打合せ
翌日、会議室には準委員の朝日達を除いた、風紀委員会メンバーが全員揃い、星野の話を聞いていた。
傍らには見慣れない女子生徒が一人座っている。
「――としきさん? 聞いてますかー? としきさーん??」
「ああ、聞こえている……すまない、少し疲れている様だ」
眉間に寄った皺を指でほぐしながら答える俊樹。
前世ではその場所に有った眼鏡が無い事に、少し物足りなさを感じながら考えを纏めていた。
【川村 琴子】、星野と同じ二年三組の生徒だった。
相談内容は、ほぼ星野が纏めてくれていたので、川村は緋ノ宮の質問などを受けて補足する程度だ。
それほど時間もかかっていない。
「すると、次の日曜日に川村さんとお付き合いしている…【佐々木 優斗】君、でしたわね?
彼が、三年生の女子生徒と二人でデートなさる、と言う話になっていらっしゃると」
「はい、そう聞きました……」
ちなみに、今回は緋ノ宮が話を聴いている。相手が女子なのと、俊樹が何を言い出すか信用出来ないので。
俊樹としては、相手は選んで話しているつもりなのだが。
「ていうかよ、その佐々木ってヤツに直接聞きゃあいいんじゃねぇか?」
「今回はそうはいかん、龍成」
実は最初、俊樹もそうしようと思ったのだが。
たしなめてはいるが、人の事は棚に上げている。
「川村さんとしては、どうなさりたいの?」
「それは…やっぱり、信じたい、です。
彼、浮気なんて考える様な人じゃないと思うんです……」
交際相手である佐々木とは、付き合い始めて半年ほどらしいが、一学年の時から同じ文芸部に所属しているという。
誠実で優しい人柄だという佐々木は、周囲の評判を聞いても、とても浮気などする人間ではないと言う。
だが、同じ文芸部の友人が、たまたま佐々木と三年の女子生徒が、約束事をしているのを聞いてしまったらしい。
色々と調べると、次の日曜日に二人が会うらしい、と言う事までは判ったが、その内容までは詳しく分からなかったのだった。
◇
静かな風紀委員会議室内に、俊樹が分厚いファイルをめくる音だけが響いている。
話し合いの結果、当日実際に佐々木の後を付けて、真相を確かめるという方向で決まった。
いわゆる、尾行というヤツだった。
目的地は、近くの大型商業施設らしい、という所までは判っているので、見失う事も無いだろう。
尾行と聞いて星野と、何故か緋ノ宮が張り切っている様子なのが心配だが。
「とりあえず帽子にサングラスで変装ですね!」
「帽子はチューリップハットかしら? あとアンパンと牛乳ね」
「かりんさん、それ張り込みのヤツじゃないですか!?」
刑事物と探偵物が、ごっちゃになったような事を言い合う二人に、頭を抱える俊樹。
「あ、でもでも! ここのパンケーキ屋さんの『三段ふわふわパンケーキ』がすごいんですよ!」
「あら、美味しそうですわね」
「でしょーカワイイですよねー!」
「カワイイですわね、映えますわ」
何が「でも」で「カワイイ」のか、俊樹にはサッパリ分からないが、何時の間にか彼女達の話は、尾行予定場所付近のスイーツ店談義に話が移っていた。
スマホの画面には、これ又流行りのSNS【アイスタ】のページが映っている。
クラスの女子達もよく、スマホを開いて『バエル! バエル!』と悪魔の名前のような物を連呼していたが、どうも『写真が映える』という事を言っているらしいと、最近になり緋ノ宮に教わった俊樹にも分かった。
「お前たち、今回は遊びじゃないんだぞ」
「わーかってますよっ!」
「ちょっとしたジョークと息抜きですわ」
「「ねーー!!」」
言いながら互いに両手を合わせる、ご令嬢とちびっ子。
理論的に言いくるめようとしても、不利な状況下での女子達は、途端に結束が固くなる。
息の合わせ方は、まるで十年来の友人だ。
こいつらは、裏でテレパシーでも使っているのでは、と俊樹は思うのだった。
そこに、日野が首をかしげながら疑問を投げかけてきた。
「それで俊樹さん、日曜日に風紀委員全員で佐々木優斗を尾行してどうするんですか?
浮気を阻止するとか、それとも川村さんと仲良くするよう説得するとか?」
「いや、そんな事はせんぞ」
「え? あれ?」
何時の間にか星野との無駄話を切り上げた緋ノ宮から、熱いお茶を受け取る俊樹。
音を立ててすすりながら、分厚いファイルを手癖でトントンと軽く指で叩く。
「そもそも川村と佐々木の件はな、別に放っておいても問題ない」
「はい? え、俊樹さん?」
お茶請けの、えびみりん焼きをリスの様にかじっていた星野が、言葉を続ける。
「あの二人、2年ではラブラブな仲で有名なので、浮気とかは無いでしょうねー」
「川村さんのお誕生日は来月だという話ですから、そういう事ですわね」
ことり、と円谷の前に、湯気の立つ湯呑を置きながら話す緋ノ宮。
「つまりよ翔太、好きなオンナにな? こっそり初めてプレゼントするのに、何やったらいいかワカンねーて思ったら、お前どうするよ」
「それは、同じ女子でセンスのありそうな人に聞くとか? ああ、そういう事ですか」
そこまで言われれば翔太も分かった。
つまり、佐々木は川村の誕生日に、サプライズ的なプレゼントを贈ろうとしているのだろう。
しかし、恋愛経験の浅い男子では、女子の喜びそうな物が分からない。
そこで、誰か女子の好みが分かる人に相談し、結果買い物に付き合ってもらう事になったのだろう、と。
「じゃあ、今度の日曜日は何をしに行くんですか?
わざわざフルメンバーで、由香や麻莉奈たちまで連れて」
「そういえば日野には、風紀委員会設立の詳しい経緯は話していなかったか」
形骸化していた【生活委員会】を解散した後、それに代わり新たに設立された【風紀委員会】
そのこと自体は日野も知っている。
それ以上の事になると、風紀委員会についても、そのメンバーについても、一般の生徒と同じ程度しか知らない。
それでも、俊樹達四人のプロフィールは、生徒たちの知っている範囲でも少々特殊だ。
【高橋俊樹】
学業で優秀な成績を修め、首席の特待生として入学した秀才。
【円谷龍成】
元ボクシング部で特待生だったエース。
本来二年生だが、ある事件により停学・留年し、現在一年生。
【緋ノ宮華凛】
文武両道を地で行く、ハイスペックな謎多き財閥の令嬢。
【星野芽々】
放送委員会委員長。昼の校内放送の顔としてアイドル的な人気を誇り、校内一の情報通でもある。
一般的な生徒の認識は大体こうだろう、そう思う日野の推測は間違いではない。
逆にいえば、彼らの起こした事件が大事過ぎた為に、全生徒その程度は知っている、と言う事でもあるが。
「そうだな、日野には次の日曜日の仕事ぶりを見て、【合格】と判断出来るなら、全て話そう」
「はい! 俺がんばります!!」
それらしい事を言っている俊樹だが、風紀委員会の下校予定時間が近いので、『お前には期待している』ぽい事を言って先延ばしにしただけだ。今から話せば夜になってしまう。
俊樹は、部下の扱い方を心得ていた。
「今回は時間がない、事前情報も少ないので、現場で判断する事になるな」
「やむを得ませんわね」
「オレの出番は無さそうだなぁ」
「終わったらスイーツ食べに行きましょう!」
広げたままのファイルを、指で軽く叩く俊樹。
本来生徒が閲覧出来る様な物ではない為、普段は厳重に保管されている。
開いたページには、三学年女子の名前とデータが書かれている。
その女子が今回の問題の相手であり、風紀委員会が対応する案件でもあった。
「【宮内 涼子】の置き土産、か…」
あまり厄介な事にならなければいいと、俊樹は願うのだった。