や汗に変わるのを感じる。
そんな女子高生2人は、それぞれ一見すると普段と似た様なファッション。
絢歌のパンツスタイルは暑い為に膝下がいつもより短く、生地も薄手でぴったりとしており、普段よりボディラインがよくわかる。
咲良はいつも通りのミニスカートだが、金属が熱くなるのかアクセサリーが少ない。
ただ、絢歌のポニーテールや咲良の二つ結びを纏めているシュシュがお揃いだったり、履いているサンダルが色違いで同じものだったりする。恐らく一緒に買い物にいったりしてるのだろう。
「あんたらすっかり親友ですかっ!」
何時の間にか隣に立っていた芽々が、俊樹の心情を代弁するかの様に小声でツッコミを入れる。
「まあ、喧嘩するよりは良いだろう」
「何を出掛ける前から疲れた顔をしてますの。
皆さん、そろそろ出発しますわよー!」
出発準備が整った事を知らせに来た華凛に促され、バスに乗り込む一同。
俊樹達全員にとって忘れられない夏が、いよいよ始まろうとしていた。
長期間、間をあけてしまいご心配おかけしました。お待たせして申し訳ありません。
休んでいた経緯については活動報告をご覧ください。今後はゆっくりと活動再開していきたいと思います。
ブランクが長い為、多少整合性のとれていない表現があった場合は、感想なので指摘して頂けると助かります、お手数ですがよろしくお願いします。